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十一話 戸惑いの扉

 マンションを離れた私たちはコインパーキングに停めていた巴の車に乗り、難波へと向かっていた。目的地はとある雑居ビルで、そこに私が会うべき人物が待っているという。

 早朝のせいか難波へと続く千日前通の道路は空いていた。巴が運転する黒色の可愛らしい軽自動車はオールグリーンの道路を軽快に走っていく。

 私は後部座席の窓から過ぎていく町並みをぼんやりと眺めつつ、マンション前でのやり取りを反芻した。

 ――巴、楓、そして私が超能力者だという。私は小さく鼻で笑った。

 あまりにお粗末などっきりだ。今時子供でも騙されまい。

 しかし彼女らは信頼に値する人間だと私は思っている。これまでの経験からして彼女らは馬鹿では無くむしろ知恵が回る方だ。故に容易く看破されるような嘘や冗談はまず言わない。そんな彼女らが大真面目に突飛なことを言うものだから思わず半信半疑になってしまうのだ。常識人の楓までもが「超能力者」を肯定するのである。俄かに信じ難いが、本当はそうなのではないかという気もする――が、やっぱり無いか。

 あまりにも現実離れし過ぎている。彼女らが持つ『超能力』とやらを目撃したわけでも無いし、納得できるような情報が少なすぎる。やはりこれは彼女らの仕掛けた高度な冗談なのだという気がしてきた。

「……殺された?」

 ふと、私はある言葉が頭に引っかかった。それは楓の言った『モラが殺されたので』という言葉だ。

 物騒極まりない言葉の裏に、妙な因縁を感じる。私は助手席に座る楓の背中を見つめると彼女に語りかけた。

「楓、さっきモラが殺されたと言ったよな。あれどういう意味だ?」

「言葉通り、モラが殺されたのです」

 楓は恐ろしい程平坦な声で言った。危なげな言葉をさも当然のように喋る様子は、私の知っている穏やか楓の姿からかなりかけ離れているものだった。

 楓は言葉を続ける。

「モラというのは私達のボスの使い魔です。白綱さんをずっと監視する命を受けてました」

「か、監視!?それに使い魔?」

「ええ。そうですが何か?」

 そうですか何かってあなた……!楓の冷めた態度に呆気にとられた私は、頭に大量に浮かんだ疑問の数々をすべて失ってしまった。楓は私のそんな様子など露知らず話を続けていく。

「モラを使用して白綱さんをずっと監視していましたが、先日モラの生命反応が消滅しました。何らかのトラブルが発生したのではないかと私たちは判断しました。そのタイミングではモラが事故に遇ったのか、殺害されたのか分かりませんでしたが、突然神戸へ異動となったという事態とモラの死亡、そして最近浮かれ気味だった白綱さんの様子という三つの事象はこれまでの生活からして少し異常さに過ぎるものでした。判断材料が少なかったですが、私は刺客が裏で動き、白綱さんに手をかけようとしていると仮定しました」

「最近まで浮かれ気味だったって……。そんなところまでお前達は把握していたのかよ」

「そうね。にやにやしている回数が増えたとか深夜まで部屋の明かりが点いていることが増えたとかほんの少し眼に光が宿ったとか、色々とモラは報告してくれてたわね」

 皮肉っぽく巴が口を挟んできた。思わず私は恥ずかしさと怒りがごちゃまぜになって頭がぼぅっとした。

「そういうわけで本日、まぁ遅かれ早かれだったけど、こうしてあんたをお迎えに上がったわけよ。お分かりいただけましたかしら?」

 巴の問いに私は無言で返した。巴もそれきり口をつぐむ。

 ――はぁ。

 とんでもない事態へと進んでいる気がする。私はこれからどうなるのだ。死ぬのか。

 私は再び窓辺へと視線を戻した。青々と澄み渡っていた空はいつの間にか黒い雲に覆われており、今にも雨粒が落ちて来そうな状態になっていた。さながら私の心に染み渡り始めている言葉にならない感情のようだった。

 それにしても私を監視していたモラという人物は誰だろう。私の周りにそんな人間はいなかったが……。

「ところでモラはどうしたの?」

 巴が楓に尋ねた。

「どうやら自力で帰ったようです。私たちが来たときにはもう姿はありませんでした。大方ボスからの指示でしょう」

「そう」

 なるほど。モラという監視役は文字通り死んでも自力で帰れるほどの胆力を持つ豪傑なのか――ってそんなわけあるか!畜生!

