12 毒を喰らわば皿まで
あの日、イオルムがわたくしに跪いた森の中で。
『……わたくし、帰り道はわかりませんわよ』
立ち上がったイオルムに告げる。
『ああ、そうだね。っていうか空から降ってきたよね!? あれどういうこと?』
『……魔道具師塔から、ユークリッド殿下に転移陣で跳ばしていただきましたの。そうしたら森の全てが見渡せるほど上空で焦りましたわ』
『ああ、ユーク……あいつ繊細なの苦手だから……』
イオルムが苦笑いする。
『どうしよう、歩く? それとも、転移で帰る?』
『歩くと、どれくらいかかるのかしら?』
『転移も何も使わずに歩くなら、森の入り口からここまでは丸五日かかるよ』
『確かに、かなり奥の方に来たなという感じはしましたわね』
『ちょっとだけでも、歩こうか』
『ええ』
『ええと……連絡入れておくのは城と魔道具塔とユークでいいのかな?』
『おそらくは』
『わかった。ちょっと待ってね。リリスも無事だって、報せてあげないと』
イオルムが両手をふわっと広げると、三枚の紙鳥が現れた。
『えーと、イオルムです。無事です。リリスも無事です。二人で帰ります。お説教は落ち着いてからでお願いしまーす』
全てに一斉に音声を吹き込む。
『君はウルフェルグ城に、君は魔道具師塔に、君はユークに。よろしくね』
それぞれ行き先の指示を受けた紙鳥は、各々の方向に羽ばたいていった。
『……じゃあ、行こっか、リリス』
『ええ、イオルム』
『この森でミドガルを創ったと、メルグリス様から聞いたわ』
『ああ、うん、そう。絶対にリリスを護れるだけの、強い素材が必要だと思ったから』
『材料に、猛毒があるとも伺ったのだけれど』
『そう。普通の魔法合金じゃ心許ないなと思ったんだ。毒見は絶対必要だったから、毒をもって毒を制す、だっけ? そういうことわざがあるんだって。だから、最強の毒見にするために最凶の猛毒が必要だと思って。あと、他の誰かが作った魔道具にリリスを護らせるっていうのが、嫌で』
『ヨルと呼ばれているのね』
『メルグリス様とかアグナ様とか……あの辺の人たちだけだよ』
『初めて知ったわ。ミドにヨルム合金なんて名前がついていることも、あなたがヨルムの名前で、実用化されてる魔道具をたくさん開発していることも』
『……うん』
『ああ、忘れてた!虫みたいに小さな魔道具でわたくしの行動を監視してたんですって!?』
『か、監視じゃないよ! 見守ってた、だ、け……』
わたくしのジト目を受けて、イオルムが肩をすくめた。
『ごめんなさい』
『さすがに着替えやお風呂は見てないわよね?』
『み、見て、ません』
怪しいけれど、今追及するのはやめましょう。
『……魔道具越しに見るリリスも、とても可愛いと思っていたけど、今日久しぶりに見たリリスは、とびきり可愛くて、ゾッとするほど美しかった』
ちらりとイオルムを見る。心なしか、頬が赤い。
『もったいないことをしたって、思った』
『……馬鹿ね』
『だから今から取り戻すんだ! 僕、リリスが大好きだから』
『……監視するほどに、ね?』
『監視じゃないよ、見守り』
瘴気の濃い場所から、少しずつ薄い場所へ移動する。
少しずつ、色とりどりの小さな光の粒が周りを飛び交い始めた。
イオルムー!
おつかれー
かっこよかったー
リリスのほうがかっこよかったよー
『精霊、たち?』
『ああうん。僕、ミドガルに使う毒を手に入れるために、この森でしばらく張ってたんだけど。その時に精霊たちに絡まれて。
それで、一緒にあれこれしてるうちに精霊魔法が使えるようになった。だから、話もできるんだ』
『……初耳よ?』
『……ウルフェルグでは、誰にも言ってないよ。リリスが、最初』
『ウルフェルグ、ってことは、ユークリッド様やメルグリス様などはご存じってことね』
むすう、と頬を膨らます。
『……あ、デゼルは知ってるか。でもそれくらい』
『わたくしも知っていたかったわ』
『もう、リリスってば』
らぶらぶー
らぶらぶだー
けんかのあとはなかよしだねー
『今、わたくしが精霊の言葉がわかるのはなぜ?』
『たぶん僕がそばにいるからだと思う』
ぬしー
ぬしさまおはなししよー
精霊たちの問いかけに、ミドガルが応える。
シュルリと指から抜け出すと、普通の蛇の大きさで森の中を進み始めた。
わーいぬしさまー
ぬしのにおいー
『主?』
『前の森の主だった大蛇の毒を使っているからね。まあそのうち、新しい主も決まるでしょ』
ちょっと待って。
『……つまり、あなたが主になろうとしなくても、いずれ誰かがなったってこと?』
『まあ、そう。ただ期間はわからないからね。あまり瘴気が溜まりすぎると、スタンピードも起きやすくなるから、そろそろ決まるとは思うんだけど』
『じゃあやっぱり主になろうって話は言い訳だったのね?』
『う……そうです。だってそうでもしないと』
『そうでもしないと?』
『……リリスを諦める、踏ん切りがつかなくて……
でも、言われて気がついた。僕が消えたら、リリスは次を見つけるんだ、って。絶対嫌だと思った』
『ねえイオ? 気付くの、遅すぎない?』
『う……』
やーいへなちょこー
へなちょこイオルムー
『よくおしゃべりするのね、精霊さんたち』
わーいリリスー
リリスとってもかわいいー
イオルムからきいてたのよりひゃくばいかわいいー
『まあ』
イオルムまえとってもしずんでたー
ぼくのせいでリリスがーってー
それでぬしさまがりしたのー
『ねえ、あとは僕が自分で説明するから』
リリスーイオルムよろしくねー
へたれだからー
へなちょこだからー
ねー!!!
