第八話
さて、どうしたものか。
裏門に着き、教員が持ってきてくれた強化服に着替えながらため息をつく。
(っていうかなんで強化服に俺の名前が刺繍してあんの?)
普通に考えて生徒の専用強化服なんてあるわけがない。卒業してリベンジャーになったときに専用強化服を注文するのが常識だ。
それなのに俺達だけあるとは……なんだか早かれ遅かれ、俺が強化服を着ることが分かっていた――いや、決まっていたかのような。
いや、考えすぎか。第一、そんなことをして学園側に得がないのだから。
「おい凛華」
「う、うるさい! 別に考え事なんてしてないもん!」
まだ呼んだだけなんだけど。
「なによ」
「ここまできた以上断るわけにもいかないんだけど……お前は大丈夫なの?」
「大丈夫って何が?」
「だから無理しているんじゃないかと思って」
そもそもこれは俺の責任で凛華が無理に付き合うことはないからな。
「あんた一人で何ができるのよ」
「そりゃぁ……わからないだろ」
「でしょ。だからあたしも一緒に行くの。あ、別に日向が心配とかじゃないからそこの所は期待しないことっ!」
「そんなの、初っから期待してないっての」
「……期待してないんだ」
なにやらぶつぶつ凛華が呟いていたが、それをかき消すように遠くから馬鹿でかいエンジン音が聞こえてきた。
音はどんどん近づき、バイクと人影が見えはじめ――って危ねえっ! このままだと直撃コースじゃねえか!?
俺はなぜか不機嫌な凛華を引っ張りながら避難した。
ものの数秒後、さっきまで俺たちがいたところに二台の大型バイクが豪快にドリフトしながら止まった。
……気づかなかったらホントに当たってたよな。
「ちょっと、狼火先生! 危なかったじゃないですか!」
「成宮、待たせたな」
「……無視ですか。いいですけど」
狼火がバイクから降り、上級生徒の人もぶつぶつ文句を言いながら降りる。
(綺麗な髪だな)
女子にしては少し高い身長と、医療時に邪魔になるからなのだろうか後ろで軽く結んでいるストレートの茶髪。
少し長いまつげの下にはキリッとした目がどこか迎撃科の雰囲気をも漂わせる。
「今回後方で私と待機する医療科三年だ」
「雌ヶ崎です。今日はよろしくお願いしますね」
「こちらこそよろしくお願いします」
一応簡単な挨拶をした後狼火は説明を始める。
「お前らにはこれからこのT-SAで奇襲を仕掛けてもらう。前座席は成宮、後部座席が杉原だ。通信科の情報によると奴らはどこかの建物にこもっているらしい。よって近くの高速路から突っ込むのが奇襲として得策だろう。空中で銃を乱射、着地後に混乱している敵を尻目に焔を保護。その後はすぐに学園まで退却しろ」
狼火は矢継ぎ早に作戦の詳細を語る。
なるほど、確かに人数も分からない相手を殲滅していては時間もかかるしなにより流れ弾が危ない。戦闘時に誰かが焔さんを連れて逃げる可能性もある。
だから俺らが先に焔さんを救出し、外で待機している狼火が残りの敵を殲滅するというわけか。さすがは迎撃科の教員だな。作戦に無駄が無いし、本来の目的を最優先としている。
……それにしてもT-SAか。
最新の科学技術をフル活用し、世界で唯一超小型原子力エンジンを搭載した、奇襲戦型大型バイク。
二人での奇襲戦を基準としているので前部座席が操縦用、後部座席が銃撃用(立っても体がぶれないようバランスがとりやすい構造になっている。座席の下と横には予備の銃弾が入っている)だ。
さらにはタイヤからエンジンまで全て強防弾性。車体の前に弾数は少ないがなぜか小型バルカン砲がついている(動きにくくなるのでヘルメットは無い)。
……これだけの重装備をしても最高時速は300kmを超えるというのだから、乗り物じゃなくてもはや兵器だろ。これ。
ちなみにT-SAの正式名称は『TIPE Surprise Attack』だ。
そしてこのT-SAを活用するために作られた迎撃科作戦時専用超高速道路。通称、高速路はビル三階から五階ほどの高さがある。
高速路には目的地に一気に奇襲するために、ところどころにジャンプ台のようなものがあり、今回はそこから奴らがいる建物に突っ込んでいくのだ。
俺達一年には多少、いや素人に銃撃戦をやらせるくらい無理があるかもしれないが、それが一番早く焔さんを救出できるので二人とも文句は言わない。
「よし、準備はいいか?」
「私は後方で待機だけですからいつでも」
「わ、私も大丈夫です!」
「俺も準備オーケーです」
狼火の最終確認に先輩、凛華、俺の順に答える。
その様子に満足したのか、狼火は好戦的な笑みをこぼしT-SAのエンジン音を鳴らす。
「よぉし。そんじゃ任務開始!!」
「目的地まで残り二分です。敵は建物の中にいる模様。以前、動きはありません」
「了解」
耳につけた通信機から、通信科のオペレーターの声が聞こえる。
この小型通信機はオペレーターからの連絡や状況説明などを、戦闘時にも正確に指示を伝えるものだ。
ちなみに小型カメラもついているのでオペレーターもリアルタイムで指示を出すことができる。
それにしても、だいたい180kmくらいで走っているのにまるで静かな場所で聞いているかと錯覚するほどの聞きやすい声だ。
しかも知りたい情報を先読みしてすぐに報告してくれるオペレーターの技術はかなりのものだろう。
「おい杉原。まだ安全装置外してないなら外しておけよ」
凛華は狼火の指示通りに銃(ちなみに凛華は二丁拳銃だ)の安全装置を外す。
「残り一分です」
「よし、そろそろさらにスピードを上げ始めろ。後杉原は成宮にしっかり抱きついておけ」
「「えぇっ!?」」
俺と凛華の驚きの声に、狼火がイラッとする。
「ええい、いちいちうるさい! 突っ込むときの衝撃でとばされないよう抱きついておけって言ってんだよ!」
ここまで正論を言われると反論のしようもない。
しばらくした後、小さな声で「す、少しでも変なことしたら許さないんだから」と遠慮がちに凛華が背中に抱きついてきた。
(お、おいおい……!)
