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第四話 類は朋を繋ぐ

 午後五時。空が茜色に染まり始めた頃、私はネコというスタジオ兼喫茶店の玄関の前でベースを携えて巴を待っていた。

 スーパーマーケットで買い物を終えた後、窓辺でひなたぼっこをしながら昼寝をしたせいで頭がぼんやりとしている。時折眠気を噛みしめるようにあくびをしながら私は腕時計をチラリと見ては相棒の到着をひたすらに待っていた。

「あ、あのう……」

 幾度目かのあくびを飲み込んだ時、ふと後ろから声をかけられた。振り返るとそこには私よりも少し背の高い、肩まで伸びる黒髪が美しい若い女が立っていた。淡い赤色のシャツの上に緑色のジャケットを羽織り、くすんだ茶色のロングスカートを穿いている姿は、色は違えど町へ出れば誰か一人ぐらいは似たような服装をしているだろうと思われるありきたりな服装だ。また、背中にはリュックを背負い、講義終わりかバイトへ向かう大学生のようにも見える。

 声をかけてきた女は整った大きな黒い瞳を不安げにそわそわ動かしながら、ちらちらと私を見つめてくる。はっきり言って挙動不審極まりない。その様子は好きな人を前にして告白するときの少女の戸惑いに良く似ていた。

「あのう、も、もしかして、白綱さんですか?」

 背が私よりも高いというのに、まるで私を下から見上げるような弱弱しい声でおずおずと彼女は話しかけてきた。私は静かに「そうです」と答えると、彼女は苦しみから救われたようにぱぁっ、表情を明るくさせた。

「あの、私、巴ちゃんに誘われて来たドラムの一飛楓と言います。今日は宜しくお願いします」

 まるで受験に合格して喜び満点のような嬉々とした声色で自己紹介をすると、彼女は元気良く礼をした。珍しい苗字だなぁと感じつつ「宜しくお願いします」と言いながら私も礼を返す。

 お互いに礼をしたあと、彼女は「巴ちゃん遅いですね」と呟いた。「そうですね」と私は返しながら黒くて無骨なデジタル腕時計に目をやると、液晶の文字は五時十分示していた。

 巴はよく遅刻する。それも向こうが誘っておきながら、である。私は彼女に何度も注意していたのだが、その度に巴はへらへらしながら「ごぉめーん」と笑ってごまかしていた。 

 その反応に最初はかなり苛立ったが、言っても聞かない人間なのだという事を理解してからは言及する事をやめ、静かに時が経っていくことにしていた。待ち時間は暇だが、普段はただ通り過ぎるだけの町並みを観察しているとそれはそれで発見があり、面白く、余り苦にはならなかった。いつもは気づかなかったり思いもしなかった事をイメージしたりできるので、むしろ人知れず私はその時間を楽しんでいるのだった。

「白綱さんはどんな音楽を聞くのですか?」

 先ほどのおどおどした様子はどこへやら。人懐っこそうな笑顔をにこにこと浮かべながら、いつの間にか私の隣に立っていた楓が話しかけてきた。

「昔の洋楽をよく聞きます。それからジャズも。一飛さんは?」

「私も洋楽をよく聞きます。ちなみにドラムを始めたきっかけっていうのが、スチュアート・コープランドっていうドラマーのプレイを聞いてからですね」

 スチュアート・コープランドとはザ・ポリスという八十年代に嵐の如く現れたイギリスのニューウェイヴ・ロックバンドのドラマーだ。定型の無い荒々しいプレイが有名で、圧倒的な手数で音をたたき出すところが特徴だ。女の子なのになかなかシブい趣味をしているのだなと私は少し驚いていた。

「白綱さんはどうしてベースを弾くようになったのですか?」

 小首を傾げ尋ねてくる楓の可愛らしい姿を見つめながら私は答える。

「僕もポリスが好きで、ベースを始めたきっかけがウォーキング・オン・ザ・ムーンのベースを弾いてみたくなったからなんですよ」

 私の答えを聞くなり、何かの琴線に触れたのか楓は「そうなんですね!」と嬉しそうに声を上げた。

「白綱さんもポリスが好きなんですね。ああ、同じ趣味の人がなかなか居ないから私すごい嬉しいです。ウォーキング・オン・ザ・ムーンっていうチョイスも良いですね。孤独のメッセージなんかはどうですか?」

「いいですね、それも大好きですよ。ポリスは全アルバムを聞いてますけど、中でも一、二を争うくらい好きな曲ですね。アウトロのsend it out an SOSのリフレインが最高にかっこいい。見つめていたいもいいですけど、ポリスを本当に象徴しているのは孤独のメッセージだと僕は勝手に思ってますね」

「ああ!白綱さんポリスを分かってますね!そうですよね、見つめていたいなんて媚びた曲なんかより初期の冷徹な荒々しさが残る曲の方が私も好きですー」

「はいそこまでー」

 段々と会話に熱がこもって行く二人の間に、突如聞き馴染んだ声が割って入った。

 楓と共に声の方に目を向けると、背中にギターを背負い、赤茶色の長髪を夕陽に揺らめかせながら腕組をして仁王立ちしている女が佇んでいた。言うまでも無い。巴である。

 前を開いた真っ青なダウンジャケットを羽織り、デニムのショートパンツから覗く白い足は鹿のように引き締まっていて美しい。活発な性格を現しているような出で立ちの巴は、切れ長の目を細め、なぜか不機嫌そうなふくれ面をしていた。

「何二人で楽しそうにお話しているわけ?この場をつくった私を無視して談笑に興じるなど、バンドリーダーであるこのあたしが断じて許さないわ!」

「「 だ っ た ら 遅 刻 す る な 」」

 楓と私が阿吽の呼吸で巴を責めると、私達の顔が怖かったのか、巴は額に汗を浮かべ半べそのような顔で一歩後ずさった。そして小さくなってごめんなさいと頭を垂れたのだった。ベースとドラムは、やはり互いに惹かれあう存在なのだろうか。


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