05 魔女の理
毒の所有者、ネルサ侯爵は、貴族牢に捕えられていた。取り調べもその中で行われており、すぐ隣の小部屋からその様子を見ることができる。
「知らんと言っているだろう。勝手にボゼン伯爵が持って行って使ったんだ」
侯爵は、取り調べにも何の動揺も見せない。
「……ほんとにネルサ侯爵が黒幕なんですか」
「毒を持っていたのは事実だと本人も認めている」
捜査官たちがヒソヒソと会話をしている。
さすがに、僕が自白魔法を使ったというのは、公にしていないようだ。
「お仕置きって、どうするんですかヨランド様」
「……そうねぇ……あれが今の侯爵で間違いないのね?」
「……はい、その通りです」
同席していた国王陛下が答える。
「あなた、百年ほど前に心中が流行っていたのはご存知?」
「存じております。それと同時に、婚約者が不可解な死を遂げる事件事故が多発していたことも」
父上の言葉に、ヨランド様がうなずいた。
「その事故はまあ馬車とかいろいろあったけど、毒が使われたものの大半は、あたしの作品だったの。あの時も婚約者を殺すために使うことは想定外だったけど……まさか百年経って使われるだなんて、思いもしなかったわ。
ねえ国王サマ、あれ……あの一族は、国として裁くの?それとも、あたしが好きにして良い?」
「好きにする、とは」
「色々考えてるけど、サキュバス化しちゃった使い魔を持て余している仲間がいるから、その子にあげるとか。ただ依頼者まで遡るなら、魂を引きずり出して合成獣の実験をしてる仲間に託しても良いわね」
ものすごく悍ましいことを聞いた気がする。
父上も隣で聞くんじゃなかったと言いたげな苦々しい顔をしている。
「あー、それならその魂、俺がもらっても良いっすか」
「あらデゼル、良いけど何に使うの?」
「趣味で作ってる歴史回顧用の魔道具があるんですけど、ちょうどその辺の時期の記憶が足りなくて。データベースとして繋ぎます」
待って。
「なんでこんな人たちが称号持ちなのに、僕の弟子入りが許されないのか、納得いかないんだけど……」
僕のぼやきを聞き、ヨランド様とデゼルがこっちを見て苦笑した。
「イオちゃんがダメなのは」
「純粋すぎるからっすね」
「そんなわけで陛下、遡って裁くことは可能です」
デゼルのカラッとした言葉に、父上は重々しくうなずいた。
「よくわかった。……天香のヨランド様、堕楽のデゼル様。此度は申し訳ないが、あなた方に一任しても良いだろうか」
「そのつもりで来てるから安心して」
「俺も久々にそれっぽいことやっちゃいますねー、それこそ百年ぶりかなー。
イオルム殿下、二度目になっちゃいますけど、よく見といてください。今度は、俺たちと……あなたの違いを」
「で、陛下。記憶操作魔法、使いますんで」
「それは、私たちにも使われるんだろうか」
「使いません。王家の皆様には覚えていてもらわなきゃならないことなんで」
「そうそう、しっかり覚えといてね、魔女の理を破ると、どうなるのか」
「……その通りだ。よろしく頼む」
「あ、俺は見てるだけで良いんすよね、ヨランド」
「良いわよー。じゃ、始めましょうか」
カン!とヨランド様がキセルをドアに打ち鳴らすと、中にいた捜査官が前触れもなく倒れた。
室内の空気が変わったのが、隣の部屋からでもわかる。
「失礼するわよ」
ヨランド様がドアを開けて中に入っていく。
「お二人とも一緒に入ってください。結界、張ります」
デゼルの言葉にうなずいて、僕たちも後に続いた。
中にいたネルサ侯爵は、突然の乱入者にさすがに驚いたようだった。
「へ、陛下!しかもイオルム王子まで……何事ですか」
「ごめんね、用事があるのはあたしなの」
椅子から立ちあがろうとしたネルサ侯爵をキセルでまっすぐに指し示す。
「あたしはヨランド。ユジヌの薬師、天香の魔女ヨランドよ。それがどういう意味か、わかるわよね?」
「……は」
ヨランド様の言葉を聞いて、ネルサ侯爵が固まった。
「そう反応するってことは、やっぱりわかってるのよね。あんたが渡した毒、それを作った本人だって」
キセルの先で侯爵の顎を持ち上げると、睨みつけるように見上げながらヨランド様が笑った。
「あんな百年前の毒をわざわざ持ち出すなんて、良い度胸よね? 知ってたんでしょ? 処分すべきものだった、ってさ」
「え……あ……」
「それを罪のない女の子に飲ませるだなんて、とんでもないクズよね、あんた」
そのまま顔を近付けると、唇にがぶりと噛みついた。
よく見ると犬歯が獣のように鋭くとがっている。
「……っ」
めちゃくちゃ痛そう、思わず顔をしかめてしまう。
「一体何、を、あ、あああ」
ネルサ侯爵が喉をおさえて苦しみ出した。
椅子から転げ落ちてもがいているのを、ヨランド様が冷めた目で見下す。
「あの子の中に残っていた毒よ。あたしの中でたーっぷり濃縮して効用を高めておいたから、少しだけれどよく効くでしょう?」
ネルサ侯爵が何か言いたそうにこちらに目を向けた。
「あ、が、ぐぐぐ」
「え? あんな腐った家のやつを王家に嫁がせたりしたら国は終わりだ?
……そんなの知ったこっちゃないわよ。あたしが怒ってんのは、これの使い方が約束と違うってこと」
苦しんでいる侯爵をヨランド様が足で転がす。
ヒールが刺さって、それも痛そうだけど、転がされた本人はそれどころじゃないだろう。
「これは、百年前に『恋人と未来永劫添い遂げるために服む毒だ』と言われてあたしが作ったの。
……ねえ、なぜそれが今、あんたを苦しめてるの?」
「ぐ、が、あがが」
「ふんふん、俺は悪くない、親父がこう言った?
『これは魔女に作らせた特製の毒だ。これがあればセス家の奴らなど取るに足りない、ここぞという時に使え』ですって?
なるほどなるほど。よくわかったわ」
うんうん、と満足そうにうなずくと、ヨランド様はのたうち回るネルサ侯爵の手の甲に、どこからか取り出したナイフを突き立てた。
「ぎあああああ」
どくどくと流れ出した血が、まるで意思を持つかのように魔方陣を描いていく。
『これと同じ血を引くものよ、聞くがいい。我が名は天香の魔女ヨランド。我との契約を汝らの誰かがが破った、その代償を払う刻がきた。……さあ、一番悪い子はだぁれ?』
ヨランド様が侯爵の手の甲からナイフを抜き、自らの手の甲を切ると、滴る血を魔方陣に垂らした。
『おいで、あたしが直々に、話を聞いてやろうじゃないか』