婚約破棄された悪役令嬢は、家族に捨てられ家を飛び出したけれど、隣国の皇太子に溺愛されて、気づけば次期王妃の座に収まっていました
「アメリア、あんたは邪魔なのよ。わからないの?」
いつものように、姉リディアの声が響く。父と母は止めるどころか、むしろ微笑んで見ていた。アメリア・ランクフォード侯爵令嬢。上流貴族の家に生まれながら、幼少期から家庭での扱いは冷たかった。
彼女の存在は、家の中で“見えない”ものとされていた。食事は使用人が残飯を届け、言葉をかけられるのは叱責や命令のときだけ。そして、姉のリディアは侯爵家が誇る才女として育てられ、次期王妃候補とも目される存在だった。
唯一の希望は、幼いころに結ばれた第一王子エドワルドとの婚約だった。
第二章:婚約破棄の宣言と、崩れる最後の支え
「君との婚約は、解消したい。理由は――まあ、察してくれ」
公の場で、エドワルドから婚約破棄を告げられたとき、アメリアの世界は音を立てて崩れた。
周囲がくすくすと笑い、姉のリディアが勝ち誇ったように微笑む。そして両親は、彼女に冷たい言葉を浴びせた。
「無能な娘に縁談など望みすぎだ。さっさと出て行け」
全てを失ったその夜、アメリアはひとり屋敷を出た。荷物も金もほとんどないまま、夜の街を走り、気づけば国境を越えていた。
第三章:隣国・エリュシオンと出会い
隣国エリュシオン――そこは、ラヴェル王国とは対照的な、美しく整備された国だった。
森で倒れていたアメリアを救ったのは、黒髪の青年だった。鋭い眼差しと、気高い佇まい。彼こそが、エリュシオンの皇太子ユリウスだった。
「名は?」
「……アメリア。ランクフォード侯爵家の……元、令嬢です」
アメリアが事情を話すと、ユリウスは静かに怒りを湛えた眼で言った。
「我が宮に来い。身の安全と衣食住は保証する」
アメリアは戸惑いながらも、差し出された手を取った。
第四章:優しさと溺愛、けれど拒絶
宮廷では、ユリウスの特別扱いに困惑する日々が続いた。贅沢な衣、三食の食事、礼儀正しい侍女たち。だが、アメリアは居心地の悪さを覚えていた。
「なぜ私に、ここまでしてくださるのですか?」
「私は、君に一目惚れした」
さらりと放たれた言葉に、アメリアは目を見開いた。
「……それは困ります。私はもう誰とも……」
「構わない。君が拒もうと、私は待ち続ける」
拒絶するアメリアに、ユリウスは決して怒らなかった。ただ静かに、確実に、彼女の心の傷を癒やそうとしていた。
第五章:復讐の始まり
ある日、ユリウスがアメリアに告げた。
「君を傷つけた者たちには、代償を払ってもらう。君の代わりに、私が」
「……復讐なんて、無意味です。やめてください」
「それでも私はやる。君が笑って生きられるように」
アメリアが止める声も聞かず、ユリウスは動き出した。
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「まずは、元婚約者からだ」
ユリウス皇太子は冷淡な声でそう告げると、配下の諜報員たちに指示を飛ばした。標的は三人――第一王子エドワルド、リディア・ランクフォード、そしてアメリアを見捨てた両親。
彼の手は迅速だった。ラヴェル王国の王族に内通する貴族の不正を暴き、その証拠と共に王国宰相に送りつけた。そしてエドワルドには、エリュシオンとの貿易協定破棄という強硬な手段をもって外交圧力をかける。
その結果、王国は動揺し、王太子であるエドワルドの立場は大きく揺らいだ。
「君は何も知らなくていい。ただ、前を向け。私は君を後ろから支える」
アメリアが口を開こうとしたが、ユリウスの決意の瞳に何も言えなかった。
第七章:堕ちていく家族と姉
ランクフォード家は、突如発覚した不正経理と、他貴族との癒着で裁かれることとなった。父は爵位剥奪、母は社交界追放。栄華を極めた家は、一夜にして没落する。
「こんなの……あんたのせいよ!!」
アメリアの前に現れたリディアは、ボロ布のようなドレスをまとい、目を血走らせていた。
「私が、どれだけ努力してきたと思ってるの!? 王妃になって当然だったのに!」
「努力って……私を侮辱し、殴ることが?」
アメリアは初めて、リディアの前で冷たい笑みを浮かべた。
「あなたは“私がいなければ”輝けなかった。でも私は、あなたがいなくても立ち上がれるわ」
絶句するリディアを背に、アメリアは静かに踵を返した。
第八章:王族への決着と、静かな終焉
最後にユリウスが動いたのは、エドワルド王子だった。
「貴国の第一王子が、外交の場で我が国の女性を侮辱した」
ユリウスは、アメリアに対して行われた公開の婚約破棄を外交問題と捉え、王国王室に正式な抗議文を送りつけた。その結果、王はエドワルドを次期国王の座から降ろす。
失脚したエドワルドは、表舞台から完全に消えた。
第九章:誓いの言葉と、贈られる指輪
「もう、何もかも終わったわ……」
アメリアはユリウスの前でぽつりと呟いた。彼女の瞳には涙がにじんでいた。
「私は、幸せになっていいの……?」
その問いに、ユリウスは微笑んだ。
「アメリア。私は、君の幸せになる資格を誰よりも持っている。だから……受け取ってくれるか?」
差し出されたのは、深紅の宝石が輝く婚約指輪。
「これは、国の未来を共に歩む者にしか渡さない。私の妃となり、王妃として生きてくれ」
アメリアはその場に膝をつき、震える手で指輪を受け取った。
「はい……喜んで」
涙が頬を伝い、彼女は微笑んだ。
第十章:王妃としての第一歩
正式な婚約発表は、エリュシオン全土を揺るがせた。
「アメリア・ランクフォード嬢を、次期王妃として迎えることを、ここに宣言する」
王宮のバルコニーでユリウスが高らかに告げたとき、民衆の拍手が鳴り響く。かつて“悪役令嬢”と蔑まれた少女が、今や国民から祝福される未来の王妃となったのだ。
──その隣で、アメリアは誓った。
「もう、誰にも流されない。私は、私として生きていく」
その手はユリウスの手と固く結ばれていた。