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07 魔女の祝福

 ヨランド様と国王陛下とともにリリスの部屋に行くと、リリスは薬を飲んだ時よりも顔色が良くなっていた。しっかりと胸が動き、呼吸をしていることが布団の上からでもわかる。


「リリス……」

 本当に良かった。ほっと胸を撫で下ろす。


 侍医が深々とヨランド様に頭を下げた。

天香(てんこう)の魔女ヨランド様、この度はお越しいただき大変助かりました」

「いいえ、この子にここまで回復の兆しが見えたのは、あなたをはじめとした城のみんなの力と祈りが届いた結果でしょう。さっき渡した残りの薬は、明後日の夕方に全量飲ませてちょうだい」

「しかと承りました」

 深く礼をし、侍医が部屋を出た。



 ヨランド様が枕元に立ち、リリスの髪を撫でる。

「あたしの子が本当にごめんなさいね……しっかり身体を休めて、元気になったらイオちゃんと一緒にあたしの小屋に遊びに来て。リリスちゃん、あなたに幸せがありますように」


 そう言うと、リリスの前髪を上げて額を露わにし、そっと唇を寄せた。

 わずかにリリスの身体が、やさしい緑色の光を帯びたように見える。



「じゃ、遅くなっちゃったし帰……っ」

 ヨランド様が突然うずくまった。僕達に背を向け、ゲホゲホと激しく咽る。

「ヨランド様!?」


「……っはぁ、久しぶりに大盤振る舞いしすぎたかしらね……」

 こちらを振り返ったヨランド様の口元に、口紅ではない赤い何かを拭った跡がある。

 そして、手にしている手巾は、赤く染まっていた。


「イオちゃん、覚えておいて。あたしたちは自由に見えて自由じゃない。

 魔女には魔女の、人には人のルールがあり、破れば罰が下るの。

 ……あなたは、目覚めたリリスに償い続けなければならない。わかるわね」

「……はい」


「ま、リリスちゃんが目覚めたらデゼルに全部チクってもらって、しっかり雷を落としてもらうことね。元気になったら二人で遊びに来なさい。ミルシラルの樹液が可愛らしいと思えるくらいクソ苦い薬草茶、ごちそうするわ」

「はい、必ず連れていきます」


 そう返すと、ヨランド様は黙ったままにこりと笑った。そしてキセルをくるりと回し、魔方陣を展開して転移していった。




「リリス」

 枕元に近づくと、リリスの身体はまだ淡く光っていた。


「あれ? ヨランド帰っちゃいましたか」

 デゼルがノックなしで入ってくる。そのままリリスの顔をのぞき込んで、小さく二度うなずいた。

「大丈夫そうっすね。しかも魔女の祝福付きだ」

「……魔女の、祝福?」


「おまじないの強烈なやつ、みたいな感じですかねえ。内容はささやかですけど、効果は絶大です。神頼みするほどよっぽど効きます。

 ヨランドが祝福してったなら、リリス様は大丈夫っすよ、殿下」


「そっか……良かった……」


 あとは、目覚めるのを待つだけ……


「待つだけじゃ、ダメだ」

「イオルム?」

 父上が訝しげに僕を見る。


「二度とリリスが倒れることがないようにしなくちゃ」

 強く手を握りしめる。


 僕のものだとあの日リリスに言ったのに。

 僕一人では何もできなかった。

 よくわかった。僕一人では、リリスは護りきれない。


「デゼル教えてくれ。リリスを護るために、二度と傷つけないために、僕はどうしたら良い?」



 僕の真剣な眼差しを受けて、デゼルは僕、そして父上を見た。

「ちょっと真面目な話をしますね。イオルム殿下はめちゃくちゃ魔力があります。才能もあります。それは間違いない。

 でもお二人ともおわかりの通り、統治には決定的に向いてません。そして俺たちへの弟子入りも認められない、つまり称号持ちにはなれない。

 あなたがこのまま()()()()()、リリス様と生涯をともにしようと言うのであれば、人間だけでなく魔女界隈も黙らせるだけの()()が必要だ」


「……何か」

「それが何かは俺にもわかりません。ただ、それを見つけるのは殿下、あなたです」


 そう言うと、デゼルはうーんとひとつ伸びをした。

「さて、もう夜も更けてきましたし、俺はもらった素材のイキが良いうちに作業したいんで引き上げますね。とりあえず明日にでもアグナ様んとこ行ってきたらどうっすか。ヒントはもらえるかもしれませんよ」



 デゼルが部屋を出ていくと、父上が僕の肩に手を置いた。

「……私も今日は休む。お前も大魔女様のところに行くなら、今日はもう」

「いや、その前にアレを始末しなきゃ。父上はもう休んで。付き合ってくれてありがとう。さっきネルサ侯爵に言ってくれた言葉、嬉しかった。こんな息子で、ごめんね」


 父上の返事は聞かずに、僕は牢へ転移した。





 ボゼン伯爵は、椅子に座り、呆けた顔で壁を見つめていた。


「やあ」


 声をかけても、返事はない。

 自白魔法の後遺症か。強くかけすぎてしまっただろうか。


「ちょっと今から、僕の憂さ晴らしに付き合ってよ」


 そして、返事を聞かず、右手の拳を頬に叩き込んだ。

 伯爵は椅子ごと床に倒れ込む。


 ドタドタと遠くから足音が聞こえる。

「うるさいなあ……」

 パチンと指を鳴らして、結界を張る。

 誰も、邪魔しないで。



 一切抵抗もしない伯爵の身体を踏みつけ、蹴り上げ、殴りつける。

 顔も身体も腫れ上がり、関節があらぬ方向を向いたところで、ふう、とひとつ息を吐いた。


「まだ終わんないよ」


 両手を伯爵の身体にかざし、治癒魔法をかける。

 壊れたものは、()さなくちゃ。

 直せば、また()()()からね。



 誰かが僕を呼ぶ声がする。

 結界が叩かれているのがわかるけど、誰も入れさせないよ。



『イオルム』


 リリス。

 僕が、護りたかった。

 僕のせいで、死の危険にさらしてしまった。


 ――僕のせいで。



 何度か壊しては直しを繰り返す。

 格子窓から、朝日が入ってきた。


「はー、もういっか」


 水魔法を使って気管を水で満たしていく。

 苦しそうにもがく伯爵の目に映る僕は、完全に表情が抜け落ちていた。



「じゃ、またいつか。地獄で会おうね」



 伯爵に向けて開いた手を小指から順に握り込む。

 その身体は四方八方から潰されて、跡形もなく消えた。

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