05 bonus track 秘密の基地で、秘密のキスを。
第三章【05 望まぬ邂逅】の数日前の話になります。
深淵の森に入って何日目だろう。
しとしとと静かに雨が降る夜、リリスの夢を見た。
ああ、これは婚約して間もない頃だな。二人で王城の中庭を手を繋いで歩いている。
『イオルムさま、どちらへ行くのですか?』
『イオルム、だよリリス。さまはいらない』
リリスがキョロキョロと辺りを見回す。誰も咎める人間がいないことを確認すると、にこりと微笑んだ。
『イオルム』
『リリス。この奥に秘密の場所があるんだ』
『まあ、わたくしも行けるのですか?』
『もちろん。僕と君だけの秘密にしたくて、作ったんだ』
木々の間を抜けていく。場所はなんでもない中庭の隅。
だけど、結界と認識阻害魔法を展開して、外からはわからないようにしていた。
『どう? 秘密基地』
『ふふ、本当に、秘密基地ですわね』
小さなテーブルに二人で向かい合うと、魔法でクッキーを出した。
『くすねてきた』
『まあ! いけませんわ』
ふふふ、と二人で微笑み合う。
『リリス、早くお城で暮らせたら良いのにな』
『十歳になるまではいたしかたありませんわ。ですが、イオルムと婚約したことでまともな教育が受けられるようになりましたの。ありがとうございます』
『……公爵家なんだから当然のことなのに』
『セス家とは、そういう家なのですよ、イオルム』
運命の狂信者、そんな言葉がぴったりはまる、リリスの生家であるセス公爵家。
今までも僕を蔑むような目で見ていたあの公爵は、リリスと僕が婚約した後に城で出会った時、すれ違いざまにこんなことを言い放った。
――命拾いしましたね、殿下。あれは我が家には不要なものですので、如何様にでもしていただいて結構ですよ。
ほんと、よくあの時の僕は反射的に手が出そうになるのを堪えられたなあ。
リリスにこぼしたら頭を撫でてくれたから、むしろラッキーだったのかも。
お前は知らないだろう、本物の運命に出会った時に一瞬で世界が変わるあの感覚を。
誰のおかげで今、そんなに大きな顔ができているのかを。
我々が今、どんな目でお前たちを見ているかを。
『リリス。僕は君の共犯者だ』
『はい、イオルム殿下』
『セス家の歪みを正して、君を女公爵にする』
『はい』
『そのために今は耐えよう。大丈夫、僕がいるんだから、リリスは絶対にその願いを叶えられる』
『ふふ、イオルムがそう言うと、できると信じられますわ』
『できるんじゃない。やるんだ。
……ねえ、リリス』
『なんでしょう、イオルム殿下』
『キス、して良い?』
『キス……くちびるに、ですか?』
『うん。……まだ、早いかな?』
らしくもなく心臓がドキドキしている。
初めて出会った時ですらこんなことにはならなかったのに。
どうしよう、嫌だって言われちゃったら。
平静を装ってリリスを見つめていると、わずかに目を伏せたリリスが、僕の手を少し強く握った。
『かまいませんよ。あなたはわたくしのものですから。わたくしも、あなたのものですし』
『ふふ、そうだね。それじゃあ、秘密の場所で、秘密のキスを』
目を閉じたリリスの唇に、そっと僕の唇を重ねる。
なぜかクッキー以外の甘さを感じて、僕は顔に血が上ったのがわかった。
『……っ、また今度、してもいい?』
『ええ、もちろんですわ。わたくしのかわいい殿下』
***
目を覚ますと、まだ外は暗くて。
数日前に押しかけてきた精霊たちが僕の身体のあちこちに止まって、すぴーすぴーと眠っていた。
「……ふふふ、懐かしい夢、見ちゃった」
胸がギュンってなるな。泣けないけれど、切ない。
人殺しになった僕にも、切ないなんて気持ち、まだ感じられるんだな。
リリス、僕のリリス。
早く、君に会いたい。
久しぶりの番外編投稿になりました。
短編のランキングから作者ページにアクセスして「きみすて」や「おまうめ」にたどり着いてくださった方々も多くいらっしゃいました。評価とブックマークも本当にありがとうございます。
きみすては割とシリアスな物語にもかかわらず、多くの方に読んでいただけて本当に嬉しいです。
今後の番外編の予定としては
・ミドガル創造後から、失踪後に謝罪に来るイオルムをぶん殴るまでのユークリッド視点ダイジェスト
・八割がリリス可愛いしか言ってなさそうなイオルムのリリス監s……ストーk……見守り日記
あたりを予定しています。
あと、グルメに軸を置いている気はまったくないのですが、
・魔道具師塔のみんなで味噌を仕込む話
・ちょいちょい出てくる「マチルダ様のワイン」についての話(これは数万字規模になりそうなので、たぶん物語を別で立てます……)
あたりも書きたいと妄想してます。引き続きお付き合いいただけると嬉しいです。




