第十二話
「ひゅ、日向! 早く食べてっ! これは命令よ!!」
「お、おう……」
今、俺の目の前にはなぜか紫のオーラを放っている物体……否、料理がある。
これは凛華が加工食品で作ったものだ。
……って冷静に解説してる場合か!
なんで加工食品がこんなになってるんだよ!?
どう考えてもおかしいだろ!
しかもこんなことにならないようにと香奈と相談した結果、ほとんど調理済みのものを渡したはずだ。
いや、そもそもだな。加工食品というのは誰にでも手軽にでき、簡単に見た目も味もおいしくできるものなんだ。
それこそが加工食品のいいところなんだ。
それがどうやったらこんなどこかのギャグ漫画でよくある『下手だけどがんばって料理好きのヒロインが作った絶対に食べなくてはいけない紫色の何か(料理)」になんだよッ!!
貴様の強みはどうした! 加工食品!!
「は、早く食べなさいよ! べ、別にあんたに食べて欲しくて作ったんじゃないんだからね! 勘違いしないことッ!!」
「あ~……わ、私ちょっとお手洗いに行ってきますね。日向さんは先に食べていてくださいね」
俺の隣に座っていた香奈がありえない料理を見たショックの硬直状態から回復し、逃げるようにトイレへ行った。
……ってかあいつどさくさに紛れてこの料理が安全かどうか俺で確かめるつもりだな。
「は、早くしなさい!」
「そ、そうだな」
ちょっとそわそわしている凛華を怒らせないためにも俺はガクガク震えている右手を左手で必死に押さえながらスプーンを持つ。そして紫のなにか(凛華いわくチャーハンらしい)を口に持っていく。
(どうか、せめて生きていられるものでありますように。アーメ……)
しかし口にした瞬間、神に祈りを告げる「アーメン」すら言わせてもらえずに意識が消えていく。
あぁ、と俺は消えかけていく意識の中思う。
なぜ俺は凛華に料理をやらせてしまったのだろう、と。
いやそもそもあの日……香奈を救出した翌日に凛華があんなことを言い出さなければ――――
そう、こうなってしまった原因は俺が意識を失って病院に運ばれた翌日。先週までさかのぼる。
Ж
あの日、風操者を倒した後俺はそのまま意識を失い、気がつけば見慣れない天井を見ていた。
(ここは……?)
どうやら個室らしい。ふと横を見てみると眠っている凛華がいた。
光のせいなのだろうか、目の下にはくまがある。
「……ん……?」
しばらくすると、凛華が眠たそうに目を擦りながら起きる。
そしてこちらを見るや否や、
「日向! 起きたのね! よかった……」
「おう。ここは……?」
「覚えてないの? ここは医療科の病院よ」
そういや医療科の棟には病室もあったけか。
俺はそんなことを思いながらまだ眠いのか目をごしごししている凛華から、俺が意識を失った後のことを聞いた。
「そういうことか」
一通り聞き終えたことで納得がいった。
どうやら俺が倒れた後すぐに狼火たちが来て雌ヶ崎先輩が俺を、狼火が凛華と焔さんを回収したらしい。ちなみに風操者は後で学園の教員が向かうとか。
そして意識がなかった俺と焔さんはこの病院に連れてこられたというわけだ。ちなみに焔さんは俺より早く目を覚ましたらしく、今は自室で安静にしているらしい。
「目を覚まさないんじゃないかと思って本っっ当に心配したんだからね!」
「心配してくれたのか? お前が? 俺を?」
俺の中のイメージの凛華だとありえないことだったので聞き返すと凛華は目を逸らしながら、
「ちょ、ちょっとよ! ちょっと。ミジンコよりもちっちゃいんだから!!」
どっちやねん。
今さっきとの変わりようについつい関西弁で突っ込みを入れる。
まぁ、どちらにせよ心配はしてくれたらしい。
「ありがとな」
「う、うん。そ、そうよ。もっと感謝しなさい」
「はいはい」
今回ばかりは反論はしないでおくか。作戦中もいろいろ頑張ってくれたしな。
「ま、なんだかんだいって任務は達成できたな」
「そうね。正直なんであいつを倒せたのか全然分からないんだけど……」
「そ、そっか。まぁ任務は達成できたんだしいいじゃないか」
凛華はあのとき、狼火の言うとおり意識が朦朧としていたらしく、俺がバーサーカーシステムを使っている間は記憶がほとんどないみたいだ。
危なかった……もしあんな戦闘狂の俺を覚えられていたとしたら俺は社会的に死んでいただろうよ。
仮に凛華が誰にも話さないって言っても自主的に自殺したくなるくらいだ。
「それはそうなんだけど……まぁいっか。私これからちょっとご飯食べてくるから」
ご飯? と不思議に思って時計を見るとあぁなるほど。今はだいたい四時。俺はどうやら一日中寝ていたらしい。
