第二十七話
「――償え」
次の瞬間、振り下ろされた刀から桁外れの威力をもった斬撃がその形、威力を崩さず大気へ放たれ、目前のアグレッシンを襲う。
音速で放たれた斬撃は衝撃波を纏いながらアグレッシンの硬い外殻を一瞬で、正面から斬り裂いてゆく。
さらにアグレッシンの内部で衝撃波が分裂し、爆散。
まさに叫ぶ暇も与えられずにその巨体を切り刻まれたアグレッシンは、細かな肉片と大量の血の雨を残して目の前から消えた。
「さぁ……」
血で紅く染まった刀を指でなぞりながら、血に飢えたような獣のように、叫ぶ。
「殺し合いの時間だッ!!」
それを合図にアグレッシンたちも一斉に襲い掛かってくる。
そうしてほんの数分だけだが、『数百のアグレッシン対一人の狂戦士』という、異常な戦いが始まる。
「はあぁぁッ!!」
ドラゴン型が始末されたのを起爆剤に、周りの数百のアグレッシンたちが一斉に襲い掛かってくる。
それに対して俺は、ただ体を一回転させるように刀を振るう。
即座にブレイカーから飛ばされた斬撃は、刀の軌道上の敵をまとめて真っ二つにする。
さらに時間差によって生まれた衝撃波が俺と香奈を中心とした竜巻となり、外へ広がるように全方位の敵を捉え、捕縛し、押しつぶす。
「ははっ……あははははは!」
次々と粉々になってゆくアグレッシンを見ながら俺は笑う。
時間にしておよそ二秒。
そのほんの一瞬で生み出した攻撃は、一気に百を超えるアグレッシンを殲滅した。
(前とは全然違う……!)
敵の位置、数、そして各個体それぞれの行動予測。香奈には一切当たらずに攻撃するには刀をどのように振るい、どのタイミングで力を入れればいいのか。
全てわかる。
戦闘における全てのことがこの真紅に染まった瞳に映され、そして感覚として脳へも伝わってくる。
この衝撃波による全方位一斉攻撃も、システムがなければできない芸当だったろう。
システムがこの戦場の全てを俺に伝え、俺はその指示を元に動く。そして戦闘面においてバーサーカーの俺にやれないことはない。
初めて味わうシステムとの一体感。そしてその威力。
俺の周りにいるアグレッシンの残りは約三百七十体。
その全てを残りの作戦時間で殺しきれる。
そう思えるほど、バーサーカーシステムは強い。
「さぁ……体に血を一滴たりとも残すな! その血で大気を染め、華やかに散ってみせろ!!」
残り数分間、存分に楽しませてもらおうか!
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「ようやく発動したか」
焔香奈の通信機に内蔵されているカメラで一部始終を見ていた狼火はため息混じりに呟く。
目の前のモニターにはシステムを発動させ、バーサーカーと化した成宮の姿がある。
その戦闘能力は前のジャスティスのときより格段に上がっている。
そしてあの真紅の瞳……。
「システムの力を引き出せているようだな」
システムの力を全て引き出すには一つだけ必要不可欠なものがある。
それが復讐心、または殺意だ。
その意思をシステムが感じとったとき、初めてシステムの本来の力――戦場の全ての情報を把握できる圧倒的な力――を引き出せる。
逆に人が相手だったりしたらシステムの力を引き出すのは難しいと言える。
だからジャスティス戦のときはできなかったのだろう。
なによりあの真紅の瞳こそがシステムを完全に起動させている証だ。
「ここにきてあの状態になるとは……これは本部のリベンジャーもいらないかな?」
狼火は苦笑を滲ませる。
圧倒的な戦闘能力の向上。
この『ただの一般人でさえ超人にしてしまう』ところがこのシステムの長所であると同時に短所でもあるのだ。
正常な人が持てばなんの問題もない。が、これがもし人を殺すことになんの躊躇いもない者が手にしたらどうなるか……この先は言うまでもあるまい。
だからこそ成宮の父は、あの人はシステムを作ることを中止するとともに禁じた。
このバーサーカーシステムを、究極の殺人兵器にしないために。
「……ま、この映像を見れば誰でも禁止にするよな」
画面の映像に映る成宮の姿。
それは全方位から何十、何百と襲い掛かってくるアグレッシンたちをたった一人で次々と亡き者にしていく、本来ならありえない光景。
まさしく、復讐と殺すことに餓えた狂戦士の姿だ。
「ホント、あなたのせいでこいつはとんでもない化け物になろうとしていますよ……成宮さん」
あの日に初めて出会った、あの男のことを思い出す。
狼火の名が有名になるきっかけとなったあの迎撃戦。初陣で緊張していた狼火に声をかけてきた男――それが成宮の父だった。
その後連絡先を知り、その日の電話で初めてバーサーカーシステムのことを知った。
もちろんその『オリジナル』を自分の息子に投与したことも。
しかしその次の日には連絡が取れなくなり音信不通。
そして気付けば息子の成宮日向が入学してきたのである。
しかも成宮日向のデータを見たら父親は行方不明と書かれていた。
(本当に不思議な人だ……)
いったい今頃どこで何しているのか。
知りたい気もするが、それよりもまずは成宮日向のほうをどうにかしなくてはならない。
「実戦によるシステムの起動。そして真紅の瞳……もうここまできたのか」
誰に向けるでもなく狼火は一人、静かに呟いた。