第十一話
男はこれ以上ないくらいに目を見開いていた。
「ブレイカーだと……? なぜ一年のお前が扱えるのだ!? いや、それよりもなんだその異様な雰囲気は」
まぁ俺の豹変っぷりに驚くのも無理はない。
今俺を支配しているものは父さんが俺に投与した細菌兵器。
所有者をありえない戦闘能力をもった狂戦士――強いて言うなら『戦闘狂』にさせるもの。別名『バーサーカーシステム』。
これは日本対策本部がブレイカー開発と同時に、世界屈指のリベンジャーでもあり技術者でもあった俺の父に極秘裏で開発を要請した、禁断の殺戮兵器。
しかし父さんは完成したバーサーカーシステムを自ら使い、その危険性を知り開発を中止した。
もっとも、それをなぜ俺に投与したのかは不明だが。
「あぁ? んなもんどうでもいいだろうが。それよりもさっさと始めようぜ!」
……あぁ、バーサーカーの俺よ。
凛華も不安や恐怖とかで意識が朦朧としてるみたいだからよかったけどよ。もし誰かが今みたいなセリフ聞いたら狂ってるって思われんだろ。――いや、まぁ狂った戦士だから狂戦士なわけなのではあるが……。
今俺は意識や記憶ははっきりしているし、セリフや行動も一応俺の意思でだが……バーサーカーシステムのおかげで実際の言動は完璧に戦闘狂そのものとなってしまっている。
たとえば攻撃を受けたら、「いいねぇ! そうだよ。戦いはこうでなくちゃなぁ!」などという超ドン引きの発言をしてしまうのだ。
戦闘のときも同じだ。身体能力などが桁外れになり、敵の攻撃に俺が反応しきれなくなっても代わりに回避行動をしてくれる。
が、もし俺の制止がなければ人を殺すこともいとわない、危険すぎるもの。
こんなのが俺の体の中にあるなんて絶対に秘密にするわ。
とまぁ愚痴はとりあえずこいつをぶっ倒してからにするか。
「ふん、いいだろう。貴様から殺してやる」
男はそういうと剣の収縮を一度解き、もう一度収縮させてどこかのロボットアニメの機体が持っていそうなバズーカにした。
「塵となりてこの世から消え去るがいい!」
男がバズーカのトリガーらしきところを引く。
すると銃口から爆音を響かせながら風で収縮された弾が飛んできた。
直径一mはあるだろうとてつもなくでかい銃弾――いや、風弾は掠るだけで人なんぞ本当に塵になってしまいそうな威力だ。それがものすごい速さで向かってきている。
しかし。
「そんなものか? 遅すぎる」
そう。バーサーカーと化している俺にはその弾は愚か、速度すらわかるくらいにゆっくりと視える。
「なぁ、教えろよ。自分の必殺の一撃が跳ね返ってきたときってどんな感じなんだ?」
楽しんでいるかのように風弾と地面のわずかな隙間にスライディングするように滑り込む。
そして刀になっているブレイカーの腹で威力を殺さずに上へ軌道修正、そのまま体を捻りバック宙をし、その力で流れるように風弾をやつのほうへ反転させる。
もっともこれは時間にしてコンマ二秒。
どんなに動体視力がいい人間でも、風弾がいきなり反転したようにしか見えない。
「なっ!?」
驚愕もつかの間、威力と速度そのままの風弾が男自らに襲い掛かり、室内に爆音が木魂した。
「おい、まさか死んだんじゃねえだろうな」
ほぉ、バーサーカーの俺も人を殺したくないのか? これは意外だな。
「せめてもっと俺を楽しませてから死ねよゴミが」
……前言撤回。少しでも感心した俺がバカだった。
と俺が自分のセリフに自分で突っ込んでいるという奇妙なことをしていると、男が両手を前に突き出しながら立っていた。
「一体なぜ跳ね返ってきたかは知らんが……このくらいで死ぬつもりはない」
恐らく全ての風壁を前面に集中させ風弾を防いだのだろう。それでも男は見るからにボロボロになっている。
「ほぉ……いいねえ! まだ戦うのか! そうだよ、そこで死んでもらっちゃつまらねえんだよ!」
