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序章 最近の普通の若者

私個人の散文詩的な欲望に満ちたお話です。

宜しければ、私のつたない運転に身を委ねて今しばらくご同行ください。


誤字脱字等、構成に関しておかしい部分があれば、ぜひご指摘お願い致します。

 ――からっぽな、こころ。

 なぜ生きているのか。

 なんのために生きているのか。

 自分は。

 なんなのか。

「七百二十三円です」

 財布から千円札と三円を取り出し、私は店員に渡した。もはや顔なじみとなっている店員はにこりともせずレジを叩いてつり銭を取り出した。

「二百八十円のおつりです。ありがとうございました」 

 決まりきった、飽き飽きした言葉とおつりを私は受け取り、弁当の入ったビニール袋を取る。誰に向けられたものかも分からない「ありがとうございました」という言葉を背中に浴びせられつつ、私は伏せ目がちにコンビニを出た。

 ふと見上げた夜空は黒い。星を望むことは出来なかった。

 雑多にそびえ立つマンションやビルが、黒い夜空に向かって背伸びをしている。私はいつも通りの道をぽつぽつと歩き、家路を急ぐ。

 小さな街灯が白くぼんやりと照らすさほど広くもない道路は、車通りがほとんど無く行き交う人もぽつりぽつりとだけ。俗にいう下町の光景である。何となく怪しげな年寄りが歩いていたり、少し遠くへ行けば明らかに世紀がずれているような佇まいの家屋も存在したりしている。日本語で話せと言いたくなる様な人種もちらほら見かけ、どことなく異空間を全身から感じる場所だ。

 世は事も無く回っている。事件はあるが、大局的に視れば些細なことだ。私が勝手にそう思っているだけかもしれないが。殺人、誘拐、外交、経済、天災、不況、身近なようで遠いような。自分が近寄らないだけなのか、本当に遠いのか判らない。それとも気づいていないふりをしているのかもしれない。

 欲望は誰にでもある。もちろん、私にもある。

 欲望が欲しいことが欲望。目標を手に入れることが目標。今の私はそんな感じだ。

 普通の家に生まれ、普通の学校へ通い、普通の大学を出て、普通の会社に就職。その一年目の後半。

 私はわがままだ。すこぶる極めて。

 私は人と一緒が嫌だ。同じことは嫌だ。昔からそうで自分でも自覚しているが、身もふたも無い言葉で言えば私は『個性』を異常に意識している。つまりはそういうことだ。 

 いつまでたっても中身が社会不適合者。外面を繕うことにもいい加減面倒になってきていた。

 仕事は面白くない。だが、まったく面白くないというのは嘘だ。つまり『0』だ。何にも無い。

 二十ちょっとの若造が生意気なことを考えていると本当に思う。これから力をつけて仕事も追い風に乗ってくれば、この黒すぎる夜空にも小さい光が見えるかもしれない。だが今までの人生至上信じられないくらい、今の私はからだった。

 心に穴が開く感じというものを本当に知るなんて思いもよらなかった。無気力症候群なんて言葉がある。私もそうなのかもしれないが、呼び方なんてどうでもいい。病気だろうがなんだろうが、現状がすべてだ。

 望むものは、焦がれるほどの欲望。本当に身を削っても手に入れたいと心を奮わせるような欲望が欲しい。

 ――いつの間にか家の前に着いていた。会社に手配されたマンション。ワンルーム。一人暮らしは嫌いじゃない。だが、隣と上の住民が多少煩わしいのが玉に瑕。

 カギを開けて中へ入れば迎えてくれる小さな光。――スイッチに付いた小さな小さな灯だ。自分で言うのもなんだが散らかっていない方だと思う。趣味のベースギターが立て掛けてあったり山積みの本が多少自由にそびえ立っていたりするが、その程度だ。

