第十話
本来無風のところに風を吹かせることができ、銃弾を逸らすことができる超能力はただ一つ。
「……調子にのるなよガキが!」
男が俺に向かって手を出した瞬間、俺はすばやく真横にサイドステップする。
「こいつっ!」
「あれ、吹っ飛ばすんじゃなかったのか? 風操者さんよ」
「貴様……!」
風操者――その名のとおり風を操る超能力者のことだ。
「図星みたいだな」
さっき凛華やT-SAが吹っ飛ばされたのは念動力ではなく突風だったのだ。
銃弾を逸らすだけなら今日みたいに強力な風――昼に吹いていた春風を活かせば不可能ではないだろう。
「そしてT-SAを厄介だと言ったのは防弾性のことではなくT-SAに搭載されているバルカン砲の弾の初速を知らなかったから。他のやつらが銃を持ってないのは俺らの銃弾を逸らすさいに仲間の銃弾も逸れてしまい意味がないし、バレる要因になりかねないから。だろ?」
「……見事だ。まさか一年に見抜かれるとはな」
男は苦笑する。
まぁ俺も見抜けるとは思ってなかったさ。父さんに貰ったこの嬉しくもないプレゼントがなけりゃな。
「しかし分かったところでどうだと言うのだ? 貴様が今もっている銃をこの私が知らないとでも言うのか?」
(そうだ。この銃の種類も恐らく知っているのだろう)
俺は走りながら銃がリロードされているのを確認する。
(だが、こいつは不良品)
一回引き金を引いただけで二発、三発と同時に出てしまう使えない銃。
だが、上手くいけば、
一発目は二発目によって加速する――!!
やつの予測する弾速とは変わるのだ。
「じゃあ、こいつはどうだッ!!」
俺はできる限り男の死角に入るように斜め上に跳び上がり、銃口を向ける。
狙いは動きを封じるため足だ。
さぁ、目の中かっぽじってよく見てろよ!
予測した弾側を超えて向かってくる加速する銃弾を!
パァパパァァン。
三発がほぼ同時に出たため変な発砲音が鳴響き、俺の予想通り初弾は二発目によって加速し男に向かっていった。
(よし、これで!)
勝った、と思った。
「な……!?」
今までとは違う、まるで黒板を指で引っかいているかのような音と予想外の状況に俺は愕然とする。
別に銃弾が逸れたわけじゃない。
だが――。
銃弾がやつにあたる寸前で止まっている……!!
「これはさすがに驚いたよ」
男はまるで楽しんでいるかのような声色で空を(いや天井か)仰ぐ。
「まさか加速してくるとは……。その発想素晴らしい! リベンジャーでなかったらぜひともジャスティスに勧誘してたよ」
だが、と男はどこか残念そうな顔でこちらを見る。
「そんなのでこの私に当てられると思ったのか? その顔では分かってないようだが……まぁここまで楽しませてくれたせめてものお礼だ。冥土の土産に種明かしをしてやろう」
そう言うと男はまだ音を鳴らして止まっている銃弾を手で払い、風を剣のような形に圧縮した。
「キミの推測どおり、私は風操者だ。手下どもに銃を持たせなかった理由なんかもキミの推測どおりだ。正直驚いた。だが一つの可能性を忘れているな。そこの女の短剣を防いだときに気づけなかったのか」
NO5……なにかの番号なのだろうか。
男はゆったりとこちらに歩きながら剣をさらに強固なものにさせている。
「可能性だと……?」
「そうだ。キミは私がなんで防弾服も着ないでリベンジャーと戦っていると思う」
「……どういう意味だ」
「まだ分からないのか。ようは防弾服がいらないんだよ、風壁があるからな」
「なっ!?」
風壁。自分の周りを回るように風を吹かせることによって作られた壁のことだ。
風操者なら誰でもでき、風壁の強さは風の速度によって変わるが……銃弾を止めるだなんて聞いたこともないぞ。
しかし超能力はファンタジーにでてくるような魔法と似ており、即座に一切の常識を無視した力を発動できるものだ。いわば非常識の塊なのだからなにができてもおかしくはない。
「ようやくわかったようだな。そう、さっきのキミの銃弾は私の風壁によって止められたのだ。いや、実際は止めたという表現は少し違うが……まぁいい。これでなにをしても無駄だということが分かったはずだ」
おいおい、ジャスティスはこんな化け物を創ったって言うのか。
あまりにも桁外れな敵を前にして体が動かない。
「そして風を収縮してできたこの剣はコンクリートの壁さえまるで紙切れのように切れる。そうだな……まずはそこの女から殺るか」
「ッ!?」
男が体を向け、動けない凛華が息を呑む音が聞こえる。
(ま、まずい! このままじゃ!)
