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小さな魔法使い  ~バナ・ボンド・ライボス・ポルはウソの呪文ですが~

掲載日:2025/12/10

 わたしの名はあずみ。小学校1年生だ。

 わたしは、いつも何かがおかしいと感じていた。


 学校で先生が「みんな仲良くしましょうね」と言うのに、クラスの子たちは、だれかを仲間外れにする。けんかしたり相手を攻撃する。泣いている子を笑う。お母さんだって「ウソをついてはいけません」と言うのに、きらいな人に誘われると「急用ができたので行けないの。残念だわ~」なんて平気で言う。


「どうして?」


 わたしは何度も聞いた。でも大人たちは決まって言うのだ。


「それが世の中というものよ」 「大人になればわかるわ」


 公園でお母さんが転んだ時、わたしは急いでかけよって、お母さんの足に手をかざした。そして小さくつぶやきながら、そっと息を吹きかけた。


「バナ・ボンド・ライボス・ポル」


 でもお母さんの足の傷はそのままだった。


「あずみ?……何してるの?」


 お母さんは、けげんそうな顔をした。


「あ、お母さんのこと心配で……」


 わたしは、自分の行動に、自分でもびっくりした。いったいわたしは、何をしているんだろう。お母さんは、首をかしげてから小さく笑って、困ったように「ありがとう」とだけ言ってわたしからはなれた。


 わたしは何かが違うと感じた。でも、何が違うのかわからなかった。


 ある日、わたしは公園の小さな池に光が反射して、きらきらとゆれているのを見た。その水面を見つめていると、体が温かくなって、目を閉じると——


 森の朝もやの中、傷ついた小鳥を見つけた自分の姿が見えた。手をかざして「バナ・ボンド・ライボス・ポル」と唱えると、小鳥が光に包まれて、みるみる治っていく。魔法使いの森は、動物と助けあう世界。そこには、ウソも苦しみもなかった。言葉と行動は一つだった。正直で、しんせつで、やさしさに満ちていた。


「わたしは...…魔法使いだったんだ」


 私はすべてを思い出した。人間の世界を知りたくて、人間に生まれ変わる薬を飲んだのだ。でも、こんなにウソと苦しみのある世界だとは思わなかった。こんなはずじゃなかった。こんな世界が見たいんじゃない。わたしの心の中に後悔が広がる。


 涙がこぼれた。もう森には戻れない。あの魔法の力も、人間の世界では使えない。わたしは、ふらふらと歩きだした。


 でも、その時。


 小さな男の子が転んで泣いているのが見えた。周りの大人たちは忙しそうに通り過ぎて行く。わたしは思わずかけよって、男の子に声をかけた。男の子のひざに血がにじんでいた。


「大丈夫?」


 すりむいたひざに、そっとハンカチを当てる。男の子は泣きながら、わたしの顔を見上げた。とても不安そうな顔をしている。


「痛いの、すぐ良くなるよ。魔法で治してあげる」


 わたしは男の子のひざに手をかざして、「バナ・ボンド・ライボス・ポル」とつぶやいた。それから、ふうっと息を吹きかける。もちろん、傷は治らない。魔法は、もう使えないのだから。


 でも、お母さんの時とは違った。男の子は泣きやんでわたしの顔をじっと見た。それから、ちょっと笑ってはずかしそうに言った。


「ありがとう。魔法使いのお姉ちゃん。」


 その笑顔を見たとき、わたしは気づいた。


 人間の世界は、ウソが多く、苦しくて、時々悲しい。でも、だからこそ、小さなやさしさが輝くんだ。たとえうまくいかなくても、ひとつの行動には意味がある。傷は治らなくても、男の子を笑顔にすることはできた。


 わたしは、うれしくなった。森にいた頃の魔法はもう使えない。でも、魔法使いとして学んだことは無駄じゃない。

「バナ・ボンド・ライボス・ポル」は、傷を治す呪文ではなく、笑顔を作る呪文になったんだ。


「わたし、できることから始めよう」


 次の日、学校で一人ぼっちで給食を食べている子を見つけた。みんなが無視している子だった。


「バナ・ボンド・ライボス・ポル」


 呪文を口にすると、その子はわたしのほうを見た。わたしは少しためらった。その子も私のほうを見てだまっていた。

 わたしは勇気を出して立ち上がり、自分の給食のトレイを持ってその子の前に立った。


「ねえ、いっしょに食べてもいい?」


 その子は驚いて、それから、こくんとひとつうなずいた。


 正直でいること。困っている人がいたら手をかすこと。世界を変えるのは難しいかもしれない。でも、目の前にいる人を笑顔にすることはできる。すこしずつ笑顔を増やしていくことはできる。


 窓の外に青空に広がり、白い雲が流れる。鳥の声が聞こえる。人間の世界は美しい世界だ。

 わたしが笑うと、その子も笑った。

 人間として生きていくのは大変だけれど、きっと大丈夫。わたしはこの世界で生きていける。


「バナ・ボンド・ライボス・ポル」は、傷を治せないウソの呪文だけど、笑顔を作ることはできるのだから。

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