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追放された雑用係、敗戦処理の天才だった ~崩壊寸前の辺境領を立て直す~   作者: 山田鰻
第十六章 砦を捨てるか、活かすか

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赤い紐の三枚

赤い紐で束ねられた三枚は、朝の門前台に置かれていた。


守る案/捨てる案/活かす案。どれも同じ北谷口小砦の名を持っている。だが紙の重さは違う。守る案は人を食い、捨てる案は道を消す。活かす案は砦という名を削る。


三枚とも、もう相談用の紙ではない。どれを選んでも昼までに人と荷が動く。遅れれば北の段が薄くなる。


門前台の端には、まだ昨夜の泥が乾かずに残っていた。北から戻った紙だけが先に乾いている。赤い紐は短いが、結ばれた三枚は門の朝を止めていた。


赤い紐をほどき、三枚を門前台に並べた。


「砦長は三枚とも戻したのですね」


メイナが控えを抱えて立っている。門前台の灯りはまだ薄い。外では戻り鈴を受けた馬が水を飲んでいた。北へ返す車は昼前まで出せない。


「守る案から」


左端の紙を押さえた。北谷口小砦の常駐二名/夜番二名/交替一名/荷受け補助一名。戻りの食料一袋/道倉戻り車一台/北の段二名維持。足りない数は三名以上。


「守る案は実行できません」


門前台の向こうでエルクが顔を上げる。


「実行できないと書くのは早い」


「では足りない三名をどこから出しますか」


「門から」


「門を薄くすると戻り鈴が詰まります」


「道倉から」


「戻り車が止まります」


「砦内から」


「北の段が一人になります」


エルクの手が机の縁で止まった。言い返す場所はある。だがそこへ人を置くと、別の紙が空く。


門を選べば戻り鈴が遅れる。道倉を選べば粉麦と縄が止まる。砦内を選べば北の段がまた一人になる。どこを選んでも、守る案は別の守りを食っていた。


「それでも砦だ」


声は荒くない。だからこそ重かった。


「名前がある場所を空欄にするのは違う」


守る案の右上に小さく線を引く。


実行不可。


「名前を残すことと、人を置くことは分けます」


エルクが息を吸った。


「領主代理としてか」


「はい」


ミリアの返事は短い。門前台の者たちの手が紙の上で止まった。


二枚目を開く。北谷口小砦は夜間常駐なし。昼見回り一日一回。踏み跡印なし、火なし、荷なし。残るものは北の段二名/道倉戻り車/明朝荷受け。失うものは北谷口の下りを見た記録。


「これは空ける案です」


メイナが同じ字を控えに写した。


「空けるだけでは見えなくなります」


「だから三枚目があります」


ミリアの指が三枚目へ移る。北谷口小砦は夜間常駐なし。昼見回り一日一回。踏み跡印三か所/細縄二本/白灰小袋一つ。火なし、荷なし。道の確認印として仮使用。


「砦ではなく、道を見る印」


エルクが低く言った。


「そうです」


「砦の名を消すのか」


「砦としては使いません」


「消すのと同じだ」


「違います」


三枚目の下へ線を引く。


「消せば見ない。印にすれば遅れてでも分かる。守るなら三名足りない。空けるだけなら道が消える。残せるのは印です」


エルクの目が赤い紐へ落ちた。


「敵が来てから分かる印に、何の意味がある」


「敵が来る前に人を置けないなら、来たあとに分かる仕組みを残します」


「遅い」


「遅いです」


その言葉は否定しない。遅いものを、早いもののふりにしない。今朝の紙はそのために戻ってきた。


早い印が欲しいなら人を置くしかない。人を置けないなら、遅い印を嘘なく使うしかない。三枚目の紙は勝つ紙ではなく、見失わないための紙だった。


ガレスが白灰の欄を指で叩いた。


「白灰は門の倉にある。湿った袋は使うな」


「細縄は」


「古いのを切るな。新しい細縄を二本。切れたら分かるように、結び目を大きくしろ」


「踏み跡印は」


「人の膝ではなく馬の腹で高さを決めろ。低すぎると兎でも崩す」


メイナが息を止めるように書いた。白灰は乾き袋。細縄は新二本。結び目は大。高さは馬腹。


「第一砦」


ミリアの声が落ちた。


「北谷口小砦を、今日から第一砦と呼びます」


エルクが顔を上げる。


「なぜわざわざ名を変える」


「捨てる場所を、曖昧にしないためです」


北谷口小砦という名には十年分の見張りと火がついている。第一砦という名なら、次に切る場所/次に見る場所/次に戻す紙として扱える。


「第一砦は砦として放棄」


メイナの筆が止まった。


「そのまま書きますか」


「書きます」


三枚目の上に新しい紙を重ねた。第一砦、砦として放棄。道の確認印として仮使用。物資回収は午前。民の退避確認は昼まで。白灰と細縄は夕方確認。北の段二名維持。道倉戻り車一台維持。


「民」


エルクが反応した。


「人がいるのか」


「小屋が二つ、炭焼きの冬小屋が一つ。常住かどうかは確認中です」


「なぜ先に言わない」


メイナが顔を伏せた。怒鳴られたわけではない。それでも紙の重さが増えた。


「砦の紙では民は欄外でした」


「欄外」


エルクの声が硬くなる。


「だから領の紙に入れます」


新しい紙の右に民退避の欄を作った。砦の紙では欄外だった者も、領の紙では先に置く。小屋が二つなら二つ。炭焼きの冬小屋が一つなら一つ。誰が住んでいるか分からないなら、空欄ではなく確認待ちにする。


空欄のまま北へ返せば、誰も探しに行かない。


確認待ちと書けば、誰かが見に行く。見に行く人を置けば別の荷が遅れる。それでも空欄のままよりはましだった。人のいるかもしれない場所は、荷より先に欄を取る。


民/荷/火/印/戻り。


「砦を捨てる話だけではありません」


門前台の端に置かれた赤い紐をもう一度結ぶ。


「第一砦から人と使える物を戻します。砦の名は残しません。道を見る印だけを残します」


しばらく黙っていたエルクが口を開いた。


「俺はまだ納得していない」


「分かっています」


「だが民が欄外なら、そこから戻す」


その言い方に、門前台の視線が砦の線から欄外へ移った。


反対は消えていない。けれど最初に動かすものが変わった。砦の名を守る手ではなく、欄外の人を戻す手。そこからなら怒りを動きに変えられる。


北道確認の控えに一行を加えた。第一砦、放棄決定。残すものは道の印。戻すものは人/使える物/火。


門前台の者たちは、それぞれ別の紙へ手を伸ばした。荷の紙/民の紙/火を消す紙。砦を捨てる決定は一行でも、戻す仕事は一行では終わらない。だから紙はすぐ北へ返さなければならない。


昼前、赤い紐の紙は北へ戻る。戻す順番も、その紙に入っていた。


今度の紙に迷いはなかった。

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