しかしどうする。
今のままではこいつにはかすり傷どころか触れることさえできない。
しかしこうしている間にもやつと凛華の距離は縮まっていく。
「ひゅ、日向……」
凛華が怯えきった目で頼るようにこちらを見る。
それでも俺は動かない。いや、動きたくても恐怖なのか足が震えていて動けない。
守るための銃も持っているはずなのに……。
「安心しろ、すぐにお前も殺ってやる」
男が呟いたその時、いつだったか父さんがいなくなる前日。俺の誕生日に言われた最後の言葉が浮かんできた。
――人は生きる意味があるから生まれたのではない。生まれたからこそ生きる意味を探さねばならんのだ――
父さんはなぜか俺に注射をうちながらそんなことを言っていた。
――なぁ、父さん。俺は生きる意味を見つけられないまま死ぬのか? それも守らなければならないものを守れないまま……。
…………ドクン。
突如俺の体の奥から何か不思議なものが体中に流れはじめる。
(これは……)
俺はこの感覚を知っている。
一回目は父さんが注射している間。
二回目は迎撃科のブレイカー適性テストの時。
そしてさきほど風操者の正体を見抜いたときもこんな感覚だった。
どのときも意識がほとんどない。
一回目のときは小さい頃で今言葉と一緒に思い出したくらいだ。
だが二回目のときは半分記憶にあり、こだからこの存在のこともなんとなく分かってた。
そしてどんどん感覚が鮮明になっていき、これが何だったのかを思い出す。
そうだ、これは物語の主人公のようなピンチで目覚めるような、仲間を助けるための新しい、綺麗でかっこいい力みたいな優しいものじゃない。
これはあのとき父さんが俺に投与した――
「ようやく準備ができたか」
「ろ、狼火っ!?……先生」
いきなり耳の通信機から狼火の声が聞こえてきた、と思ったらこちらの状況を知ってか知らずかいつもの声で指示してきた。
「早くそれ起動させろ」
「な、なんのことですか。それよりなんで援護に来てくれないんですか!」
「私だってオリジナルの力が見たいのだ」
「オリジナル……?」
「そんなことはどうでもいい。それよりも感じているんだろ? 体中を支配しはじめている、お前の父が作った『細菌兵器』を」
「――――ッ!!」
なぜ狼火が知っているんだ?
今思い出したばかりだが、こんな危険なもの、父さんが他人に言うとは思えない。
「なぜ私が知っているのか気になるようだが……そんなことより早くしないと杉原が危ないぞ?」
「それはっ……けどあれは使うと意識が……」
「いまさら何を言っている。適性テストのときでわからなかったのか? そのブレイカーを使えば意識を保てることに。……持ってきてるんだろ、お前」
「そ、それは……」
狼火の的を突いてくるセリフに言葉が出ない。
「いいか、お前の専ブレは普通のとは違い、所有者とのリンクを最優先させたブレイカーだ。それさえあれば意識を完全に乗っ取られることはない。そして起動条件の残りはお前の意志だけだ」
「だからなんで知っているんですか! それに、今ここで起動したら他の人たちにバレる可能性がある!」
もう一名にはバレているようだが。
「それなら問題ない雌ヶ崎は眠らせているし杉原ももう意識が朦朧としているはずだ。もちろん私は言いふらす気はない。……学園側はすでに知っているだろうがな」
「なっ……」
本当に信用していいのか?
しかし男はすでに凛華の目の前までにきている。
(考えている暇はない、か……)
――いいか日向、これからどんなことがあっても今までやってきたことを無駄だと思うな。
……ドクン。
父さんのセリフとあのときの光景がより蘇ってくると同時に、さらに流れが強くなり筋肉が鼓動するように波打つ。
成功したことも、失敗したことも、嬉しかったことも、誰かを傷つけてしまったことも。全ては無駄なんかじゃない、今のお前がいるための、意味のあることなのだ。
ドクン。
これ以上ないくらい気分が高ぶってくる。
たとえ他人から批判されようとも、必ずお前の味方でいてくれる人がいるはずだ。そしてこの力はそのためのものだ。決して他言してはならない。これは自分の信じる道を進むとき……大切な人を守るために使え――
父さんが注射の終わりに意識が朦朧としている俺に言った、初めてで最後になった父親らしいセリフ。
……なぁ、父さん。
今こうして凛華を助けるためにこれを起動すべきなのか?
……いや、そんなことはどうでもいい。
今俺は俺のせいで凛華や焔さんの命を危険な目に遭わせてしまっている。
そして今使わなかったら俺も含め凛華たちの命は危ない。
本当はこんな兵器使いたくないが……
仲間を助けるためなら俺は――
ドクン!
さらに強く、俺自身と同調するかのように体を駆け巡る。
しかし俺は焦らない。
頭ではどうすればいいかわからないが、これで大丈夫だと体がわかっている。
そんな、不思議な感覚だ。
「早くブレイカーを起動させろ! ブレイカーの前に起動させたら意識を保っていられる保証はないぞ!」
「了解」
狼火の指示通りブレイカーを起動させる。
すると箱状だったブレイカーはみるみるうちに白銀の美しい刀になった。
ドクン! ドクン!
さらに鼓動が増す。
「おい、超能力者」
俺は凛華にとどめの一撃を加えようとしていた男に声をかける。
「なんだ? 命乞いならもう遅いぞ」
ドクン! ドクン! ドクン!!
あぁ、分かる。もう後少しで起動する。
けど意識は保っていられるはずだ。
「それはこっちのセリフだ。ゴミ野郎」
「なんだと……?」
男はさっきまでの俺とは違う雰囲気に違和感を覚えつつも俺に剣を向ける。
父さんが投与したあの日からずっと眠っていた兵器よ。
力を、かけがえのない仲間を守るための力を――――
「今、俺によこせッ!!」
その瞬間、一気に俺の体が細胞兵器に支配されていく。
だが狼火の言うとおり俺の意識はまだ保っていられる。
「さぁ、始めようぜ……」
一気に目つきが変わった俺に驚愕の声を上げている男を見据える。
そして獣のように低く、戦闘狂のような好戦的な笑みを浮かべながら高らかに叫ぶ。
「命を駆け引きってやつをよ!」