「わかった。遅くまでありがとな」
「うんっ。ご飯食べたらまたくるからしっかり休んでおきなさいよ」
それにしても早い夕食だなと思いつつ凛華を見ていると、腹が減ってるのかばたばたとつまずき、壁に肩をぶつけながら出ていった。
「やれやれ。ほんと騒がしいやつだな」
凛華のあたふたぶりに思わず笑みがこぼれる。
しかしそれもつかの間、次の来訪者が来た。
「はーい」
凛華が出て行ってからものの一分もしない部屋にノックが鳴り響く。
「ずいぶんと元気そうだな」
「ろ、狼火先生!?」
俺の返事を聞く前にドアを開けた来訪者はなんと狼火だった。
「どうしたんですか?」
「なんだ。私が生徒の心配をしたらおかしいか?」
おかしいよ。絶対。
と俺が疑いの眼をむけると、狼火は若干不満げに答える。
「ふんっ。冗談だ。今日ここに来たのはお前の容態を確かめるのもそうだが、お前が今一番気になってることを教えてやろうかと思ってな」
『気になっていること』にさっきまでの浮ついた気持ちは消え、緊張がはしる。
「……バーサーカーシステムのことを、ですか」
「あぁ。できる限りは話そう」
「いったいどこまで知ってるんですか? いや、そもそもどこでシステムのことを……」
「システムを知ってる理由は言わん。システムの知識については……そうだな、今のお前よりは知っている、とでも言っておこうか」
どこか謎めいた感じな前置きをし、狼火は説明を始める。
「まずバーサーカーシステムは所有者の感情が高ぶることによって起動し始める。ちなみにこのときのシステムは『起動準備』であって『起動』はしていない。ちょうどお前が風操者であることを見破ったときの状態がそれだ」
「ちょ、ちょっと待ってください。ということは、あの時いきなり解けたのがシステムのおかげ?」
あのとき一瞬意識が飛んだときの状態は、やはりバーサーカーシステムは起動――いや起動準備の状態だったのか。
「あぁ、そうだ。とはいえいくら起動してない状態では本来のシステムの十分の一も機能を引き出せないし、お前の意思がない限りシステムは起動しない。だからお前が望まない限りバーサーカーになることはないし、せいぜい悪くても意識が少しの間飛ぶくらいだ」
意識飛ぶとか充分問題あるだろそれ!
と心の中で突っ込みを入れつつも真剣に聞き続ける。
「それとシステムが起動し始めることも日常生活ではまずないだろう。喧嘩したとしても、よほど相手に怒っていない場合システムは反応しない」
なるほど。今まで喧嘩をしてきてもシステムが起動してこなかったのはそういうことだったのか。
案外便利にできてるなと感心する。
「そしてここからが本題だ。お前のシステムは普通のとは違う、『オリジナル』だ。よって普通のシステムなら起動させてもコントロールできるが、オリジナルは起動させる際はその専用ブレイカーを起動させておかないとシステムに完全に意識を乗っ取られることになるからな」
くいっと狼火は顎で俺のベッドの横に置いてある俺専用のブレイカーをさす。
「わかりましたけど……結局オリジナルってなんですか? いやそもそもシステムは俺以外にも持っている人がいるんですか?」
「オリジナルについて今は言えない。システムはこの世に三つしかないはずだ。お前とお前の親父さんと誰か」
狼火はさっきからさらに謎を深くさせるようなことしか言ってない。正直頭がこんがらがってきた。
それにしてもなぜシステムは三つだって分かるんだろうか? 父さんは秘密を厳守する人だった。だから父さんがシステムのことを言ったとは思えない。
そこでふと一つの可能性を考える。
もしかしたら狼火もシステムの製作に関係していた? ……いやそれはないか。父さん独自で開発したって狼火が言ってたのだから。
俺はさらに深まっていく謎を必死に理解しようとする。
「ともかくだ。お前のシステムは強力すぎるから必ずブレイカーを起動させてから起動させろよ。じゃなきゃ暴走するぞ」
「わかりました。ところで専用機ブレイカーってみんなシステムを抑えるような効果があるんですか?」
俺がふと思った疑問を口にすると狼火は珍しく困ったような顔をし、
「あー、全部の専ブレにあるわけじゃないが……まあこれくらいは言って大丈夫か」
とぶつぶつなにか呟いてから、ハァとため息をつき答える。
そのときほんの少し上下した胸に不覚にもドキドキしてしまった。今まで気づかなかったが狼火って着やせするタイプだったのか……。
「お前の専ブレは他のとは違い、バーサーカーシステムに対応させるためにお前の親父が作った、ある意味本当のお前専用ブレイカーだ」
普通のとは違う、システムに対応した俺専用のブレイカー……?