 パソコンを立ち上げ、テレビをつけ、座椅子に腰を下ろして弁当の蓋を開く。テレビからはニュースらしき音が流れ、パソコンは無言で指示を待つ。音楽プレーヤを開き、聞き飽きた音楽を垂れ流す。センディアウタンエスオーエス。何となく今の自分に合っている気がした。

 何のためのパソコン。何のための食事。何のためのニュース。何のための音楽。何のための歯磨き。何のための爪切り。空っぽのこころには、今の私にとってその行為はあまりにも透明で軽すぎた。この歳で自分の存在価値に疑問を持つことは、果たして悪いことなのだろうか。

 存在するものには必ず理由がある。と思う。何の意味も無い存在なんて在りえてはならない。意味が無いということは、その存在を完全に否定していると思う。つまり、存在していないということだ。何かしらの行動を行い、結果的に意味が無かったと感じることがあったとしても、その行動には『意味が無かった』ということを気づかせてくれた存在価値があり、意味がある。そしてその意味が無かった結末に至るまでの過程に、少なからず意味がある。

 空っぽなこころの意味は?存在価値は?

 ――もちろん、分かっている。外的な要望は、うんざりするほど理解している。

 しかし私が求めているのはそんな薄っぺらいものじゃなく。身を削ることで手に入る唯一無二の真理を、すなわち幸せが欲しい。このこころを満たしてくれるものを。

 ……そして気づけば夜中の十一時五十八分。私は布団に転がり込んで、本当に目を閉じた。


 ◆ ◆ ◆ ◆ 


明くる日の晩、残業中に上司に相談した。貴方は何のために生きる、と。

 聞くまでもなかったと後悔した。むしろそれが正常で、とても正しい。普通の環境で育ったにも関わらず、普通のこころが持てない苦痛。時折、私は性格を破壊したい衝動に駆られる。

 仕事は絶大に頼りになる上司だが、そこまでだった。自分で答えを探すしかないと。それが答えだ。

 家路を歩く足取りは極めて軽い。仕事柄毎日歩き続けるが故に、重くても軽いのだった。

 右手にはかばん。左手には二つのビニール袋。いつもの弁当が入っている袋と、一升瓶が入っている袋。

 私は日本酒が好きだ。銘柄なんて久保田くらいしか知らない。他はみんな同じだ。学生の頃、焼酎を瓶ごとがぶ飲みさせられて半トラウマになったせいで焼酎は飲めない。

 私は酒が好きだ。とくに日本酒は素材の旨みを引き出す。そこが好きだった。月に一、二回酒を補充する。もちろん一本しか買わない。平均三日で空になるのが辛いが、酒に溺れているわけではない。と思う。

 そんなこんなで久々の晩酌ができると思うと足取りが軽くなるのだった。小さな小さな幸せだ。

 りぃりん……。

「?」

 いつもの曲がり角を曲がってすぐ、聞きなれない鈴の音が聞こえた。自転車のベルにも似ていたが、それらしい影は見当たらない。

「――!」

 何となく足元を見ると、鈍色の鈴付きの首輪をした、灰色のしなやかな猫がいた。暗いからか黒目を思いっきり広げ、綺麗な緑色の眼でじっとこちらを上目遣いで見つめている。

「……」「……」

 互いに瞬きをせず見詰め合う。別に我慢比べをしているわけではない。ただ何となく、目が離せない。

 猫はこちらを警戒しているわけではなく、かといって興味があるわけでもなく、ただ私を見つめている。透明な視線。混ざり合う、透明と空っぽ。不思議な出会い――もとい、すれ違いが生まれた。

「……」

 先にそっぽを向いたのは私だった。野良猫の瞳に愛を感じるなんて馬鹿げている。そういえば幼い頃他人の家の犬とよく遊んだものだ。動物は賢い。それだけは本能的に感じていた。

 りん……。

 あの鈴の音がまた聞こえた。猫も家路を急ぐ身だったのかもしれない。あの猫にも、こころが空っぽになるようなことがあるのだろうか。


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