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追放された雑用係、敗戦処理の天才だった ~崩壊寸前の辺境領を立て直す~   作者: 山田鰻
第二十四章 凱旋ではなく査問

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持ち帰る痕跡

抜粋紙は、古文書庫の前室で乾かされた。


管理官の筆で書かれた紙だ。こちらの手ではない。だから持ち帰れる。だから危うい。王都の筆で残ったものは、王都の都合で読まれる。


机の上に三枚並ぶ。一枚目には七枚目の役目欄について、墨塗りあり、削り跡あり、下端に戦後と次字一部。二枚目には十枚目の切り取り欄について、戻した者・封じた者・家へ知らせた者・責を負う者を分ける記述。三枚目には余白追記として、この欄、写し不要、という八文字がある。


三枚とも、こちらの望む答えではない。答えに見える名も、制度の輪郭も、責任者の顔もない。けれど、消された場所と、消した後の扱いは残っている。王都の紙に王都の筆でそれがあるなら、持ち帰る価値は十分だった。


ミリアは印箱を受け取ってから、すぐ押さなかった。押せば領の紙になる。押さなければ、ただの閲覧抜粋だ。どちらにするかで、次に出す場所が変わる。


「王都の筆です」


「はい」


「領主代理印を押せば、ハルヴェインが見た紙になります」


「押さなければ、王都で消せる紙になります」


ミリアの指が印に触れる。


「では、押します」


「抜粋そのものではなく、封じ紙へ」


直接押せば、抜粋に手を加えたと言われる。封じ紙に押す。中身は管理官の筆、封じは領主代理。そこを分ける。


封じ紙を一枚出し、三枚を包む。表に書く。


古い敗戦記録抜粋。役目欄墨塗り、切り取り、写し不要追記。閲覧者、領主代理ミリア・ハルヴェイン、実務担当レイン・アストラ。管理官筆。


ミリアの印が押される。


派手な音はないが、紙の扱いは変わった。中身は王都の筆、封じは領主代理の責任。この二つを混ぜないことで、次に出す時も「王都が書いたものを、ハルヴェインが封じた」と言える。


前室を出ると、廊下の端にセドリックがいた。今日は壁際ではなく、窓の前に立っている。こちらを待っていたと言えるほど近くない。偶然と言えるほど遠くもない。


「古い紙で忙しいな」


声は薄い。


「聴取のためです」


「辺境の処理判断を、古い紙で飾るつもりか」


責任をこちらへ戻す言い方だ。先に聴取室で出た線と同じで、辺境側の判断、辺境側の処理、と言葉を寄せてくる。王都は見た、聞いた、受け取っただけにしたいのだろう。


「飾りません。抜粋を封じただけです」


「封じれば正しいとでも」


「開けた者が分かります」


セドリックの口元が動きかけた。だが笑わない。ここで笑えば、封じた紙を軽く見る者になる。


「紙に頼る癖は変わらない」


「紙を消す癖も、王都には残っています」


ミリアの目が一瞬だけこちらへ来る。少し強い。だが今の言葉は、責めではなく事実の範囲に収まる。消された欄を見た。写し不要の追記を見た。それだけだ。


セドリックは答えず、窓の外へ視線を向けた。


「次の聴取で、その古い紙を出すのか」


「求められれば」


「求められなければ」


「出しません」


「出さずに何をする」


「順番を守ります」


通路で長く止まらない。先に庁舎で再会した時と同じく、相手の場を作らない。封じ紙を抱え、ミリアと並んで歩く。


南官宿へ戻る途中、市場の裏道でフェネル商会の帳場係を見た。荷紐を直すふりをしている。今日は近づかない。代わりに、宿の馬屋へ細い布紐が一本残されていた。


結び目三つ。


中には小さな紙片。


南市、軍需調達車の荷札二種。油札と布札、同じ車番。古書商筋、灰背の写しを知る者あり。次は倉の紙を見るべし。


王都商人の線が、古い紙から今の荷へ移った。


布紐の紙片は、正式な報告ではない。帳場係の名も、商会の印もない。ただ、油札と布札という二つの札が同じ車番を指していると知らせている。古い棚で見た消えた欄と、今の軍需車の荷札は、まだ一つの紙には乗っていない。だからこそ、次は倉の紙を見る必要がある。


第三の場所が見え始める。古い記録だけでは足りない。聴取室だけでも足りない。市場・倉庫・軍需の車・押印写し。そこを合わせなければ、消された欄の意味は宙に浮く。


「第三の紙ですね」


ミリアが布紐を見て言う。


「はい。華やかな都の裏側です」


「次は商人の紙を見ますか」


「見ます。ただし、領の原本を守ったままです」


部屋に戻り、第二便を書く。


宛先ごとに、書く量を変える。エルクには、王都で古い抜粋を得たこと、原本は動かさず、追加命令が来ても二人確認を崩さないこと。ガレスには、封じ壺の札を写し直さず、古い紙に合わせて現物を変えないこと。メイナには、見た者の名の順を維持し、王都の抜粋は管理官筆・領主代理封じであること。ルシアには、王都商人の線が軍需調達車と倉の紙へ移ったこと、名前はまだ書かないこと。


便の最後に、ミリアが一行を足す。


ハルヴェインの紙は、王都の紙に合わせて書き換えない。


夜、封じ紙を箱へ戻す。古文書庫で包んだ、古い敗戦記録抜粋の包みだ。役目欄墨塗り・切り取り・写し不要追記。領主代理封じ。


箱の中で、持参物が一つ増えた。


増えた包みには、開封順の札を付けない。これは王都へ持参した五種の紙とは違う。聴取の流れを作る紙ではなく、聴取の外で得た痕跡だ。混ぜれば便利だが、混ぜた瞬間に「最初から用意していた」と言われる余地ができる。


箱の底へは入れない。上にも置かない。五種の写しとは別の布で包み、箱の内側の仕切りへ立てる。見えるが、触るには封じ紐を解かなければならない位置だ。ミリアがその仕切りにも小さく印を押した。


第一聴取室へ急いで持って行く紙ではない。先へ持って行く紙でもない。王都の華やかな表から、腐った匂いのする裏へ進むための紙だ。


机の上には、まだ白い紙が一枚残っている。そこへ、明日の手順だけを書く。商人の紙・倉の紙・軍需調達車の札。どれから見るかではなく、どれを同じ車番で合わせるか。名を先に置けば、また同じ形で崩される。番号を先に置けば、少なくとも荷は逃げにくい。


ミリアはその白紙を見て、印箱を閉じた。まだ押す紙ではない。押す前に、合わせる紙を増やす。


朝になれば、商人の紙と倉の紙を見る。


古い欄の消え方は、今の荷の動きとつながるはずだった。

ここまで読んでくださり、ありがとうございます。


少しずつ読んでくださる方が増えていて、とても励みになっています。

リアクションやブックマークも本当にありがたいです。


もし続きが気になる、面白いと思っていただけましたら、ブックマークや評価で応援していただけると嬉しいです。


次回も楽しんでいただけるよう頑張ります。

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