「おい、どういうことだよそれ!死んでるのにどうやって帰るんだよ」

 私の突っ込みに、赤信号で車を停止させている巴がチラリと横目で見つめてきた。なんだよその冷めた眼は。

 巴はため息をついた後、視線を道路に戻した。

「もー、めんどくさいわね。事務所着いたらボスが全部説明するから待ってなさいよ」

「いやしかしだな……」

「しかしもカカシもオカシも無いってぇのよ。あたしは二度手間が嫌いなの。さかりの付いたネコみたいに喚かないでくれる?」

 巴の極めて辛辣な言葉に内心傷ついた私は大人しく黙ることにした。彼女の言う通り、事務所で待つ人物から同じ説明を受けるのであればここで聴かなくても確かに問題は無いだろう。

 楓が口を開いた。

「しかしトモエ。効率という面を考えれば、この移動時間で必要な情報をすべて伝えておけばボスの喋る内容ももっとシンプルになり事が進みやすくなると思いますよ」

「だったら楓が説明してよ。あたしは運転に集中する必要があるのよ。事故りたく無いでしょ」

「私は面倒を好みません。命令で無い限り」

「あたしもよ。だからもう後ろのイソジンはそっとしておくのよ」

 もはや突っ込むことすら億劫になった私は目を閉じてシートに横になった。安っぽいシートがぎゅぅう、ときしむ。

 もうやってられない。思考停止――基、現実の急展開に疲労した私の脳にそんな言葉が浮かんだ。


 ◆  ◆  ◆  ◆


「さ、着いたわよ」

 巴の言葉を聞き、私は車を降りた。

 目的地は難波の繁華街から少し外れた路地にある、車が一台通れるかどうかという狭い道の先、一方通行の道路脇に建っていた。

松茂ビル、と銘打たれたネームは錆だらけで朽ちている。周囲の雰囲気と相まってかなり落ちぶれたエリアだということを感じられた。

 その松茂ビルは三階建てで、一階と二階はテナント募集の張り紙がされてある。最上階の三階は電気がついており、誰かが居るようだ。きっと巴や楓がボスと呼んでいる人物だろう。直感で私はそう思った。

 三階を見上げていると後ろからどん、と押された。振り返ると巴が早く、と急かしてきた。

「ほら、きりきり歩く。さっさと入ってよ。楓、案内してあげて。あたしは業者に電話と指示をして車を停めてから戻る」

「分かりました。白綱さんこちらです。といっても階段を上がるだけですが」

 楓に誘導されて狭くて古いコンクリートの階段を上がる。ところどころ黒ずんだりヒビが入っており、地震が来たら簡単に砕けてしまいそうだ。

 そして三階の扉の前に立つ。どこにでもありそうな薄っぺらいアルミの開き戸なのだが、私には古城の門扉のように巨大で重々しく感じられた。

「さ、どうぞ」

 楓が一歩下がって私に扉を開くよう促す。おい、君が開くのではないのか。

「私はここまで導いてくるのが仕事です。ここから――すなわち扉を開くのは、貴方次第です」

 やたら演技めいたことを言う楓を訝りながら、私は渋々ドアノブに手を掛ける。ここまで来て引き返すようなことなどできるわけも無く、一呼吸置いてひんやりとしたドアノブを回す。扉は錆びついた音を立てながらゆっくりと開いていった。

「お邪魔します……」

 扉を開くにつれて部屋内の光がこちらへと伸びてくる。そして光に誘われるように私は恐る恐る中を見る。そして驚くべき存在が眼に入った。

「お前は……!」

 私は無意識にそのまま部屋の中へ足を踏み入れた。そして目の前の安っぽい一人掛けソファにちょこんと座っている懐かしい存在に手を伸ばした。向こうもこちらに気づいたのか、翡翠のような目を一度こちらへやると、一瞬驚いたように目を見開いた。

「お前、どうしてここに」

 気づいたら私はしゃがみ込んで灰色の猫の頭を撫でていた。向こうも満更ではないようで静かに身を委ねてくる。

 どういうトリックで生きてここに居るのか分からないが、掌から伝わってくるこの温もりには覚えがあった。私は思わず泣き出しそうになった。

「軽々しく触らないでくれたまえ」

 ――突然、重々しい声が、頭上から落ちてきた。

 思わず声のした方を振り返る。そこには腕を組んだ外国人――金髪の女が仁王立ちしていた。

 あまりに唐突な人物の登場に驚いた私は、その人物からネコのようにさっと飛び退って距離を取る。すると金髪の女はなにがおかしかったのか、くっくと含み笑いを浮かべた。

「なかなか良い動きをするじゃないか。素人にしてはな」

 金髪の女は肩まで伸びて輝く金髪を指でくるくる巻きながら言った。彼女のくせっ毛はもしかしてそのくるくるする癖から来ているのだろうか。

 そんなことより彼女は美人だ。さすが外国人というか、色白で肌は白く端正な顔立ちは職人が精魂込めて己の理想を追及した精巧な人形を思わせる。背の高くすらっとしたプロポーションはまさに美という言葉が相応しい。楓も背が高くてスタイルが良いほうだが、それとは別次元の美しさとしか言いようが無かった。

