迷宮の顕現
頭蓋骨の内側、奥深くまで振動が伝わってくる。それは肌を舐めるように僕の身体を回折していく。骨を伝わり、体が震える感触を覚える。
手のひらが無意識に外耳へと動く。推定120dBくらいだ。逃げ出したくなる。人間が本能的に逃避行動をとる大きさだ。手は外耳を包み込んでいた。すぐに外耳道に人差し指を入れ鼓膜を保護する。
天井から吊るされた無数の警告灯が赤い光を放出している。作業場の壁は真っ赤に染められていた。波長630nmの単色光が人間の脳みそに「逃げろ」と訴えかけてくる。
あまりに激しい外部刺激に、恐怖と不安から足が震え始めた。
はっとして、意識を現実へと戻す。スキル<鎮静>が発動した。この異常事態に対応しなければいけない。そう思い、下唇を強く噛む。血が滲み鉄の味がした。
感覚器官からの情報が脳に送られている。それだけだ。そう自分に言い聞かせる。
<ある事柄が人の精神を動かすことはできない。その人の精神だけが判断に基づき行動を方向づける>
ある哲人の言葉を反芻しながら、サイレンに思考を乱したことを戒め、観察と分析に集中する。
今まで一部のコンベアで警報が鳴ることはあった。そのすべてが故障によるものだった。しかし、同時に複数起こるのは初めてだ。胸騒ぎがして出口の方へ身体をゆっくりと向ける。
勝手に持ち場を離れれば、ドロイドが躊躇なく罰として電気ショックを与えるだろう。今はこの場に留まることしかできない。チラリとドロイドに目をやる。
なぜ警報が鳴っているのだろうか。設備の不具合か?
それだけなら作業用ドロイドが対応に動いているはずだ。しかし、作業用ドロイドも警備ドロイドも沈黙のままだ。微塵も動かない。作業場の壁沿いにただ立っている。
おかしい。搭載されたAIの制御ネットワークに問題が?いや、それなら情報画面に遅延と表示されるはずだ。
腕時計型のデバイスへと、頭部をすっと傾ける。なんの異常も表示されていない。これだけ身に着けている物の中ではやけに洗練されている。画面はただいつものように「作业中/working/作業中 05:43」とだけ映し出している。
まさか、指令系統の異常か。ドロイドは総じてその演算を外部機器に依存している。何らかの異常が管理室に生じたのであろうか。思わず、顔を管理室のある方向へ動かす。
いや、ドロイド本体の異常も考えられる。内蔵された何らかの中枢部品の故障か?いや、それなら……
観察を続けるうちに、足元から伝わる大きな揺れを感知した。それは次第に強くなっていく。警告灯の点滅周期にばらつきが生じ始めた。
コンベアに触れていた腕の一部分、その感覚神経が刺激された。針で刺されたような感覚が走る。続けて、髪が逆立つ。身体の至る所の体毛が起き上がる。
作業服と肌が触れ合うところに、ぱちぱちとした音と軽い痺れが生じる。
その時だった。
轟音とともに、床が裂け、深い虚無が口を開けた。
視界が一瞬にして赤から黒へと反転する。