第六話
しばらくの間拠点とする沈まぬ太陽亭にやってきた。
扉を開け入ろうとすると何やら揉めているらしい声が聞こえてきた。
「まさか、リリィじゃないよな……」
かすかな不安を感じ、そっと扉を開け、中を覗き込んでみる。
そこには、数人の男たちに囲まれているリリィの姿が見えた。
まじかぁぁ!
こういう時の不安ってよくあたるよな……。
「ねぇいいじゃん、俺らと遊ぼうよ。連れの男なんてどこにもいないし、来ないでしょ」
「忘れてんじゃねぇの?」
「来ます! もうすぐ来るはずです!」
「いや、来ないじゃん。だからさ、な?」
痺れを切らした男の1人がリリィの腕を掴んだ。その瞬間、
あ、リリィが男をビンタした。
その行動に何が起こったか分からない男が一瞬停止し、体を震わせ始めた。
おぉ、だんだん男の顔が赤くなっていく。なんか面白いな。激昂した男が叫び出す。
「こんのアマァッ! 人が優しく誘ってやってんのにそんな態度とんのかぁッ!」
そろそろまずいな。行くか。
「どうどう、少し落ち着けって」
そう言いながら近づいていくと、最初に気づいたリリィが駆け寄ってきた。
「ケントさん! 良かった」
そのままの勢いで抱きついて来る。それを優しく抱きとめながら頭を撫でてやる。なんともいい匂いが鼻腔をくすぐる。
「怖かったですぅ。男の人たちがどこかへ行こうって」
「あぁ、見てたよ」
「えぇ! 見てたんですか! すぐ助けてくださいよ」
上目遣いで頬を膨らませるリリィ。癒されるなぁ。
突然始まった惚気のような、漫才もどきのような展開に再び固まる男たち。この辺りだけ異様な空気に包まれていた。
リリィと抱き合ったまま男たちに尋ねる。
「連れのケントだ。だからさ、ここは退いてくれないか?」
「っクソ! 分かったよ!」
うん、物分かりのいい人で良かった。いや、物分かり良すぎないか?なにか言い返してくると思ったんだけどな。この世界の人はみんな優しいんだな。
当分このままでいたいが、宿屋の受付を済ませてしまおう。
「リリィ少し離してくれ。宿の受付を済ませてくる」
リリィは離れながら答えた。
「え? それならもうしましたよ。2人部屋です」
「え? いいのか?」
「そっちのほうが、お安くなりますし、いいと思いました」
「いやそういうことじゃなくて、出会ったばかりの男と同じ部屋ってのは怖くはないのか?」
「なぜかケントさんなら大丈夫です。だってケントさんは襲ったりしないでしょ?」
この世界では普通なのか?日本も危機管理能力が低いとは思っていたんだが、この世界もなかなかだな。
いや、リリィが特別ってこともあるか……。
「ケントさん、とりあえず部屋に行きましょう!」
俺は考えるのを止め、リリィと部屋に向かうことにした。
「おぉ! 案外広いな。ん?」
部屋に入ると、部屋に一つしかない大きめのベッドが目に付いた。
「リリィ。ベッド一個しかないんだけど……知ってた?」
「はい知ってましたよ」
「そうか、ならいいんだ」
不思議そうに首をかしげるリリィ。
俺か? 俺がおかしいのか?
部屋の確認をし終えた俺たちは街を見て回ることにした。
「ケントさーん! 見てくださいこれ、どっちが似合ってますか?」
リリィが見せてきたのは赤いワンピースのようなものと黒いパーカーのようなものだった。
正直どっちも似合うと思うなぁ。
「どちらも似合ってるぞ。白い髪によく映える。リリィはどっちがいいと思うんだ?」
「私は赤いほうが好きです」
「いいじゃん、よく似合うと思うよ」
俺的にはパーカーも好きだけどな。
リリィとの買い物が終わる頃にはかなり陽が傾き、空は鮮やかなオレンジ色に染まっていた。買い物っつってもほぼウィンドウショッピングだったけど。
「もうすぐ暗くなるから、そろそろ帰ろうか」
「はい……あの! 手を……繋いでくれませんか?」
「うんもちろん……」
少々の恥ずかしさはあるが手をつなぐ。
「なんか……恥ずかしいですね」
「そうだね……じゃあ行こっか……」
「はい……」
薄暗くなりつつある夕暮れの中を2人並んで歩いた。
リリィの顔が赤く染まっていたのは夕焼けのせいだったのだろうか。
宿に着く頃には空はすっかり暗くなり、満点の星空がそこにはあった。窓から漏れる光とともに大きな笑い声と料理を頼む声が聞こえてくる。
扉を開け中へ入ると、黒エールなるものを飲んで酔っ払っているおっちゃんたちをスルーして受付へ向かう。
晩ご飯を部屋で食べる旨を伝えると、いくつかの黒いパンとミルクを一杯ずつ用意してくれた。
それを持って部屋に入る。するとリリィも付いてきた。
あ、そういえばリリィと同じ部屋だったな。普通に忘れていた。
ソファに座り、もらった黒パンを食べようと手を合わせ、いただきますと言う。
「その手を合わせてるのはどんな意味があるんですか?」
意識してなかったけど、この世界ではいただきますなんて言わないんだよな。
「これは村に伝わる祈りなんだ。何かを食べるってことは命をいただいているってことだから。手を合わせていただきますって言うんだよ」
「なら私も、いただきます」
隣に座り俺と同じように手を合わせるリリィ。
2人で黙々と黒パンを食べていく。するとパンはあっという間になくなった。
手持ち無沙汰になったので、俺はリリィに質問してみることにした。
「リリィはさ、なんで俺にこんなに良くしてくれるの?」
「え?なんででしょう……自分でも良くわからないです。えへへ……」
「そうなんだ……」
「はい……」
うおぉぉぉ! 気まずい!
どうしよ? よし! 寝よう。
「俺はこのソファで寝るけど 、リリィはベッド使ってよ」
いくら大きめのベッドとはいえ女の子と寝るのは少し恥ずかしいだろ。
「えー? ケントさんもベッドで寝ましょうよー」
「え? 本当にいいの?」
「だって2人の方が暖かいじゃないすか」
「そういうもんかなぁ」
強引に自分を納得させ、リリィとともにベッドに入り込み、背中を合わせて横になる。
「おやすみ、リリィ」
「おやすみなさい、ケントさん」
確かにこの掛け布団では、1人だと少し寒いかもしれない。見た目では分からなかったが、薄い毛布を何枚か重ねてあるだけだった。
この世界ではこれが一般的なのか? 羽毛布団が恋しいな。
そんなことを考えていたら、静かな寝息が聞こえ始めた。
もう寝たのか。
俺も寝るか。
そっと目を閉じる。
徐々に意識が遠のいていく。
部屋に残ったのは調子の違う2つの寝息だけだった。