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追放された雑用係、敗戦処理の天才だった ~崩壊寸前の辺境領を立て直す~   作者: 山田鰻
第二十四章 凱旋ではなく査問

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古文書庫の鍵

古文書庫の扉は、王城の華やかな廊下から二段下がった場所にあった。


上の階には赤い絨毯が続く。ここにはない。石の床は乾いているのに、古い紙の匂いがした。王都の奥にあるのに、飾りを見せる気のない場所だ。


入口の横に、黒い木札が掛かっている。


古文書庫。


ようやく、施設名が紙ではなく扉に出た。


ミリアは声に出さない。こちらも読んだだけで足を止めない。名前に反応すれば、名前を待っていた者になる。


庫の管理官は、細い鍵束を持っていた。年は読みにくい。目が紙棚の暗さに慣れている。人を見るより、持ち込む物を見る目だ。


「入室者、二名まで」


「領主代理と実務担当です」


「筆記具なし。刃物なし。火種なし。手袋は庫のものを使う。抜粋は管理側の筆。閲覧時間は半刻」


条件は、申請官が言った通りだった。違うのは、ここでは一つずつ現物確認されることだ。ミリアの印箱も預け札を付けられる。こちらの旅用帳面も外に置かれる。白い紙すら入れない。


管理官は、預けた物の名を声に出して書く。印箱・旅用帳面・封じ紐・短い木筆・針金のない紙束。余計な物は一つもない。それでも、持ち込まないことを記録される。古い紙を守る場所では、持っていない物まで疑いの対象になる。


「持参物は」


「照合候補の申請控えだけです」


「箱は入れない」


「はい」


箱は南官宿に残した。五種の写しを持って入れば、古い紙と新しい紙を同じ机に置くことになる。置いた瞬間、どちらがどちらを引っ張るか分からない。


管理官が布手袋を二組出す。


「棚に触れるのは私だけ。あなた方は机の手前から見る」


「抜粋を求める場合は」


「読み上げてください。私が書く」


「書いたものの確認は」


「声で」


声で確認する。紙を持ち込めないなら、耳と記憶が頼りになる。だが耳だけでは抜ける。だから、読む順番を決めておく。


「棚番・表題・欠け・塗り・残った文字。その順でお願いします」


管理官の目が少しだけ変わる。


「慣れている」


「最近、封じる紙が増えました」


それ以上は言わない。古文書庫で現場の封じ物を語れば、棚の空気が別のものになる。


第一の扉が開く。中は狭い前室だった。そこでもう一度、名前を記録される。入室者名・時刻・閲覧候補・棚番。ミリアが領主代理名を言い、こちらが実務担当名を言う。管理官が書く。


「閲覧目的」


「古い敗戦記録の様式照合」


「具体名は」


「ありません。名より前に置く項目の照合です」


管理官の筆が止まる。


「名より前」


「はい」


「ここに来る者は、たいてい名を探す」


「今は順を探しています」


管理官はそれ以上聞かず、二つ目の鍵を回した。


鍵穴は二つあった。上の鍵は前室用、下の鍵は棚室用。前室に入った者が、そのまま奥へ進める仕組みではない。名前を記録し、目的を記録し、それでももう一度止める。王都が見せたいものなら、これほど止めないはずだった。


棚室には古い糊と乾いた紙の匂いがこもっていた。何度も開かれた棚と、長く開かれていない棚の匂いが違う。南旧庫・七列・灰背。申請の紙片にあった言葉が、ここでは木札になって並んでいる。


ルシアの線は正しかった。


だが、正しいことを喜ぶ場所ではない。王都の正式棚番と商人の棚番が合う。つまり、王都の外にもこの棚の位置を知る者がいる。


棚札の下には、古い手の跡が残っていた。最近触れた白さではない。年月をかけて少しずつ黒ずんだ、同じ場所を何度もつまんだ跡だ。王都の役人だけでなく、古い写しを扱う者たちも、この棚を何度か思い出したのだろう。


管理官が七列目の下段へ膝を折る。


「灰背。古い軍務写し。破損あり」


「破損の扱いは」


「閲覧可。ただし抜粋は現存文字のみ」


「塗られた文字は」


「読めないものは書けない」


当然のように言う。だが、読めないものがあることは書ける。そこを逃さない。


「塗りの有無は、抜粋できますか」


管理官の指が棚札で止まった。


「できます」


ミリアの指が手袋の中で少し動く。紙に残せる範囲が一つ増えた。


最初の束が机へ運ばれる。灰色の背表紙は革ではない。布を紙で包んだ古い作りだ。端が擦れ、表題の一部が薄い。


机の上には砂時計が置かれた。細い砂が落ち始める。半刻を告げるためではなく、こちらの目を急がせるための道具にも見える。急げば名へ飛ぶ。名へ飛べば、今までと同じになる。だから最初の紙から、端・表題・欄の順で見る。


管理官が表題を読む。


「北方軍務、敗戦後整理控え。写し」


敗戦後整理。まだ制度名ではない。だが、王都の公式な棚に残る語だ。


「閲覧します」


管理官が紐をほどく。


半刻は短い。見たいものを探す時間ではなく、見落とさない順を守る時間だ。


一枚目には負傷者の数がある。二枚目には馬車の戻り数。三枚目には弓と槍の欠け。どれもハルヴェインで見た現物に近いが、今は似ていると喜ぶ場ではない。似ているものを積み上げ、違うものが出た時に見落とさないための前置きだ。


管理官は紙をめくるたび、指ではなく骨べらを使う。めくる速さは一定で、こちらが読み終えたかどうかには合わせない。合わせてほしければ、抜粋を求めるしかない。求めすぎれば半刻が削れる。求めなければ、外へ持ち出せるものが残らない。


「負傷者数と戻した車の欄は、同じ手で書かれていますか」


「同じに見えます」


「では、そこは抜粋不要です。あとで違う筆が出た時だけお願いします」


管理官は初めて、こちらの顔をまっすぐ見た。何を探しているか、少し分かったのだろう。名ではなく、手順の中で変わった場所。そこだけを拾うために来た者として、ようやく扱いが変わる。


四枚目は、紙の端だけが焼けていた。表題も欄も残っているため、管理官は破損としか言わない。だが焼けた端は、束の外側ではなく内側にあった。閉じたまま火に当たったのではない。一度開かれた後、どこかの机で端だけを失った紙だ。ここでも、抜粋は求めない。探している欠けとは違う。


違う欠けを拾いすぎれば、本当に見るべき欠けを見逃す。


半刻は、迷うには短すぎる。


ミリアが小さく言った。


「凱旋の部屋より、こちらの方が王都らしいですね」


「はい」


ここには飾りがない。


その分、消されたものの跡が見える。

ここまで読んでくださり、ありがとうございます。


少しずつ読んでくださる方が増えていて、とても励みになっています。

リアクションやブックマークも本当にありがたいです。


もし続きが気になる、面白いと思っていただけましたら、ブックマークや評価で応援していただけると嬉しいです。


次回も楽しんでいただけるよう頑張ります。

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