第一話
ピピピピッ! ピピピピッ!
雲ひとつない快晴の空の朝。聞き慣れている目覚まし時計の音が今日もまた、軽快に鳴り響く。
「……眠い」
目覚ましの音に眉をひそめながら手探りで時計をとり、音を止める。
いつもならこのまますぐに起きられるはずだが、今朝はなぜだか寝た気がしない。
(まぁ後五分くらいならいいか)
「バカ日向、起きなさい! これは命令よ!」
どうやら最近の目覚まし時計は音を止めても起きないと喋りだすらしい。
いやぁ素晴らしいね、科学の進歩は。
もっとも、だからといって起きるはずがないが。
「……へぇ。私がせっかく起こしにきてるのに起きないんだ。いいわ、そっちがその気なら意地でも起こしてあげる」
「へぐふぉ!?」
不穏な台詞とともに突如強い衝撃が腰あたりにおそってきた……息ができないだと。
いきなりの謎の襲撃に頭が混乱しつつ目を開けてみると、そこには幼馴染の凛華が俺の腹辺りにまたがっていた。
状況をみるに、どうやらさっきの衝撃は凛華が俺に乗ってきたときのだろう。
「ってなんだよ?」
「『なんだよ?』じゃなくて早く起きなさいよ」
不機嫌な顔でそう言うと、乗っけていた右手を後ろに引き、
「イタッ! ちょっ、ビンタすることないだろ!」
「なんなのよ、私がせっかく起こしにきてあげてんのに! このまま脊髄折られたいの!? それともあの川でも渡ってくる!?」
それって渡ったら人生が終わってしまう川だろ! てかどちらにしろ俺は死ぬしかないのか!?
(……最悪の目覚めだ)
いまだにポカポカ叩いてくる凛華の腕を押さえながら、俺は深いため息を吐いた。
俺の名前は成宮日向。
今はまだ17だが今年で18歳になり、遂に18禁PCゲームというものを正当に買える歳に……こほん。髪は少し茶色が混じっており、よく「染めた?」なんて聞かれるが地毛だ。断じて染めてはない。
体は下級生徒のときのトレーニングのおかげで結構引き締まっているほうだとは思う。
でもって俺の上にまたがっているこの大バカは幼馴染の杉原凛華。
身長は俺より頭一つ分くらい小さく綺麗な茶髪の黒髪で、一部を後ろで一つに束ねている。少し違うけど、簡単に言えばポニーテールだ。
体はすらっとしていて顔も整っている。
これで胸もあれば完璧なのだが……残念だ。
それとクォーターのこともあり、目は綺麗な藍色をおびていて名前のとおり凛とした雰囲気がある。
それと今年、俺と凛華は上級生徒になる。
……ん? そういやまだ始業式やってないよな。
「なぁ凛華、始業式っていつだっけ?」
「寝ぼけてんの? 始業式は今日よ」
「あぁ今日ね」
俺は苦笑いを浮かべながら時計を見る――あれ? おかしいな。凛華の言うとおりまだ寝ぼけているのかな? いつもならもう登校の準備をしてる時間じゃないか。はっはっは……。
「まさかの寝坊!?」
「だから今起こしに来てんでしょうがっ!」
あ、そうだった。と納得する前に凛華のストレートがとんでくる。
「たぁああ~! 凛華ってすぐ人のこと叩いてくるよな」
痛みに呻きながら凛華を睨む。
するとどうやら気に障ったらしく、
「んなっ! う、うるさい! 起きないあんたが悪いのよ。このバカ日向!」
顔が赤くなった凛華に今度は柔道技みたいな技で投げ飛ばされる。
朝起きたらなぜか幼馴染がいて、しまいには投げ飛ばされるという奇妙な光景がそこにはあった。
「……へ?」
予期せぬ状況に理解が追いつかないなか、ようやく自分が宙を飛んでいるのだと気づいたときにはすでに時遅し。
その次の瞬間、部屋のタンスに頭からダイブし――
「へぐほっ!?」
「あっ……」
凛華の心配そうな声を聞きながら俺の意識は遠退いていった
東京から南に位置する海上に作られた超大型人口島。
その島のほぼ全てであるこの近未来試験都市こそが俺たちの住んでいる場所である。
アグレッシンとの戦闘時に備え、地下シェルターなどという物騒なものもあるが、「近未来都市」ということで最近の流行の店やデパート、遊園地に繁華街となんでもある。
さらに本島とは海中電車によって繋がっているので非常に住みやすいのだ。
それにここにいる人の中には一般市民や観光客なども大勢いる。
そしてそこに建設された教育機関の中の一つが俺たちの通う学園である。
政府アグレッシン対策本部直属リベンジャー養成機関。
通称「リベンジャー学園」と呼ばれるこの学園は少々特殊で、13から17歳が下級生徒、18歳からが上級生徒となっている。
ちなみに上級生徒は四年間で卒業になる。
そのほかにも入学時から科目選びがあり、選んだ科目に所属することになる。
戦場で負傷した者の回収及び応急処置の訓練と、最新の医療技術を学ぶ医療科。
アグレッシンの解析や性質を研究する分析科。
敵の襲来時、全体に指示を出す及び通信役をする通信科。
ブレイカーを調整する工武科。
アグレッシンとの戦闘を前提とした戦闘訓練を受ける迎撃科。
この学園は、本部の指示があればアグレッシンと戦うことにもなるので科目選びはとても重要だ。
ちなみに俺も凛華も迎撃科に所属している。
そして、この学園はあの面倒くさがりの校長の仕業か、行事のときのみ遅刻者に罰がある。
どうせ早く終わらせたいのに遅刻者がいると式が始められないからだろう。
そしてその罰というのが……
「――ゅうが! 日向!!」
「ん……」
目を開けてみれば目の前に少し目を潤ませている凛華がいる。
「凛華……?」
「よかった。もし目を覚まさなかったらどうしようかと……って、そんなこと言ってる場合じゃないわ。日向、早く支度して」
「?」
何を言っているのか理解できなかったが、だんだん頭が起きてくるにつれて現状況を思い出す。
「そうだ、寝坊してたんだったな」
「私も今日だけは遅刻したくないわ。ほら、早く」
そう、このままでは見事に始業式に遅刻、なんらかの罰を受ける破目になるだろう。そして迎撃科の生徒の罰は一番辛いらしい。
一度でいいからこの制度つくった校長をぶん殴ってやりたいよ。
「こうなったら走るぞ」
「当たり前よ。全く、これも全部あんたのせいなんだからね」
「なんでだよ? 確かに寝坊したのは悪かったが、俺をおいて先に行けばよかったじゃないか」
実際、そうすれば俺はともかく凛華はこんなことにならなくてすんだはずだ。
「そ、そんなことできるわけないじゃない……」
消え入りそうな声で凛華がなにやら呟く。
「なんだって?」
「う、うるさい! 早く行く! これは命令よ!」
「お、おぅ」
……いったいなんなんだ。まぁ言いたくなさそうだったし、遅刻しそうだし、あの危険な川は渡りたくないから問い詰めはしないでおくか。
「時間がないから全力で行くぞ」
「わかったわ」
そういうわけで俺たちはなぜか新学期初日から全力で走るはめになった。