第二十四話
作戦残り時間はおよそ二十分。
後もう少しというところでの第二波。
しかもその数は第一波の二倍以上。
その報告に戦場の者が全員呆然とするのも無理はない。
「ちょ、ちょっと! 何よあの数!?」
「まさか第二波がくるなんて……! それもこんな数の……」
青い空を塗り替えるようにどんどん押し寄せてくる黒い空の正体はまぎれもなく、アグレッシンだ。
予想もしていなかった事態に俺たちは戦場にいることも忘れ、ただ見上げる。
「……こりゃ他の一年を待機させていられるほどの余裕はないわけだ」
ただ事実を述べただけの言葉とともに乾いた笑いが零れる。
……どうやら絶望に陥った人は笑えるというのは本当らしいな。
他の戦場のやつらも呆然と絶望の目で空を見上げる。
そこにはもう青空はない。
「狙撃部隊、何をしている! 早く上空の敵を打ち落とせ!」
突如戦闘音が消え去ろうとしていた戦場に、敵の第二波の報告以来何の音沙汰もなかった通信機から怒声が響く。
それは入学してからはじめて聞く狼火のいつもの冗談や飄々さが一切混じっていない、本気の声だった。
そしてその声からしばらくすると後方から狙撃部隊の射撃音が再び鳴りはじめる。
「前線! 貴様らがボケッとしていてどうする! そんな暇があるなら敵の一体でも仕留めて見せろ!! そして後衛のやつらは直ちに前衛に移れ。最終防衛ラインも待機だったやつらを配置させる。いいな? 私はお前らを死なせるために戦場に送り込んだのではない! 死にたくなけりゃさっさと動け!!」
「りょ、了解!」
怒涛の勢いで指示を出し始める狼火に静まり返っていた戦場はまた騒がしくなり始める。
……ってか恐ろしく怖いな。
こんなに叫び散らす狼火は初めてだが……普段の三倍くらい怖いな。
立ち向かったら口を開く間もなく殺されてしまうかと思うくらいだ。
……まぁ狼火のおかげで混乱に陥りそうだった戦場が統一されたのも事実だけど。
「取り乱したりしてしまい申し訳ございませんでした。サポートを再開します」
不甲斐なくも狼火の怒声にビクビクしていると先ほどまで情報を伝えていた担当のオペレーターの声がした。
上空のアグレッシンが効率よく落とされ、それによって前線の戦闘音がさらに激しくなり始めているあたり他のオペレーターも狼火の一声で我を取り戻したらしい。
それでもいまだに動揺は消えてはおらず、戦場に余韻をのこしたままだ。
「先ほどの狼火先生の指示によりあなた方Aチームも前衛になりました。前線では今までとは違い何体ものアグレッシンを同時に相手にしなければなりません。ですので私が伝える周囲の情報を聞き逃さないでください」
前衛か……。
オペレーターの言葉に俺は不安を覚える。
「ではこれより速やかに移動してください。もう第二波との戦闘も始まっています」
「了解」
俺たちはブレイカーを腰ホルダーから取り出し、いつでもアグレッシンに対応できるようにして走り始める。
凛華も香奈も俺を追うようについてきている。
作戦残り時間はおよそ十五分。
その十五分を耐え切れば後は本部のリベンジャーたちがどうにかしてくれるだろうが。
(大丈夫なのか……?)
先ほどとは違い、無傷のアグレッシンたちを何体も、それも同時に休むことなく戦い続けることになる。
そんな過酷な状況下で凛華や香奈は無事でいられるだろうか。
そして……。
俺はバーサーカーシステムを使わずに戦いきれるのか。
その不安は前線に到着するまで拭われることはなかった。
前線に向かいはじめてから数分。
途中何体か前線から抜け出してきた無傷のアグレッシンをみたが、一刻も早く前線に参戦しないとならないため、戦闘はせずにそいつらは後衛のやつらに任せることにした。
正直かなりの不安も残るが今は後衛たちを信じるしかない。
そうして走り続けた俺たちが前線の最後尾に到着したとき、そこは地獄だった。
「これが戦場……なのか」
思わずそう感じてしまうほどその光景は酷かった。
何かの叫び声や体のどこかを負傷したと思われる者が呻き声をあげており、そいつらをアグレッシンから庇うように他の者が戦っている。
無論、無傷の者などはいない。
しかしそれでも戦闘続行不能と判断され、使用許可が下りたT-SAに乗った医療科に回収された者達の分までアグレッシンと戦おうとする三、四年の先輩達の実力はハンパじゃない。
個体によって十メートルくらいはあるアグレッシンたちを、何体も同時に相手にしているその姿はもはやアニメのバトルシーンなのではと思わせるほどだ。
しかしそんな現実離れしたこの場において嫌でも一番目に入るもの、唯一現実だという証拠のもの――血だ。
コアを破壊されたアグレッシン、戦場を駆け巡る先輩達、そして負傷が酷く医療科の助けを待っているもの。
それらの周りには常に赤い血が舞っており、生々しく、戦場の至る所に血溜まりがある。
そしてその血の多くは恐らく人の血……。
えぇい、周りを見回すのはやめだ。みていると吐き気がする。
「うっ……」
少し遅れて俺の後ろにやってきた香奈が口を押さえて座り込む。
凛華も座り込みはしないまでも眉をしかめている。
「お、おい香奈。大丈夫か――」
「敵一体高速で接近してきます!」
「っえ?」
座り込んだ香奈立ち寄ろうとした直後だった。
オペレーターの声に振り向いたときにはもう遅かった。
振り返った俺と凛華の目の前には、黒い霧のようなもので身を纏ったオオカミの形状のアグレッシンが間髪いれずに襲い掛かってきた。
「なっ!? しまっ……」
すかさず対応しようと思ったときにはアグレッシンの牙が目前。
(避けきれない――!)