 しかし私にとって少し一歩退くところがあった。彼女の顔つきだ。

 彼女の両目は澄み切った空のように青い瞳ではあるが、まるで鋭利な刃物のように鋭く、睨みつけられただけで寿命が縮まりそうな気配を持っていた。好きな人は好きなのだろうが私は苦手だ。そして微笑を表現する紅く薄い唇は完全に悪女といった印象だ。どこのマフィアの女ボスなのだ、こいつは。私はここまで来た己の浅はかさに苛立ちを覚え、そして危機的状況に心臓が高鳴っていた。

「あんた、何者、ですか」

 なんとか搾り出した言葉はひどくちぐはぐなものになった。しかし金髪の女は鼻で一瞥をくれるだけだった。

「それはこちらの台詞だ。他人の道具に勝手に触れられては困るのだよ。誤作動を起こしたどう責任を取るつもりだ」

 金髪の女は妙な事を言う。道具?そんな物には触っていないが。

「分からないのか?そこの猫だよ」

「えっ」

 私は思わず灰色の猫を見つめた。自分のことを言われているのに気づいているのかいないのか分からないが、目線は虚空へ向けられている。

「猫は生き物だろう」

 私の言葉に女は目を閉じてため息をついた。

「ボウヤは常識人だな。我々にとってそこの猫は道具以外の何ものでも無い。 まぁ座りたまえ。別に私と世間話をしにきた訳では無い事は知っているのだろう」

 釈然としないまま私は言われるがまま手近なソファに腰をかけた。ぎゅうぅ、と悲鳴をあげながらも腰が沈む。

 金髪の女は颯爽と革張りの機能椅子に落ち着いた。彼女の前には大きな社長机があり、書類と筆記用具が散乱している。

「さて、まずは自己紹介だ。私の名前はミラン。君の上司となる者だ」

「すみません、言っている意味がよく分かりません」

 私は思った事を率直に言った。

「私は君の上司なのだ。君は今の会社から引抜を受け、我が社に改めて転職したということになる。前の会社への手続きや根回しはこちらで済ませておくから気にせずとも良い」 

 ミランという女は説明しながら目の前に繰り広げている書類を指差した。どうやらその書面手続きの真っ最中だったようだ。

「君は我が社に新たに入った中途社員だ。対外的にはそういう風に振舞いたまえ」

「対外的には?」

「そうだ。すでに巴や楓から話は聞いているかもしれないが、我々はそこらに居るような平和を求める事が唯一許された一般人ではない。我々は、除外された人類だからだ」

 除外された人類。気持ちの悪い言葉をミランは言った。

「現在、人類には二通りに分けられる。何らかの超常的知識、能力、技術を持たない『一般人』と、その逆の『超常人』だ。我々は後者に入る」

「超常、人、ですか」

「そうだ。語呂が悪いとは私も思う。気にしないでおけ」

 そういうことを言いたい訳じゃないのだが。

「そしてさらに超常人は『一般社会で通用、認められる』ものとそうではないものとに分けられる。端的に言えばおかしく見えることと、おかしく見えないことの二つだ。後は察しがつくだろう。この星に蔓延る巨大で肥満で怠惰な『社会』という枠組みはそれに合わない存在を消し去ろうとする。我々はな、社会から追い出された者なのだよ」

「はぁ……」

「ちゃんと理解しているか?まぁ突然の話だから仕方が無いところもあるだろう。しかし覚えておけ。ボウヤは一般人ではない。『社会』という枠組みにおいて、平和とか幸せなんかを求める権利は、剥奪されているのだと」

「ええ……はぁ……」

「ふーむ」

 上の空な私の返答に困ったのか、ミランは唸った。そしていつの間にか部屋の中に居て壁際に佇んでいた楓を手招きして呼ぶ。

「楓。ボウヤに茶を出してやれ。少し休んでもらおう。予定も繰り下げだ。もうしばらくはここに居よう」

「ラジャー、ボス」

 ――ただ、楓の無機的な言葉だけが、私の耳によく入ってきた。


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