いくら幼馴染でも抱きつかれたことなんて一度も無い。手すら繋いでいたのさえ幼稚園児までだったと思う。なんだか心拍数が異常に上がってきた。
(マ、マズイ……作戦中だってのに余計なことを考えてちゃだめだ……!)
しかしそうはいってもどうしても気になる。凛華にはない、あれのやわらかい感触まであるし……。
凛華の体温が直に俺に伝わってくる。幼馴染でもこんなにドキドキするもんなんだなぁと改めて思わされた。
「残り四十秒」
「成宮! スピード上げろ! 200km以上だせ!」
「りょ、了解」
って返事しちゃったけどそんなの無理でしょ!? 絶対転倒するだろ!
しかし今さら無理と言えるわけがなかった。
俺はむりやり背中のことを忘れ、半ばやけくそ気味に徐々にスピードを上げていく。
183――187――193――201――――。
速度が200kmを超えたとき、腰に回ってた手がいきなりギュッと強くなった。
不思議に思って顔を後ろに向けようと思ったが――こんなスピードで後ろ向ける度胸なんて俺にはなかったです。はい。
「日向……」
俺がなんとかサイドミラーで確認しようとしていると、凛華がいつもとは違う、か弱そうな声で俺を呼んだ。
「凛華……?」
まさか緊張しているのか……?
いや、当たり前か。と思いなおす。
俺は敵の的にならないよう走り回ればいいだけだが凛華は違う。突っ込んでから着地も待たずに立ち、そこからずっと銃撃戦をしなくてはならない。
しかも相手が何人いるのかも分からない状況で、だ。
弾道を予測する訓練はしてきたから死ぬことはないかもしれんが、大怪我をする確立は俺なんかよりはるかに高い。
本来なら俺がすべきであろう場所を凛華がやっている。
ならば俺は凛華に比べればちっぽけでも、こいつをできる限り助けなきゃならない義務があるはずだ。
「なぁ、凛華」
俺は操縦に集中しつつ、小刻みに震えた手でまだ強く俺に抱きついている凛華に声をかける。
「な、なによ?」
「帰ったらスクランブルエッグ作ってやるよ」
その俺の場違いすぎる言葉に凛華は最初ポカンとした。が、すぐに俺の意図を理解し、くすっと苦笑を零す。
「絶対に、よ。忘れたり作れなかったりしたら許さないんだからっ」
「もちろんだ」
すると凛華は少し黙ってから恥ずかしそうに顔を近づけてきて、俺の耳元で呟いた。
普段からは想像もつかない、天使のようななにもかも包み込むような声色で。
「約束して、死なないって…………これは命令よ」
目を閉じ、今この瞬間をかみ締めるかのようにゆっくりと。でもはっきりと優しくささやかれたセリフ。そしてその後の笑顔は一瞬で網膜に焼きついた。
なんなのだろうこの感覚は。体から不安や緊張が嘘のように消えていく。今ならなんでもできる気がする。
なんだか逆に凛華に助けられた気分だ。
「あぁ……その命令、引き受けた」
少し苦笑しながら、俺ははっきりと言う。
そうだ。お前は笑っている顔のほうがいい。
絶対にだ。
俺はさらに強く、しかしさっきとは違うどこか嬉しそうな温もりを背中で感じながら、最後の加速を始める。
「残り十秒。目標の建物を発見しました」
オペレーターの言うとおりの場所に目を凝らすと、廃棄となったらしいビルがあった。
(隠れるにはもってこいだな)
コンクリートの壁をどうやって壊そうかなどと考えていると、それを見透かしたかのように凛華が大きめの声で教えてくれる。
「日向、小型バルカンをリロードさせておいて」
なるほど。こういう状況のためにバルカンがついていたのか。
俺は凛華の言うとおりリロードする。
しかしまぁ、奴らも漫画の世界じゃないんだからまさかビルの外からバルカンをぶっ放ちながら奇襲してくるとは夢にも思ってないだろうな。
そのときの奴らの顔を想像するだけで笑いがこみ上げる。
「残り五秒」
カウントダウンがはじまり、俺と凛華は徐々に体を前傾させていく。
「四」
T-SAの進路をビルと一直線になるよう少し軌道修正をする。
「三」
指をバルカンのトリガーに当てる。
「二」
照準をしっかり合わせる。
「一」
進路上のジャンプ台から、大空へ羽ばたく鳥のように飛び立ち――
「0」
俺は盛大にバルカン砲を放ちながら、全ての想いをぶつけるかのように叫ぶ。
「行けよぉぉぉぉぉぉ!!」