直感で感じたそのとき、まるで時が止まったかのようにアグレッシンは牙をこちらに向けたまま空中で固まった。
「な、なにが……?」
無防備の俺を目の前にして止まった?
それもこんな不自然に……いや、違う。
よくみてみると何かワイヤーのような細いもので拘束されている。
そして周りを見渡すと同じように何体ものアグレッシンがその場で無理やり固定させられていた。
「ワイヤー…………固定……! まさか!」
「ちょっとキミ! なにボケッとしてんのよ! 死ぬわよっ!」
そのワイヤーの主から通信機越しに怒鳴られる。
(や、やっぱりこれは序盤で戦況を変えた上級生徒の一人だ)
まさかこんな形で知ることになるとは……まぁやっぱりブレイカーでこんなレベルの高い技ができるのは力がある男だよな――
「って、女!?」
「? そうだけどそれがどうしたのよ?」
つい口に出てしまった驚愕の声にワイヤーの主……否、女性は平然と答えた。
(ちょ、まじで女だったのかよ!?)
世の中には男でも語尾に、「なのよん」とか「うっふ~ん」とかつける、普通に考えれば誤った人生の道を逝った人もいる。しかし今の声質は確かに女性だったし今本人が認めたのだ。
女性であることに間違いはないだろう。
……でもまさか例の二人の上級生徒の片方が女だったなんて。
(いや、確かにありえない話ではないがそれでも普通は男って思うだろ! ってか思うよね!?)
誰にかもわからない言い訳を一人していると、凛華が香奈を支えながら拘束されている敵に視線を向ける。
「日向、早く今のうちにそいつをやらないと」
「あ、あぁそうだな」
その声に我を取り戻し俺はブレイカーを起動させ――
「あ、ちょっとキミそこにいると血あびるよ」
「へ?」
ワイヤーの主からの予言めいたものが聞こえた次の瞬間、目の前のアグレッシンのコアが、外殻である黒い霧ごと砕け散った。
そして見事に予言のとおりにその血の一部が俺にかかってきた。
……最悪だ。本当に。
「一年だろうがなんだろうが戦場に立ったなら働け。それともただ突っ立っているだけなら邪魔だ、さっさと死ね」
「――ッ!!」
砕け散ったアグレッシンの肉片から現れた男……戦況を変えた二人であるもう一人は俺たちを一瞥する。
その手には拳型のブレイカーが装着してある。
「ちょっとぉ、それはいいすぎじゃない?」
「ふん、ホントのことを言ったまでだ。それよりも喋っている暇があったら次の敵を用意しろ」
「はいはい」
二人はどこか緊張感のない会話をする。しかしその間も女はワイヤーらしき武器で拘束を、男はアグレッシンを次々と破壊していく。
……なんつう連携だよ。
対多戦や相手の行動を制限するのに特化したワイヤー系の武器で敵を拘束、そこを単体戦が有利な拳系の武器で確実に潰していく。
一見誰でもできそうな考えそうな連携技かもしれない。が、同時に何体も敵を拘束しさらにそのスピードに負けない速さで敵を破壊していくのを途切れなくやっているなど尋常じゃない。
ここまで完璧な連携はまず互いを信じきってなければできない。
「すごい……」
レベルの違い差に思わず息を呑む。
こんな戦場で俺たちにすることはあるのだろうか。
先ほどの男の言うとおり返って邪魔になるのではないだろうか――
「前方より新たな敵接近。迎撃してください」
「……考えている暇はないってか」
オペレーターからの容赦ない情報に苦笑を滲ませながら凛華たちにも知らせる。
「香奈、いけるか?」
「は、はい。もう大丈夫です」
「よし、じゃあ俺たちは今までどおりいこう。いいよな凛華」
「ええ。それが一番ね」
凛華も満足げに頷く。
「よし、いくぜ!」
ブレイカーを握り締め、気を引き締める。
無傷のアグレッシンは初めてだが、どうにかなるだろう。
そう信じて俺たちは向かってくる敵を迎え撃つ。




