第二十一話
その後俺はすぐにトオルを見つけ、作戦開始の五分前には凛華たちと合流できた。
「さて、ではこれよりそれぞれ配置につけ。やつらが来るまでもう時間はないぞ」
待機所と戦場を仕切るかのような防壁の前にいる俺たち戦闘員に指示が出される。
それと同時に防壁のいちぶでもある扉が、まるで地獄に誘う死に神のような荒地を見せびらかすように開かれる。
開かれた扉から吹いてくる静かな風は、時によっては気持ちのよいものだが、今はこれから起こる嵐の前の静けさにしか思えない。
しかしここまできておいて怖気づくわけにもいかない。
俺たちは不安をかき消すように気合を入れて、それぞれの作戦位置に向かう。
最終防衛ラインを任されている俺たちAチームは事実上最後尾の位置になるため、いち早く到着した。
「日向、ホントに私達もでるの?」
「あぁ。聞き間違いじゃない」
各々得意の武器にブレイカーを起動させながら、隣の凛華が不安そうに聞いてきた。
後方援護のためほんの少し後ろに陣取っている香奈も見れば緊張しているようだ。
(でも無理もないか……)
俺も緊張や不安がないかと言えば嘘になる。
しかし、事実俺たち迎撃科生徒がアグレッシンと戦うのは、もっと言えば見るのはこれが初めてなのだ。
いくら口頭で「あれは恐ろしいものだ」、「やつらは人の敵だ」などと言われてもそれを体感してない者には、昔の戦争の話を聞くのと一緒で、ただ単に『恐ろしい敵なんだ』としか感じない。
だから今敵はどれだけ恐ろしいものなのかという不安と、案外たいしたことないかもしれないという期待が入り混じっている、変な気持ちなのだ。
「とにかく狼火の話によれば、俺たちのところにはほとんど敵はこないらしい」
「ほんとに?」
「俺に言われても……なぁ。狼火がそう言ってただけで本当かどうかはそのときになってみないと」
「むぅ。結局は前衛の先輩方の活躍次第、か」
そんな不安定な気持ちは俺だけではなく凛華も同じで、こうしてなにかと無意識に確かな情報を欲しがる。
ちなみに今は通信機を介さずに喋っている。戦闘が始まるまでは別に使うほど雑音はないからな。
「しかしもし仮に私達のところへきたら倒せるのでしょうか……」
香奈は自分の背丈ほどもある大きな弓を携えながら、その堂々たる姿に似合わぬおどおどした目をこちらに向けてくる。
「それもわからないけど……やるしかないでしょ」
「それもそうですよね」
「結局なにもわからないのね……」
(やばいな。二人ともこのまま戦闘したら危ない……)
香奈はともかくあのプライド高き凛華がいまだに落ち着いてないのは正直困る。
その不安や焦りから生まれる微妙な誤差で、いつもはできている連携ができなくなったりすることもあるからだ。
(さて、何か二人を落ち着かせることができるいい言葉はないか……)
自分にも焦りが出始めていることに気づけていない俺がそんな気の利いた言葉を思いつくこともなく、それでもなお必死に考えようとしたそのとき。
「……おい。なんだあれ……」
いきなり聞きなれない声が耳元でした。
そしてそれが通信機越しの前線たちが言ったことだと気づいたときには、すでにその言葉の意味が俺たちにも伝わっていた。
「な、なによ……これは」
隣の凛華も前を見たとたん、呆然と立ちすくむ。
「あんな……嘘だろ……!?」
そんな俺の悲痛もしかし、目の前の現実を壊してはくれなかった。
俺たちのところからではかなり遠いはずなのに、はっきりと見える。
そう、それはまるで何千、何万の兵士がいくつかの束になって襲い掛かってくるかのようで。
それはまるで空から流星群の如く隕石が降ってくるかのようで。
それはまるで人に痺れを切らした神が本気で俺たちを潰そうとしてきているかのようで――。
「もしかしてあれが……アグレッシン……?」
後ろで香奈が小さく、でもはっきりと呟く。
「目標接近。交戦まで残り十秒!」
片方の通信機から通信科によるカウントダウンが始まる。
しかしその声すら俺の耳には届かない。
その声を聞こうと思っても、まず目の前のことに頭が追いつかないからだ。
「残り三秒」
「さぁ、お前ら! ついに本来の役目を遂げるときだ! もうわかっていると思うがあれが人類の敵、アグレッシンだ」
「二」
もう片方の通信機からいつも聞きなれている、でもどこか高ぶっている様子の声でそれは確かなものとなった。
「一」
「準備はいいなぁ!?」
「0」
カウントダウンの終了と同時に爆音とともに大地が突如揺れる。
それがアグレッシンたちの着地の音だとはもちろん後方にいる俺にはわからない。
「さぁ! 迎激戦スタートォォォ!!」
興奮した様子の狼火の大声に我を取り戻した前衛が次々とブレイカーを掲げ、雄たけびを上げながら化け物と呼ぶにふさわしい生物、アグレッシンへと突っ込んでいった。