第六話
午前の授業が一通り終わり、昼休みとなり俺は凛華、トオルと屋上に昼食を食べにきていた。
屋上には人があまりいなかった。恐らくほとんどの人は動くのが面倒で教室で食べているのだろう。
俺達は風当たりがいいところに座り、食べ始める。
しばらく雑談しながら食べた後、俺は朝に気になっていたことを思い出した。
「なぁ凛華。焔さん大丈夫かな? 昨日はあんなに元気そうだったのに」
「知らないわよ、そんなの」
凛華はさっきから強く吹いている春風で乱れる髪を、右手で鬱陶しそうに押さえている。
おいおい、まだ不機嫌なのかよ。さっきまでは大丈夫そうだったんだけどな。
さてどうしたものかとため息をついていると、先ほどからずっと肉を食べているトオルが俺と凛華を交互に見る。
そして数秒後ニヤニヤしながら俺をひじで小突いてきた。
「ありゃ、凛華さん不機嫌じゃ~ん。日向。さてはお前なんかしたな~?」
ホント面倒くさいやつだ。その語尾をのばすのも気持ち悪いからやめてくれると嬉しいんだが。
「とりあえずお前は黙れ。喋るな。口を開けるな! それと肉ばっかくうな。野菜食え、野菜!」
「口ふさいだら俺食べられないじゃん!?」
思いつく限りの嫌味を言い、野菜ジュースをトオルの顔に投げる。トオルはそれをなんなくキャッチ。
……ちっ。運動神経はいいんだよな。このやろう。
すると不思議そうな顔をした凛華が横目で見てきた。
「そういえば日向。迎撃科って上級生徒になると何やるの?」
「ん、たぶんブレイカーでの実践訓練じゃないか」
「ふぅん……そういえば入科したときはいろいろな検査やったわね」
凛華は少し懐かしそうな目で外を見る。
乱れる髪を片手で抑えながら遠くを見る凛華はすごく大人びた感じがして……一瞬ドキッとしてしまった自分が悔しい。
「確かにな。ブレイカーの適性テストや運動能力調査、視力検査に身体検査」
「……挙げていったらきりがないわね」
「そうだな」
「まっ、とにかく下級のときよりは楽しめそうね」
「ホント、そうであって欲しいよ」
期待に目を輝かせる凛華に苦笑する。
下級生徒のときは筋トレや武器の使い方、体力をつけるためにランニングなど。実に面白くもなんともない、それこそ普通の学校で言う部活動みたいな授業だった。
そのときは「こんなんでアグレッシン倒せるようになんのかよ」とよく愚痴っていた気もする。
もっとも、アグレッシンが日本に襲来してくる周期は六、七年に一回ほどだ。
それに近年危険な武器を持った凶悪犯や、ブレイカーを悪用する元生徒などが増えており、警察では対処しきれないため迎撃科が協力する仕事もある。
さらに実はここ十年アグレッシンは襲来してきていないため、最近はそちらのほうがメインになっていたりもする。
しかし一度本部のほうで、「命の危険があるからやめたほうがいいのでは」という意見も出た。しかし今まで世間にアグレッシンの実態を隠してきたため、やめることはできない。
アグレッシンをほとんど公開しないことで、襲来時の避難をスムーズにするためだ。
だからアグレッシンのことをよく知らない一般の人々には、この学園は凶悪犯に立ち向かうための特殊部隊育成機関と認識させているからである。
アグレッシンに関することは学園最高の機密事項なので、卒業後にでもこのことを世間にばらそうとするとすぐに学園からの迎撃科の教員が派遣されるらしい。
その後どうなるかは……想像したくもない。
「そういや工武科って上級になって何か変わるのか?」
「ん、特に変わんないんじゃね?」
トオルは飲み干した野菜ジュースのストローを歯でかじりながら、いかにも興味なさそうな感じで答える。
子供じゃないんだからストロー噛むなよ。いやそれより疑問形に疑問形で答えるなよ。
とはいえ半分予想していた答えなので聞き返しはしない。どうせ聞き返しても同じ答えが返ってくるだろう。もう突っ込む気力もないわ。
しばらくしてまた肉を食べ始めたトオルに呆れていると、凛華が時計を見て「あっ」と声をあげる。
「日向、そろそろ部屋戻らないと間に合わないわよ」
おっともうそんな時間か。
俺はまだ少し残っていた白飯を口に押し込みながら立ち上がり、凛華と一緒に寮の部屋に向かった。
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部屋に戻って迎撃科の制服に着替える。
迎撃科は活動上命の危険が伴う場合があるので制服は防弾性になっている。
胸には学年を示すバッジがある。
腰にはブレイカーや銃を収納するホルダー。
ちなみに銃はまだブレイカーが扱えない下級生徒が使うものだ。
ただ、銃を改造してはいけないという規則はないので支給された銃をそのまま使っている者は少ない。
「まぁこれを使うことがないことを祈りたいけどな」
俺の銃はトオルに改造してもらい、反動を軽減してもらったのだが……なにかに失敗したのか、トリガーを一回引いただけで弾が三発同時に出てしまうのだ。
ようするに、二発目三発目が前の弾に当たってしまい失速してすぐに落ちてしまうわけだ。
もしそうなったら洒落にならんのでトオルに直すように言ったのだが、「もう疲れたからまた今度な」と断られた。……今度あいつに向かって一発撃ってやろうか。
冗談にしてはリアル感があるなと思いながら、俺は銃をしまいブレイカーを手に取る。
待機状態のブレイカーは箱のような形をしている。
これが起動すればいろいろな武器の形に変化するのだからすごい。いったいどうやって作られているんだろうな。
「それにしても持っているくせに使ったことは一度もないって変な話だよな」
ブレイカーを使った授業のときも適性率が低くても起動できる練習用のブレイカーしか使わせてもらえなかった。
今日やっとこれを使えるのかもしれない――そう思うと、なんだがうずうずしてくる。
一刻も早く行きたくなった俺はブレイカーをしまい部屋の外に出る。
各個部屋につながっている渡り廊下に出ると、なんだか先ほどよりも暑く感じた。
(さっきまでは風が吹いていたから涼しかったんだけどな)
しばらくすると隣の部屋から同じく迎撃科の制服に着替えた凛華が出てきた。
「あら、日向にしては早いじゃない」
心底意外だったらしく、目をまんまるに見開いている。
「失礼なやつだな。そんなに俺はダメ人間か」
「えっ、違うの?」
……嘘をついているようには見えないのだから困る。
「それよりどうする?」
多少心に傷を負ったがそれよりも、だ。
思ったよりも早く準備ができたので、昼休みが終わるまでまだ二十分もある。今から行くと少々早く着いてしまうのだ。
「そうね……ゆっくり話しながらでも行く?」
「そうだな。ここにいてもやることないし」
すると凛華はいきなり目を輝かせて、
「ねえねえ! それじゃ久しぶりに『グリコ』やらない?」
幼稚園児か、お前は。
もちろん『グリコ』とは恐らく誰もが階段でやったことのあるであろうあの遊びのことで、決してあのランニングシャツおじさんのことではない。
それでもわからなかった人はきっと友達がいなかった人だな、うん。
「そんなことやってたら今からでも間に合わねえよ」
「えぇ~」と横で少しふてくされている凛華を無視し、スタスタと学園へ向かう。
「ちょ、ちょっと待ってよ!? 冗談だってば! それにそんなに早く歩いちゃすぐ着いちゃうじゃない!!」
そう言って凛華は半分涙目で袖を引っ張ってくる。
どうやら『高校生らしき男女が道のど真ん中でグリコをやる』という羞恥プレイは回避できたようだった。