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モン兵じいちゃん?

 モン兵は頭をぼりぼりかいた。

「さるにもいろいろあるらしいが、わしゃ知らん。知る前に人間たちから逃げてきた。

 お前も知ってるように、この山にはわしの同類がおらん。別の場所にはおるだろうが、この辺りじゃ見かけん。だから、動物たち仲間うちからさるがどういう名前で呼ばれているのか、わからん」

「それって、寂しい?」

 モン兵は右を見て左を見て、恥ずかしそうにわき腹をぼりぼりやった。

「ここだけの話だぞ。

 昔は、寂しいと思ったことがある」

「本当に、同じ種族がいないの?」

「似たやつらに会ったことはある。しかし、さっきも言ったが、さるにもいろいろある。同類じゃないから帰れと追い返された。あの時は寂しかったな」

 マモルは地面を見つめた。とてもモン兵の顔を見ていられなかった。

 なんで今まで考えなかったんだろう。同じ種族の仲間が一匹もいなかったら、寂しいに決まってる。そりゃあ、枝だの石だの投げたくもなるだろう。

「自分が誰で、なにものなのか、わからん。誰も教えてくれん。

 しかたがないんで、自分で考えてみた。

 で、だ。あるとき、ふと、思いついたことがあった。

 わしゃモン兵だ、と」

 意味がよくわからなくて、今度はまじまじとモン兵の顔を見た。

「なんだよ、それ。そりゃモン兵じいさんはモン兵じいさんさ」

「そうではない。

 動物である前に、さるである前に、モン兵なのだ。自分が自分であるということこそが、自分がなにものなのかという答えなのではないか、と思ったわけだ」

 またわけのわからない話をしだした。

「まあ、そうだな。

 ピョン太は知っているな。隣山の池に住んでいる。

 あやつは、何十代か前のご先祖が人間のシャツに入り込んで、ごつい人間に頭突きをかましたりしたという伝説を、真剣に信じておる。そのことを誇りにしておる。

 その誇りがあるから、あやつは人間にかえると呼ばれ踏んずけられても、全然平気だ。

 俺はぴょん吉様の子孫だ、という確固とした己れがあるからだ。

 わしの場合、それが、モン兵だ、ということだ」

「全然わかんない」

「ええい、面倒なやつめ」

 怒ったように胸をかきむしり、モン兵は斜め四十五度でウキキと吠えた。

「種について悩むより、モン兵としてどう生きるかを悩んだ、と言うておるのだ」

 んむふー、と鼻から息を吹きかける。 

 いつもの長話が始まる前兆だ。よくわからないけど、これはわかったことにした方がよさそうだ。また今度、ゆっくり聞こう。

「ところでマモル」

 必死にうなずき続けているマモルへ、不意に声を落としてモン兵は訊ねた。

「クロとはなにか話したか?」

「うん、たくさん」

「たとえば、その、あー、たとえば、昔の話とか」

「主が年取った人間だったんだって。変だよね、クロのおじさんの方が強いのに」

「他には?」

「その人間、身寄りがなくて、もう死んだって」

 モン兵はやりきれないというように首を振った。

「まだ死んだ主を忘れられんのか。愚かなやつだ」

「オロカなんかじゃないよ、とってもやさしいんだ。また背中に乗せてもらうんだよ」

「マモル」

 沈痛な面持ちで、モン兵は背中をかいた。

「クロには近づくな」

「なんでさ」

「いつか、食われる」

「そんなことないよ」

 二匹はにらみ合うような形で沈黙した。マモルは意地を張って、モン兵はなにやら考え込んでいる様子で。

 クロはな、とモン兵は言って、ちょっと黙った。

「クロはな、つがいで飼われていた」

「奥さんと・・・・・・」

「子供もいた。訊いた話じゃ、別れたのはお前くらいの年頃だったそうだ」

 今日最大の驚愕レコードが更新された。まさか、バツ一。

「なにかよからことを考えている顔だな。たぶん、想像とは違うぞ。

 三匹の親子は、主人の死で、野に放り出された。実際には、クロのやつが二君にまみえんとか意地になり、妻も納得して、だと聞いている。

 その後だ。