駄目だ。ますます分からなくなってきた。
「あぁ~! もうこれ以上は喋れん! 仕事もあるし私は帰る」
俺がまた質問しようと狼火を見ると、察されたのか狼火はすぐに立ち上がりスタスタとドアのほうへ行ってしまった。
「あ、ちょっと待ってください!」
「なんだ! システム関連の質問は受け付けんぞ!」
や、やばっ。
今ここで帰らせたらもう一生分からないような気がして呼び止めてしまったが……もし質問したら絶対殺されるぞ。
しかしなんでもありませんって言ってもそれはそれで殺されそうな気もするが……
「早くしろっ。私も忙しいんだ」
そんな狼火からの催促に俺はパッと思いついたことを質問する。
「ずばりスリーサイズは!?」
終わったぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!
あかんよ! いくら即興で考えたにしても酷すぎるよ!
言った瞬間からとてつもない量の後悔が体に流れる。
それからしばしの沈黙。
あぁ、俺の人生も案外早かったなと思ったそのとき。
「そんなに知りたいか? そうだな――」
なんと! 予想外にもこれは期待できそうな予感!
「――お前の命と交換ならいいぞ?」
ですよねー。うん、期待した俺がバカでしたよ。
「ま、そんな冗談は置いておいて、で何が聞きたいんだ?」
どうやら狼火はさっきの質問を冗談だと解釈したらしい。
もし真面目に言ったと思われていたら……考えるのはよそう。
一歩間違えればDEAD END直行だったことに冷や汗が出る。
……ふぅ。よし、次こそはちゃんとした質問をしなきゃな。
さてどうしようかと考えると案外すぐに思いついた。
「ところで風操者はどうなったんですか?」
これは即興ながらいい質問だぞ!
「やつなら今迎撃科の教員全員で拷問中だ。手足を縛ってこの部屋の半分くらいの拷問部屋に入れて……そこでなにをしているか知りたいか?」
「いいえなんでもありません本日はありがとうございました!」
聞いてはいけない質問でした。
結局狼火はその後すぐに帰り俺は一人暇つぶしに、さっきまでの説明を整理していた。
「オリジナル、か」
結局オリジナルってのがなんなのかも分からないままだが、ようはシステムを起動させるときは必ずブレイカーも起動させとけなければ危ないということは分かった。
「それにしてももう少し説明があればなぁ……」
するとまたしてもノックがした。
来訪者多いなと思いつつも「はーい」と返事をする。
「あ、あの、体調は大丈夫でしょうか?」
「焔さん?」
本日三人目の来訪者さんは現在自室で休んでいるはずの焔さんだった。
「焔さんこそもう体調は大丈夫なの?」
「えぇ。だいぶよくなりましたよ。日向さんもだいぶよさそうでよかったです」
とりあえず怪我はなかったみたいだな。よかった。
「そういえば凛華さんは?」
「凛華? 今はいないけど……なんで凛華がここにいたことを知ってるんだ?」
「私が朝、目を覚ましたときにお礼を言おうとここに来たのですが……そのときに凛華さんとメアドを交換したんです。それでさっき凛華さんから日向さんが目を覚ましたってメールがきたんで急いで来たのですが……」
「あぁ、そういうことね。凛華ならさっき夕食を食べに行ったよ」
そのときの凛華のふらふらぶりを思い出してまたもや笑ってしまう。
と、そこでふと疑問を抱く。
ちょっとまてよ。焔さんがここに来たのは朝で凛華は俺が起きたときにメールを送ったってことは……
「なぁ、凛華ってここにどのくらいいたんだ?」
「え? え、えっと……よくは知らないですけど…………たぶんずっとだと思いますよ」
「ずっとというと……俺が倒れてからずっとか?」
ということはあのくまは光のせいなんかじゃなかったのか。
あまりにも思わなかったのでつい声を上げてしまう。
「は、はい。私が来たときは最初寝ていましたから。ご飯も食べてなかったみたいですし……きっと目を覚まさないんじゃないかとすごく心配だったんだと思います」
そ、そうか……あのときあんなにふらふらしてたのは俺のために飯も食わずにずっと傍にいてくれたから――
「そっか。それじゃ後でお礼しなきゃな……」
正直今でもあの凛華がそんなことをするとは信じられないが……たぶん本当なんだろうな。ああ見えて案外仲間思いで心配性な奴だし。ちょっと嬉しかったりする。
すると焔さんが少し頬を赤くしながら恥ずかしそうに言ってきた。
「あ、あの。今回は助けていただきホントにありがとうございました」
「あぁ、いいよ別に。そんなお礼を言われることじゃねえし」
