小さな魔法使い ~バナ・ボンド・ライボス・ポルはウソの呪文ですが~
わたしの名はあずみ。小学校1年生だ。
わたしは、いつも何かがおかしいと感じていた。
学校で先生が「みんな仲良くしましょうね」と言うのに、クラスの子たちは、だれかを仲間外れにする。けんかしたり相手を攻撃する。泣いている子を笑う。お母さんだって「ウソをついてはいけません」と言うのに、きらいな人に誘われると「急用ができたので行けないの。残念だわ~」なんて平気で言う。
「どうして?」
わたしは何度も聞いた。でも大人たちは決まって言うのだ。
「それが世の中というものよ」 「大人になればわかるわ」
公園でお母さんが転んだ時、わたしは急いでかけよって、お母さんの足に手をかざした。そして小さくつぶやきながら、そっと息を吹きかけた。
「バナ・ボンド・ライボス・ポル」
でもお母さんの足の傷はそのままだった。
「あずみ?……何してるの?」
お母さんは、けげんそうな顔をした。
「あ、お母さんのこと心配で……」
わたしは、自分の行動に、自分でもびっくりした。いったいわたしは、何をしているんだろう。お母さんは、首をかしげてから小さく笑って、困ったように「ありがとう」とだけ言ってわたしからはなれた。
わたしは何かが違うと感じた。でも、何が違うのかわからなかった。
ある日、わたしは公園の小さな池に光が反射して、きらきらとゆれているのを見た。その水面を見つめていると、体が温かくなって、目を閉じると——
森の朝もやの中、傷ついた小鳥を見つけた自分の姿が見えた。手をかざして「バナ・ボンド・ライボス・ポル」と唱えると、小鳥が光に包まれて、みるみる治っていく。魔法使いの森は、動物と助けあう世界。そこには、ウソも苦しみもなかった。言葉と行動は一つだった。正直で、しんせつで、やさしさに満ちていた。
「わたしは...…魔法使いだったんだ」
私はすべてを思い出した。人間の世界を知りたくて、人間に生まれ変わる薬を飲んだのだ。でも、こんなにウソと苦しみのある世界だとは思わなかった。こんなはずじゃなかった。こんな世界が見たいんじゃない。わたしの心の中に後悔が広がる。
涙がこぼれた。もう森には戻れない。あの魔法の力も、人間の世界では使えない。わたしは、ふらふらと歩きだした。
でも、その時。
小さな男の子が転んで泣いているのが見えた。周りの大人たちは忙しそうに通り過ぎて行く。わたしは思わずかけよって、男の子に声をかけた。男の子のひざに血がにじんでいた。
「大丈夫?」
すりむいたひざに、そっとハンカチを当てる。男の子は泣きながら、わたしの顔を見上げた。とても不安そうな顔をしている。
「痛いの、すぐ良くなるよ。魔法で治してあげる」
わたしは男の子のひざに手をかざして、「バナ・ボンド・ライボス・ポル」とつぶやいた。それから、ふうっと息を吹きかける。もちろん、傷は治らない。魔法は、もう使えないのだから。
でも、お母さんの時とは違った。男の子は泣きやんでわたしの顔をじっと見た。それから、ちょっと笑ってはずかしそうに言った。
「ありがとう。魔法使いのお姉ちゃん。」
その笑顔を見たとき、わたしは気づいた。
人間の世界は、ウソが多く、苦しくて、時々悲しい。でも、だからこそ、小さなやさしさが輝くんだ。たとえうまくいかなくても、ひとつの行動には意味がある。傷は治らなくても、男の子を笑顔にすることはできた。
わたしは、うれしくなった。森にいた頃の魔法はもう使えない。でも、魔法使いとして学んだことは無駄じゃない。
「バナ・ボンド・ライボス・ポル」は、傷を治す呪文ではなく、笑顔を作る呪文になったんだ。
「わたし、できることから始めよう」
次の日、学校で一人ぼっちで給食を食べている子を見つけた。みんなが無視している子だった。
「バナ・ボンド・ライボス・ポル」
呪文を口にすると、その子はわたしのほうを見た。わたしは少しためらった。その子も私のほうを見てだまっていた。
わたしは勇気を出して立ち上がり、自分の給食のトレイを持ってその子の前に立った。
「ねえ、いっしょに食べてもいい?」
その子は驚いて、それから、こくんとひとつうなずいた。
正直でいること。困っている人がいたら手をかすこと。世界を変えるのは難しいかもしれない。でも、目の前にいる人を笑顔にすることはできる。すこしずつ笑顔を増やしていくことはできる。
窓の外に青空に広がり、白い雲が流れる。鳥の声が聞こえる。人間の世界は美しい世界だ。
わたしが笑うと、その子も笑った。
人間として生きていくのは大変だけれど、きっと大丈夫。わたしはこの世界で生きていける。
「バナ・ボンド・ライボス・ポル」は、傷を治せないウソの呪文だけど、笑顔を作ることはできるのだから。




