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たぬき?

つたない話で、どこに落ち着くか不安ですが、頑張ります。

 マモラートという動物は、ずんぐりしているわりになかなかはしこい。

 森の下ばえを縫うようにして走るマモルの動きも軽快で、小動物としては優秀なスプリンターになれそうだ。

 朝露に濡れて体毛や尻尾がしぼんでいたが、そんなことは気にならなかった。走るのは大好きだ。

 もちろん、すべてを忘れるわけじゃない。

 時折り立ち止まり、体を起こして後ろ足で立ち、少しでも高いところの風の匂いを嗅ぎ、見える範囲内に危険な兆候がありはしないかと確かめること、これだけは絶対に忘れてはいけないのだ。

 巣穴は巧妙にカモフラージュしてあって、愚鈍な人間なんかには見つけられっこないが、尾けられたりしたら大変だ。それにカンドゥスの気配には要注意だ。

 人間に縄かけられたカンドゥスなら問題はない。だが野良カンドゥスときたら、速くて大きくて群れていて、襲われたらまずひとたまりもないらしい。野良カンドゥスといえば一匹狼のクロしか知らないが、なるほどあんな乱暴者が群れたりしたらとても手がつけられないや、と、話を聞いたときにはマモルの体毛が逆立ったものだ。

 危険な兆しのないことを確認して、マモルは巣へ向かった。

 それにしても、と頭の中はハテナマークでいっぱいだ。

 あの人間の子供の言った言葉、初めて聞くな。お父さんに聞いてみよう。

「遅かったじゃないの」

 お母さんの声は怒っていないが、顔が怒っていた。

「隣の巣のスグルくんは、とっくに帰ってきてますよ」

 お父さんは奥で伏せ、目を閉じている。そのふさふさの体にマモルの兄弟たちが寄りかかって、もう船をこいでいた。太陽が出ている間はおやすみの時間なのだ。

「スグルくんはスグルくんだろ。僕は、ちょっと寄り道してたんだ」

「どこへ行っていたの」

「いいじゃないか」

 マモルは小さくて丸い耳をひくひく動かした。考え事をしている時の癖で、自分でわかっているのにやめられない。

 マモルの耳を見て、あらまあとお母さんは驚いた。

「今ごろになって言い訳を考えてるの。呆れた。お父さんだって、若い雌マモラートに見とれた時なんか、見とれる前から言い訳を用意しているっていうのに」

 お父さんのいびきが大きくなった。間違いない。話を聞いている。

 マモルは思うのだ。お母さんに勝てないのは知ってるよ、だけどたまには子供を援護してくれる頼もしい父親になってほしいんだ。

 今日も願いはかないそうにない。

「言い訳じゃないよ、それ以外の考え事なんだ」

「当ててみましょうか」

 お母さんは短い前足で鼻をこすった。

「隣山のアカリちゃんのことでしょう。今日だって、アカリちゃんと会ってたんじゃないの」

 びっくりして、小さな丸い目がぐりぐりした。

 なんでアカリちゃんのことを知ってるんだろう。

「ち、違うよ」

「あら、そうなの。ただ、言っておかなきゃいけないけど。アカリちゃんはフォトスターなの。あなたとは種族が違うの。お友達以上の関係は、望んでも悲しみばかりが深まっていくんだから」

「アカリちゃんとはそんなんじゃない」

 心と心を通わせたとても美しい関係なんだ。と説明しようとしたが、子供を六匹も生んでいるお母さんに話しても、たぶん理解してくれないに違いない。

「山を降りてたんだ」

 アカリちゃんの話を切り上げさせるために、怒られるのを覚悟で本当のことを言った。

「人間にどれくらい近づけるかっていう遊び。スグルくんは一匹で逃げたんだ。臆病者さ」

 なんてこと、とお母さんはほっぺを撫でてからひげをぴんぴんに立てた。

「何度も言ったでしょ、人間に捕まったら皮を剥がされて置物にされるか首巻きにされるのよ。肉は鍋へ直行よ」

「捕まったりしないよ、あんなグズなやつらに」

「鉄砲っていう、卑怯な飛び道具の話もしたでしょ。長老のモン兵じいさんがヒス起こして投げてくる枝とはモノが違うのよ」

 モン兵じいさんはむかし人間に飼われていた動物だ。逃げてきたはいいが、森の中には同じ種族がいないものだから、今もやもめ暮らし、時々ヒステリーを起こして、キーキーわめきながら枝やら小石やらを投げまくる。こいつで怪我した者も少なくない。

 もちろん、鉄砲がモン兵じいさんの枝より恐ろしいのは知っている。だが、「かやく」だとか「てつ」の臭いがすると教えられている。そんなのに撃たれるほど馬鹿じゃない、とマモルはふくれた。

 お母さんの小言が頭の上を飛び交っている。言葉というものがもし目に見えて、しかも固かったら、きっと今ごろマモルの体はずたずたのぐちょぐちょだ。

「そんなことよりも」

「そんなことじゃあありまっせん」

 お母さんにぴしゃりと抑えられながらも、マモルはさきほど人間の子供に聞いた不思議な言葉を口にした。

「たぬき」

 ぴたり、とお母さんの動きが止まった。

 恐る恐る見上げてみると、お母さんの顔が凍りついている。

「おお、おお、なんてことでしょう、マモルや、ああ、マモルや」

「前に芝居小屋に忍び込んだときの真似?変だったよねー、あの人間」

「ど、どこで聞いたの、その言葉」

「どこって、人間の子供がぼくを指差して言うんだ。たぬきだー、って」

「に、人間なんて頭がからっぽですもの、動物違いをしたのでしょ。

 それにしても、たぬき、だなんて、そんな、かっこ悪くて間抜けな面白おかしい名前、どこをどうひねくり回したら出てくるんでしょ」

「そんなに変な言葉かなぁ」

「変ですよ、みょうちくりんですよ」

 ねえあなた、と珍しくお母さんはお父さんに助けを求めた。

 しばらく、お父さんは考える素振りをしてから、むくりと起きた。眠っている子供たちは起こさないように気を使っている。お母さんは怖いけど、お父さんはやさしい、がマモルの一家だ。

「その時が来たようだな、母さん」

 お父さんは両前足をこすり合わせながらしっぽをぶんぶんさせた。

「マモル。大事な話だ。最後まで黙って聞きなさい」

 お父さんがそう言う時は、とても重大な話が始まる。木の実の選び方や、獲物の捕らえ方、誰の目をも欺く死んだフリの演技指導。

 しかし、たぬき、そんな大切な言葉とは思えないんだけど。



読んでいただきありがとうございます。

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