01 瞬光のユークリッド
本日の投稿、二話目です(この前に、挿話を同時投稿しています)
汚れてしまった牢を魔法で綺麗にする。
結界を解くと同時に部屋へ跳び、次にするのは着替えと荷造り。
リリスからもらった押し花の栞をカバンに突っ込むと、僕はその足でアグナ様の下へ跳んだ。
着地して顔を上げて早々に、ユークと目が合う。
ユークはまじまじと僕を見て、眉をハの字にしながらため息を吐いた。
「……匂うぞ、お前」
「……うん、ごめん」
「師匠は人の血の匂いが嫌いだから洗え。洗ってやっから」
庭の片隅にある井戸のそばにある大きなたらいに放り込まれる。
そこに水魔法でガンガンに水を注ぎ込むと、置いてあった石けんで乱暴に僕を洗い始めた。
「った! ユークもっと加減して!!」
「馬鹿野郎、俺に加減なんて求めんじゃねーよ」
ゴシゴシと頭も身体も洗われる。泡だらけになった後、勢いよく頭から水を大量にかけられて僕の水浴びは終わった。
「まあ、これくらい洗っときゃ良いだろ」
「相変わらず大雑把だなぁユーク……」
フェリティカ帝国第三皇子、ユークリッド=フェリティカ。
瞬光の魔法騎士の称号を持つ、雷魔法の名手。
黄金の髪に藍色の眼、そして特注魔道具の眼鏡。眼鏡がないとユークは人前に出られないという。他人の感情が見えすぎてしまうらしい。
そんなユークは僕の相談役であり、親友でもあり、悪友でもある。
「……で、お前の姫さんは大丈夫だったのか」
「うん、ヨランド様がきてくれて。薬を作ってもらった」
「そうか。良かったな。師匠んとこにはその報告か」
「うん……あと、相談」
「相談?」
「……というわけです」
ヨランド様のところに行ってから今までのことを一通りアグナ様(と、勝手に隣に座ってきたユーク)に報告する。
「なるほどな。わかった。先に言っとくがイオルム、お前がやったのはただの私刑だ。裁きじゃない。わかってるな」
「……っ、わかってます」
「わかってねえだろ、粋がってんじゃねえよガキ」
「ユークもガキじゃん」
アグナ様がため息をついた。
「まあ、デゼル言うところの魔女界隈の代表である大魔女に相談しに来るその度胸は褒めてやる」
「……ありがとうございます」
「まず今は、お前の眠り姫を護るためにどうしたら良いか、だったな」
「はい」
「クリ坊どう思う」
「……そうだなあ……手っ取り早いのは使い魔をつける、とかですかね。あと、クリ坊はやめてください、師匠」
「使い魔ねえ……こいつの言う事を聞くと思うかい?」
「……いや、思わねえ」
「ちょっと二人とも!?」
「だとしたら魔道具とか?」
「魔道具かあ……ウルフェルグは魔道具の普及率高いけど、あんまり気が乗らないなあ。僕の手で護りたいんであって、道具に頼るのはちょっと」
「……それなら、自分でつくってみるのはどうだ」
「つくる、ですか」
「メルグリスのところならできるんじゃないか?」
「ああ、爺さん……グリス翁なら、確かに」
「メルグリス、って、確か」
「ああ、剛砕の魔法使いメルグリス。世界最高の魔道具師の一人だ。
メルグリスがお前を相手にするかはわからんが、あそこには魔道具に関する本や資料がたくさんある。まず読んでどんなものか調べてみても良いと思うがね」
トントン、と人差し指でテーブルを叩くと、アグナ様は僕を見た。
「魔導具師塔はフェリティカ帝国にある。通常フェリティカは入国許可が要るが、魔道具師塔は例外だから塔の許可さえあれば塔への出入りだけは自由だ。クリ坊、許可取ってやんな」
「わかりました。それと師匠、クリ坊はやめてください」
ユークはすぐに魔道具師塔に申請を上げてくれた。許可が下りるまでは三日かかるという。
「三日後にここで待ち合わせようぜ。そしたら一緒に行ける」
「……僕、しばらくウルフェルグには帰らない」
「はあ!?」
「合わせる顔がない、誰にも」
「悪いけど今度は泊めないよ」
「わかってます。野宿します」
黙り込んだ僕とアグナ様を交互に見て、痺れを切らしたユークが叫んだ。
