第七話
「全員銃を出せ」
授業開始のチャイムが鳴るなり迎撃科の教員の一人、狼火が暴言を吐いた。
……もうお分かりだろうと思うが一応言っておこう。狼火は全科目の教員の中で一番狂っている女教員だ。
歳は20代後半と教員の中では若い。
何色にも染まらない漆黒のショートヘアーに威圧感のある狼のように鋭い目。
どちらかというとかっこいい美女を連想させる綺麗な顔立ちと、モデル顔負けの抜群のスタイルのよさで入学したての男子生徒には大人気だ。
もっとも、この狂った性格を知れば老若男女問わず誰もが恐れるが。
しかし口調は荒いが実績は相当なものらしい。
およそ十三年前――過去一度襲来してきた最強のアグレッシンが再び襲来し、最悪の被害を被った決死の迎撃戦。
そこで15にも満たない少女であった狼火は、複数人でやっと倒せるかどうかの強力なアグレッシンを一人で三体倒したという。
そしてリベンジャーの世界ランクも急上昇し、狼火の名は一気に有名になった。
そんな彼女がなぜこんなにも早く現役を引退したのかは誰も知らない。
とにかくそんなわけで狼火を怒らせたら一瞬で殺されかねないので生徒達は皆、ビクビクしながら銃を手に取る。
ちなみに殆どの者は狼火のことを下級のときからよく知っているのでこの後何を言うか大体分かる。
恐らく。
「よし、殺り合え」
……これが冗談じゃないかもしれないのだから怖い。
しかもあの何人か殺したことのあるような目つき。いや、教員なのだからそれはないと思うが。……たぶん。
狼火の隣にいる副教員の人も恐る恐る「狼火先生、ちゃんと説明してください」と注意している。
つーか同じ職務の人からもあんな感じなのかよ。どんだけ恐れられているんだあの人は。
狼火はいかにも面倒くさそうに頭をかきながら補足する。
「あー、ようするにだ。今から銃を使って戦うってことだ。どうせお前らブレイカー使えそうにないし。あ、もちろん安全装置も外せ」
もはや言っていることが人としてあれだが、皆おとなしく銃の安全装置を外しはじめる。
それを見て満足したのか、狼火は「よし」と一つうなずいて説明を続ける。
「そんじゃさっそく今からルールを――」
これからルール説明が始まろうとしたそのとき、狼火の携帯が鳴った。
どうやら電話らしく、「少し体を動かしていろ」と指示を出してからこちらに背を向ける。
何の電話か気になった俺と凛華は、好奇心のままに体を動かしながら少し近づく。
「なんだ……緊急? …………んだと! ……奴らが焔……なら成宮と杉…………わかった」
さすがにあまりよく聞こえないな。
と、そこで電話を終えた狼火はこちらに振り向き俺らを見つけるなり早歩きで歩み寄ってきた。
こ、こえぇ……!! ただ歩み寄られただけでこの威圧感!
すくっと姿勢を正し、こちらにくる狼火の目を見つめ返す。……いや、正しくは動いたら殺されると思ってしまうほどの怒りがこもった視線から目を逸らせなかった。
狼火は、俺達の真ん前にくると周りを見渡し、他の生徒達がこちらを気にしてないのを確認する。
そして俺達にだけ聞こえるよう耳元で小さな声を。しかし事の重大さが伝わるよう威圧のある声でささやいた。
「焔香奈がジャスティスの連中に連れ去られた」
「「なっ!?」」
あまりにも予想外な言葉に俺と凛華は同時に声をあげる。
ジャスティス《正義の裁き》とは、学園の俺たち迎撃科やリベンジャーを「人ではない化け物だ」と言い、「我々が神に代わって聖なる罰を与えなければならない」という意味不明な理念を掲げている敵対組織だ。
歴代の卒業生のなかで近年ブレイカーを悪用するリベンジャーが増えてきたせいなのかもしれない。が、それだけで「化け物」と呼んで殺そうとしてくる奴らが正義を名乗っているなんてどう考えてもおかしい。
しかも最近では超能力の研究をしているとかの噂もあり、もはや正義の欠片もない。
もっとも、奴らがどんな超能力を持ってしてもブレイカーさえあれば少なくとも互角に渡り合えるだろう。