 現場をわしが見たわけではない。が、話には聞くし、実際、クロの体はこの目にしているから、わかる。

 路頭に迷ったクロは、必死で妻と子を守ろうとした。だが、クロ一匹でなにができる。保健所の職員にどうやって歯向かえばいい。

 あやつは、妻が、子が、連れ去られるのを、抵抗の限りを尽くしても防ぐことができなかった。己れの命一つ逃げ出すことしかできなかった。

 あやつの背に乗ったなら見ただろう、体中の傷を」

 ショックだった。別次元の疾走に酔って、おしゃべりに夢中になり、傷なんて見えていなかった。

「あやつはすべてを失った。主たるべき人間に、すべてを奪われたのさ」

 マモルの心中に、今までなかった感情がわいた。

 人間めッ!

 憎悪。

 クロの体の傷に気付けなかった自分へ向ける嫌悪も、憎む他者へ方向転換できた。誤魔化せた。だが、それだけではない。今まで、恐れる対象だった人間を、本当に憎く思った。

 そんなマモルの心中の変化に気付かぬ様子で、モン兵は続ける。

「そのクロの子の名は、マモルと言った。主がつけた名前だろうな。だからだ、マモル、今日食われなかったのは、たまたま、偶然だ。もう、クロに近づいてはかん」

「人間なんか、いなくなればいいのに」

 マモルのつぶやきに、モン兵がこりゃいかんと声をあげた。

「そんなことを言うな」

「だって、人間は僕たちを殺すじゃないか」

「しかしなぁ・・・」

 両手を揉みながらモン兵は困った顔をしている。

「まあ、同じ動物同士、うまくやろうじゃないか」

「誰が同じ動物なのさ」

「知らんのかね。まあ、知らんやつも多いが・・・人間もな、わしらと同じで、動物なんだ」

 モン兵の言葉が、すっきりしゃんと頭に入ってこなかった。

 なんて言ったの?

「だって、だって、人間は道路を敷いて、車に乗って、鉄砲を撃って」

「心臓が動いていて、怪我すりゃ赤い血がでる。二本足だが、そりゃ、わしもたまには二本足になる」

「ク、クロのおじさんはお腹がすかなかったら殺さないって、だけど、ぼくは今日、人間に殺されそうになったんだ」

「本当に殺されていたかはわからんだろう?」

 モン兵じいさんの話は難しいけど、クロと同じで絶対嘘はつかない。それは知ってる。だけど、人間がぼくたちと同じで動物だったなんて・・・・・・

「な、同じく動物同士、仲良くやろう。

 まあ、あやつら、自分が動物だってこと、忘れてるんじゃないかと、わしなんか思うこともあるが・・・思い出すのはナニの時だけだろうな」

「ナニ?」

「大人になりゃわかる。

 とにかくだ、たしかにあやつら、自分が一番賢いと思ってる。わしらの本当の名前も知らんのに。ああいう頑固な利口者は度し難いには違いない。

 しかし、ま、いなくなれなんて言わずに、ちょっとすり寄ってやろうじゃないか」

「すり寄る?」

「そう、間抜けで愚かで、そのくせ自分が最高だと思い込んでる面白おかしい人間を、ほんのちょっと許してやろう」

「でも、クロのおじさん・・・・・・」

「あやつは今だに主を決めん。群れもせん。それはな、人間は憎い、だが、人間に一縷の望みをいだきたい、そう思っておるからだ。死んだ主は、よほどの人格者だったらしいな。クロ本人が、そうして人間をちょっぴり許してる。お前さんがどうこう言ってはいかん」

 さて、そろそろ行こうかね。そう言って立ち上がったモン兵は、ん、と声をあげた。

「そういや、さっきの話。たぬき、だ。この名前、肝心のお前はどう思っておるんだ」

「嫌いだ」

 人間が作った名前なんか。

 でも、たぬきにはたぬきの強さと知恵があるんだ。

「でも許してあげるよ」

 モン兵は大きな手でマモルの背を撫でた。

 巣に近づくと、大勢のマモラートが集まってマモル捜索会議を開いているのが見えた。 


結局なにが言いたかったんだ、という内容で終わってしまいました。己れのいたらなさを痛感いたします。読んでいただきありがとうございました。

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