さすがにその戦闘狂すぎるセリフはやめてくれ。終わった後マジで死にたくなるくらいに恥ずかしいから。
そんな俺の願いも虚しく、戦闘狂の俺の感情にブレイカーが鼓動するように輝きを増していく。
「な、なんなんだお前は。まるでさっきとは別人じゃないか!」
まぁ、実質別人みたいなものだな。
「もっと、もっとだ! 俺を楽しませてくれ!」
動揺する男を無視し俺は体勢を低く、体を捻りながら刀を背中に隠すようにタメをつくる。
「なぁ! その風壁とやらはこの攻撃も耐えられるのか!?」
男が警戒するように風壁を前面に展開し、じりじりと引き下がったそのとき、俺は捻りで生まれた力を一気に開放するように斬りかかる。
二十m以上はあろうかという間合いを一気に、たった一歩で。
普通の人間じゃありえないことだが、システムによって強化された俺の筋力では、タメさえあればこの距離くらい一蹴りで移動できる。
それもまた常人離れしたスピード、詳しくは分からないが恐らく銃弾に匹敵する速度で。
ギャイィィィィイイン!!
風壁に当たった衝撃は、銃弾や短剣と比べものにならないくらい大きな音を生み、屋内に轟く。
「な、なんだその戦闘能力は!? まさか超能力者なのか!」
もはや瞬間移動に見えるだろうその攻撃は風壁がなければ男は何もできずに真っ二つにされていただろう。
そう、それほどまでにバーサーカーシステムは人を最狂にさせるのだ。
「そんなもんかよ! つまらねぇ……もっと楽しませろよぉぉぉ!!」
もはや守ることしか考えていない男は、顔を恐怖に染めながら俺をまるで化け物を見るかのような目で見てくる。
「わ、私が悪かった! もう二度とこんなことはしないから、た、助けてくれ!」
「あぁ? 最後になって命乞いか。残念だがもう遅い」
怒りでさらに輝きを増した刀で命乞いをする哀れな男の風壁を切り裂き、じりじりと壁に追い込んでいく。
焔さんや凛華にあんなことをしたんだ。助けるつもりは、ない。
「ちっ、弱すぎるんだよてめぇ。……もう用はねえ……死ね」
壁に張り付いてもなお逃げようとする男に、俺はこの世のものとは思えないほどゾッとする目を向け、刀を引く。
――ってまさか刀で頭をぶち刺す気か!? 人は殺してはいけないのに、んなことしたら絶対に死んじまうじゃん!
バーサーカーではない俺が直前で刀の軌道を逸らそうとするが――――
「あ……あああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあ!!」
声にならない絶叫をあげながら意識を失った男の頭には――何もなく、刀は頭の数センチ横のコンクリートの壁に刺さっていた。
(ま、間に合った……)
直前まで頭に直撃コースだったため男は恐怖から刀が刺さったと錯覚したらしい。
俺は戦闘が終わったことで静まっていくシステムを感じながら苦笑を浮かべる。
「ひゅ、日向……」
「凛華! 無事だっ――」
あれ、視界がくるくる回っているぞ。
「日向!? ひゅ――が! ――が!!」
どんどん凛華の声が遠くなって――
そこで俺の意識はなくなった。
Ж
「これがオリジナルか……だがあれはまだ完全に発動しきってなかったな」
しかしそれで『コピー』と同等の性能。
予想以上すぎる性能に狼火は一人不敵に笑みをこぼす。
「ん……狼火先生なにが……?」
「雌ヶ崎起きたか。なぁに、たいしたことはないさ。それよりミッションは達成だ。あいつらを回収しにいくぞ」
通信機のカメラを介して日向を見ていた狼火は、起きた雌ヶ崎に声をかける。
「は、はい」
(さて、この化け物をどうしたものか……)
「狼火先生、日向君たちが空けた穴から跳びこみますんで衝撃に備えてください」
「あぁ」
雌ヶ崎の言葉にひとまずこのことは後で考えることにした。