だから基本的に俺たちが殺されることもないし、俺たちもいかなる状況下でも人を殺してはならないため相手が死ぬこともない。
だが、だ。ブレイカーがまだ扱えない下級生徒や上級生徒なりたての一年は銃しか武器がない。
銃と超能力。
こんなのどちらが強いかなど考える必要もない。
そしてこちらが相手を殺せないのに対し、敵は問答無用で殺しにくる。
そう。ブレイカーを扱えない生徒が連中に捕まった場合その場で殺されるか、組織の基地にでも連れて行かれるのか……どちらにせよ、ただでは帰れない。
そして焔さんはまだブレイカーを使えない――
「――ッ!」
俺は一瞬頭によぎった最悪の結末のイメージを打ち消すように手を強く握り締め、唾を飲みこむ。
恐らく焔さんが連れ去られたのは昨日の夜。俺が凛華を追いかけて帰っていった後の下校途中だろう。
(あのとき焔さんと無理やりにでも一緒に帰っていれば――)
だがそうしたところで今度は凛華が標的になっていたかもしれない。しかし、だからといってしょうがないことだとは言えない。
とにかく今は過ぎたことを言っている場合じゃない。こうなったらできる限り焔さんが無事で帰ってきてくれることを祈るしか……。
ふと横を見てみると凛華が手を口に当てたまま固まっていた。恐らく凛華も昨日のことを思い出しているのだろう。
と、そこへいきなり耳元で狼火がささやく。
「もっとしっかりしろバカ共が。今から救出作戦を立てるから聞け。撃ち抜くぞ」
ショックで何も喋らない俺達に痺れを切らした狼火が俺と凛華の顎に銃を突きつけてくる……怖すぎでしょ! そんな物騒なもん顎に当てるなよ! 冗談のつもりでもあんただと冗談にならないから本気でやめてくれ。
凛華もさすがにヤバイと思ったのだろう、しきりにこくこくと頷いている。
「学園側は今さっき救出作戦として襲撃任務をだしたそうだ。だから私が引き受けておいた。それと今回は敵の数も正確に把握していないから私以外の教員は学園で待機してもらうことにする」
「ちょ、ちょっと待ってください! 本来襲撃任務は教員か三年以上の上級生徒でなければ受けることはできません。なのに他の教員が待機じゃ狼火先生しかいないじゃないですか!」
そう、襲撃任務にはブレイカーが必須なので教員の承諾がない限り、一年などは受けることができないのだ。
そして今の時間帯は三年以上の生徒は全員他の任務にあたっているだろう。
だから結局今いるなかで任務ができるのは狼火のみ。しかしいくら教員でも襲撃任務は複数人でないと学園は許可しない。
ようするにこのままでは焔さんを救えないのだ。
だが狼火は「最後まで聞け」と余裕の表情で――いや、むしろ楽しんでいるかのように話を続ける。
「お前らの言うとおりこのままでは焔は救えない。それにあくまで教員はいざというとき以外は戦闘に参加してはいけないし。任務を受けるためには戦闘員として最低後二人は必要だろう。そこで、だ」
俺達の顔を交互に見ながらいつもとは違う、まるでいたずらを思いついた子供のような笑みで言う。
「お前らで奇襲しろ」
「なっ!」
「なにそんなに驚いてんだ。さっき焔が連れ去られたと言ったときお前ら何かに思いふけていたじゃないか。なにか心当たりがあんだろ?」
「それは……」
間違ってはない言葉に俺は反論のしようもない。
「いいか、今からお前らには強化服に着替えてもらう。まぁ一応お前らが死なないよう私は後方で医療科のやつと待機しといてやるから。やばくなったら退却しろよ」
それだけを言うと時間がもったいないのか、「裏門に行け」と言い残しどこかへ去ってしまった。
強化服とは任務や対アグレッシンなど、実践で使うもので強防弾性(通常の防弾服は弾があたると少なからず衝撃が来るが、これは軽く平手をされたくらいしか衝撃は来ない)だ。
ちなみに防弾性をただ強化しただけの制服なので、見た目はほとんど変わらない。だからなのか、なかには制服のようにいつも着ているやつもいるらしい。
とにかく着替えに行くか。
いまだに状況は飲み込めなかったが、とりあえず裏門へと足を向ける。