結局焔さんを救出できたのもシステムのおかげだしな。
「い、いえ……でも日向さんが助けてくれなかったら私は……」
恐らく死んでいたかも。そう言いたいのだろう。
しかし焔さんはブルッと体を震わせただけでその続きは言わない。
「だからもういいって。焔さんが今生きているだけで俺たちはやったかいがあったってもんだ」
事実、風操者のやつを倒せても焔さんが死んでしまってたら何の意味もなかった。だから本当に生きていてよかったと思う。
「はい…………あと、その……えっと……」
すると焔さんは顔を真っ赤にして手を弄りはじめた。
「? なに?」
「えっと、その……! 『焔さん』じゃなくて『香奈』って呼んでくださいね」
「へ? お、おう。わかった」
焔さ……いや香奈が珍しく、いや初めて俺の前で少し大きめな声を出した。
正直こんなに大声を出せるとは思ってなかったのでびっくりした。
一方香奈は、ぱぁっと何故かすごく嬉しそうな顔をしている。
(まぁ、名前で呼んでもいいくらい仲良くなれたってことか)
これでやっと香奈と友達になれた気がするな。
すると香奈はふたたび恥ずかしそうな顔になり、
「そ、それじゃ香奈って呼んでみてください」
……本気ですか香奈さん。それすげぇ恥ずかしいんですけど。
「えぇ……と」
とはいえ至近距離で期待の眼差しで見られちゃ無理とは言えない。
「か、香――――」
恥ずかしくなりつつも「香奈」と言おうとしたそのとき、
「日向! パーティーするわ……よ……」
ドアを勢いよく開いて飛び込んできた凛華はこの状況となにと勘違いしたのかまるで「部屋を間違えました」かのようにくるっと引き返す。
「ま、待て凛華! もっと詳しく聞かせてくれ!」
しかしこの俺が超気まずい空間から唯一助け出してくれるだろうノアの方舟をそう簡単に逃がすはずもなかった。
呼び止められた凛華は入っていいのかと戸惑っていたがすぐに気をとりなおす。
「そ、そう? それじゃ話してあげるわ」
香奈がどこか残念そうな顔をした気がするがそこは知らぬふりで、凛華の話を聞く。
「えっとね、私達なんだかんだで今回が初めての襲撃任務だったじゃない? だから初襲撃任務成功祝いパーティーをしようかと思って」
「それで、日向の退院に合わせて来週あたりに日向の部屋で料理パーティーでいいかなって聞こうと思って……」
「あぁ、いいなそれ! よし、やるか!」
なぜ俺の部屋なのかは抗議したいとこだがこの際しょうがない。
料理パーティー、というところも凛華がいると危ない気がするが……この状況から脱出するためだ。やむをえない処置だろう。
「よし、じゃあ今日は各自自室で料理を考えとくとして解散でいいな? いいよな? てか決定!」
「う、うん」「は、はい……」と二人の返事を聞きホッとした俺だったが――
今思えばこのとき俺はなんとしてでも料理パーティーを阻止しなきゃいけなかったのだろう。
Ж
こうして料理パーティーは開催されそして今、俺は先週と同じようでちょっと違う、見慣れた天井を見ていた。
「日向起きた?」
「あぁ」
どうやら凛華の作ったチャーハン(ほぼインスタントのはずだ。はずなんだ)を食べた後、意識を失っていたらしい。
「その……ごめんね」
「へぇ……お前が誤るなんて珍しいな」
いつもなら「バカ日向がいけないんでしょ!」とか言ってるのだが。
「う、うるさいっ! 私もさすがにあれはないと思ったから……ね……」
(あぁ、もしかして自分で食べたのか、あれを)
いったいどうやって人を気絶させる料理がつくれるんだろうな。それも加工食品で。
いまだに不思議なのか、「作り方どおりやったのに……何がいけないのかしら」とぶつぶつ呟いてる凛華を横目に苦笑しながら俺はこのいつもの日常に浸る。
(風操者やシステムとかいろいろ危なくてわかんねえことが起きたけど……)
「もう時間が時間だから私はもう帰るわ」
時計を見ると時刻は夜の十二時。どうやら香奈はすでに帰ったらしいな。
「あぁ。看病ありがとな」
「と、当然ことをしただけよっ。はやくよくなりなさいよね。それじゃまた明日」
凛華は別れの挨拶を言うとすぐさま帰っていった。
(――俺は守れたんだ。この日常を)
そういやパーティーにトオル呼ぶの忘れてたなと思いつつ俺はまた寝る。
そして今こうしていつもの日常が繰り返され始めている。
そう。今はそれでいいのだ。今回のようなことがまた起こったときはそのときどうすればいいか考えればいい。
今はただこのちょっとした幸せを感じていよう。
明日も早く起きなきゃなと思いつつ俺は静かに眠りについた。