挿話 回想-イオルムとリリス-
リリスと出会った時のイオルムの回想です。
関連作「お前よりも運命だ」の内容と重複します。
*この話と、次の話、二話同時に投稿しています
イオルム=ウルフェルグ。
僕は、欲がなかった。感情そのものが、生まれつき乏しかったらしい。魔力も多く、頭も良い。
能力だけなら僕が王太子になっても何らおかしくなかった。
しかし、全ては白か黒か。曖昧であることに耐えられない。政治的に今回は見逃すといった駆け引きができない。
誰かを虐げていた奴を、正義のもとに半殺しにしてしまうこともしばしば。問題児だが、危険すぎて手放すこともできない。それが僕の評価だった。
そんな僕にも伴侶をあてがわなければならない。十歳になる頃、そんな後ろ向きな理由での婚約者探しが始まった。
魔女と魔法使いとの出会いがきっかけで、多少マシにはなっていたものの、幼少の頃から根付いた僕の悪評は国中に広まっていて、顔合わせ以前に打診の前段階すら難しい。
そんな中で手を挙げてきたのが、公爵家のひとつであるセス家だった。
公爵家であるにもかかわらず、王家から打診をしなかったのはセス家の人間特有の執着持ち体質に理由があった。そして、国を真に支配しているのは自分たちだという驕り。
『いやだよ僕、面と向かってそんなこと言われたら女の子でも顔面に回し蹴りしちゃいそう。こんなんだけど王族として最低限の誇りはあるよ?』
『私の顔を立てると思って会ってくれないか、イオルム。足が出そうになったらすぐ止められるように騎士団長と魔道士長もつける。お前が望むなら私も同席する』
『うーん、決め手に欠ける。好きにしてもいい子を何人かもらいたいな』
『……死刑囚か』
『うん、元気な子』
ここまで無理難題を言えば父は折れると思っていた。けれど。
『わかった、二人でどうだ』
『えっ、良いの?』
『血痕ひとつ、髪の毛一本部屋に残さず片付ける。それができたならもう一人追加しよう。どうしても会ってもらいたいのだ』
『陛下! 正気ですか!?』
同席していた宰相が声を荒らげた。
『……本当だよ、正気?』
『セス公爵の妹が他国に嫁いでいるのだ。彼女からセス家の娘について頼まれているのもある。それもあるが、お前と性質は似ているはずなのだ。だから相性は最高か最悪のどちらか。お前が嫌いな、ほどほどやそこそこといった中間はない。
何より、お前には難が多いが、人の本質を見抜く目は王家の誰よりも確かだ』
『ふうん……』
顎に手を当て、しばし考える。
『わかった、父上がそこまで言うんだから会ってみる。立ち合いは士長たちだけで良いよ』
そして、運命の日。いつもなら、すっぽかすか大遅刻して行くのに今日は支度を整えていたため、迎えに来た宰相が固まっていた。
どことなく落ち着かなかったのだ。何か、何かが違う、そんな予感があった。ガゼボに近づくに連れて、胸が高鳴る。
まっすぐに下ろした長い黒髪が、ゆるく風になびいている。
ゴクリ、生唾を飲み込む。
声が届く範囲に入るか否かというところで、彼女がこちらを振り返った。
まだあどけない顔立ち。金色の瞳が、真っ直ぐに僕を捉えた瞬間、大きく見開かれる。それは僕も同様だった。
僕たちは出会った。出会ってしまった。
すぐに我に返り立ち上がると、少女は大人びた表情をたたえながら、少しだけおぼつかないカーテシーをして見せた。
『お初にお目にかかります。セス家が長女、リリスともうします。イオルム殿下、お会いできて光栄でございます』
鈴のような心地よい声。敵を叩き切らんばかりの魔力は、上手く秘められているが、わかる人間にはわかる。魔導士長が反射的に構えたのが見えた。
そして、身体の奥に見え隠れする、圧倒的な飢え。
同じだ。僕たちは同じ。
『顔を上げてリリス嬢。はじめまして、僕はイオルム=ウルフェルグ』
僕の言葉にリリスが顔を上げた。目を合わせた数秒の間に、魔力を交歓する。
跪いて、リリスの右手を取ると、その甲に唇を落とした。
『……僕は君のものだよ。そして君は僕のものだ、リリス』
ーーこの瞬間から、僕たちはふたりでひとつになった。
リリスに対して警戒していた魔道士団長が額に手を当て、僕の発言に宰相と騎士団長が顔を見合わせて肩をすくめたが、そんなことはもうどうでも良かった。
どいつも、どうせ僕の気まぐれ、すぐに飽きると思っていたのだろう。
そんなわけないじゃないか。こんなに一緒にいて心沸き立つ相手、どうして手放せる?
顔を見合わせうなずき合うと、二人で手を繋ぎ、国王陛下の執務室へ移動魔法で乗り込む。
『!!? イオルム?』
『国王陛下、私はリリス=セス嬢と結婚します』
「お前よりも運命だ」の第二部を読んでいただけると多少伝わるかと思うのですが、この二人、大変にお似合いです。THE 破れ鍋に綴じ蓋。