「……っほんとに辛気臭えなあもう!!俺んとこ来い!三日くらいなら置いてやる!」
荷物を持ち、ユークについて外に出る。
大人のフェンリルが寝そべる側に、子どものフェンリル二頭がいた。子フェンリルが駆け寄ってくる。
「イオルムー!」
「ひさしぶりー!」
「わあ、リンにモク。シンも久しぶり」
母親であるシンがこちらに目を向け、スンと顔を背ける。
「相変わらずシンは素っ気ないなぁ。リンもモクも元気そうだね」
「イオルムの匂いがしたからとんできたー!」
「イオルム遊ぼうー!」
体を擦り付けてくる二人の頭をワシワシと撫で回す。
「遊びたいのは山々なんだけど、今日はごめんね。また今度遊ぼう」
「えー!」
「やだー!」
「ごめんね、今日はほんと、勘弁して」
少し冷たい言い方になってしまった。
ハッとして二人を見ると、しょんぼりと耳を垂らしている。
「あ、ごめん、言い方キツかった……」
「こいつをうちに置いたら俺が遊んでやっから、待ってろ」
ユークが二人に言う。
「……わかった」
「イオルムごめんね、また遊んで」
「……リンもモクもごめんね。また今度ね」
「じゃ、行くぞイオルム」
「うん。シン、リン、モク、またね」
「またね!」
「今度は遊んでね!」
パチパチと電気が走る。
ユークが指を鳴らすと、転移魔法が発動し、次の瞬間には轟音と共にユークの邸の庭に着いていた。
「……相変わらず豪快だよねえ、ユークの転移魔法」
「これが一番楽だし早えんだよ。お前なら耐えられるだろ」
「まぁねぇ。普通の人だと、雷だから爆ぜちゃうもんね」
ユークの帰宅に気付いた、使用人のルジェが庭に出てくる。
「お帰りなさい殿下。おや、イオルム殿下、お久しぶりです」
「久しぶり、ルジェ。元気そうだね」
「ルジェ、こいつ三日間うちに泊めることにしたから、部屋の準備頼んでいいか」
「かしこまりました。ちょうどジョシーが掃除していたと思いますので、そのまま整えます」
「頼んだ。俺はもう一回師匠んとこに戻る。イオルム寝ろよ、クマがひでえぞ」
「……うん、ありがと、ユーク」
ユークが転移でアグナ様の元へ戻ると、ルジェに案内されて邸の中に入る。
「あれ、今日ルルは?」
「昨日から出ています。戻りは明日か、明後日かと」
「そっか。だからユーク暇なんだね」
「執務は溜まってるんですけどねぇ」
ルジェが苦笑した。
絶望の魔女ルルティアンヌ。
ユークの仕事のパートナーであり、ユークが執着する唯一の存在。
そして、ユークに殺されることを運命付けられている、滅びの魔女。
まあ、本人にそんな運命を嘆いてる様子は、微塵もないんだけど。
「ルルも気の毒にねぇ。ユークがあれだと大変でしょ」
「殿下はあれで隠してるつもりだから厄介なんですよ。さて、お泊まりいただく部屋はこちらです」
ルジェがドアを開いてくれる。大きな窓から庭と、皇都がよく見える部屋だった。
「……こんないい部屋じゃなくてもいいよ?」
「ここしか掃除してないんですよ。我慢してください、イオルム殿下」
「ユカ様がお戻りになったらお呼び……しなくてもわかりますね。それまでごゆっくりどうぞ」
ルジェが部屋から出て行くと、広い客室に沈黙が降りる。
「……クマ、そんなにひどいのかな」
鏡を覗き込む。……ああ、確かに、これはひどい。
「リリスが倒れてから、僕もほとんど寝てなかったからなぁ」
あ、しまった、侍医にお礼言うの忘れたや……とりあえず、ウルフェルグに連絡入れとくかな。
両手を身体の前で開き、紙鳥を喚ぶ。
「イオルムです。フェリティカのユークリッドのところにいます。しばらく帰りません。リリスをよろしくお願いします」
声を吹き込むと、「ウルフェルグ国王陛下のところへ。よろしくね」と紙鳥に魔力を与える。
僕の頭上でぐるりと一周旋回すると、窓の外へ羽ばたいていった。
「はー!疲れた」
ベッドにパタリと倒れ込む。リリス、いつ目覚めるだろう。
とりあえず休息を取ろうと目を閉じる。まるで底なし沼に沈むように、僕は眠りへ落ちていった。