『もーう、おしまいおしまい!!』
イオルムが手をばたつかせて精霊たちを追い払う。
『……まったく、おしゃべりなんだから……』
『ふふふ、さっき初めは絡まれたって言ってたけど、精霊たちにものすごく救われたんでしょうね、二年前のあなたは』
『……うん。いなかったら、もしかしたら心が折れてたかもしれない』
『あら、わたくしを諦めたってこと?』
『ううん、リリスを殺して一緒に死ぬとか、そういうやつ』
『……化けて出るわよイオルム……』
『だからやってないじゃん!! もう!!』
手を繋ぎながら森を歩く。後ろを歩いていたミドガルが、するするっと前に回りわたくしたちを先導しはじめた。
『……ねえ、イオルム。あの時どうして、ミドガルは剣でいることをやめたのかしら』
『んー、あくまで僕の推測だけど、リリスに手を汚させたくなかったんだと思うよ。リリスを護るために創ったのがミドガルだから、誰かを傷付けるために使って欲しくなかったんじゃないかな。
少なくともあの時、僕はもう死んでも良いって思ってたよ。その幕引きはミドガルに頼もうとも思った』
『……ミドガルもわたくしを裏切るのか、って、絶望したのよ? あの時』
『リリス……』
『でもあなた、本当にへたれだものね! あれだけわたくしがヒントを出していたのに、うじうじもだもだして!』
『……だって、僕がリリスに触れたらダメだって』
『そんなことは一言も言ってないから思い込まないでちょうだい』
『……はい。今こうして、リリスと手を繋げて、すごく幸せ』
『ふふ。さっきあなた、ミドガルに嫉妬してたでしょう?』
『だって、頬寄せあったり、キスしたり、僕だってしたかったのに』
『すればよかったでしょう……それとも、今する?』
『へっ!』
『……しましょうか、イオルム』
足を止めて、イオルムを見上げる。
イオルムが、不安そうにわたくしを見た。
『し、舌も』
『舌? 舌も入れたいの? おませさんね』
『ちがっ!! 僕、舌も蛇みたいになってて!』
『そうなの? ふふ、可愛いじゃない』
『可愛い!? っていうか第一、僕もう十八なんだけど!?』
『ミドガルの舌をたくさん見てるから、平気よ、イオルム』
『えっ……ええっと……』
不安気にイオルムが辺りをキョロキョロと見回す。ふと何かに気付いて、ぎっと目つきが変わった。
『監視されてる!』
『監視?』
『もう、グリス翁かな!? ダメダメ、これからいいところなんだから……』
パチンと指を鳴らすと、周りの音が遮断された。
『……結界?』
『うん、外から僕らが見えないように。……リリ』
向かい合ったイオルムがわたくしの顎を持った。
ペロリと舌なめずりしたその様子で、舌先が細くなっていることを確認する。
『ミドガル、あっち向いてて』
イオルムの言葉を聞いて、ミドガルがシュルシュルと結界から出ていった。
『これで、ふたりきり』
イオルムがわたくしを見てにんまりと笑った。目が光り、蛇眼が発現している。
『……ごめんねリリス。僕はもう、君を手放せないと思う』
『ふふふ、威勢の良い蛇さん。蛇のお肉は鶏みたいにあっさりいただけるそうよ?』
『えええー食べられちゃうの?』
わざとらしく驚くイオルムを、じとりと見てみせる。
『獲物ですもの』
額を合わせてふふふと笑いあう。イオルムの唇が触れ、細い舌がわたくしの唇をペロリとなぞって促した。
イオルムの腕がわたくしの背に回る。
『……っ……』
自分の腕も、イオルムに回して。
ああ。
イオルム。
わたくし、やっぱりあなたが好きだわ。
毒を喰らわば皿まで、だったかしら。
毒を飲んだのはわたくしも同じ。
お互いに、骨の髄までしゃぶり尽くし合いましょうね。
最後までお読みくださり本当にありがとうございました。
この数年後、結婚して大変に仲睦まじく無双している二人の様子は、関連作である「お前よりも運命だ(おまうめ)」の第二部でご覧になれますので、ぜひこちらもお楽しみいただけますと幸いです。
おまうめからの流れできみすてを読んでくださった方も、もう一度おまうめ第二部を読んでいただけると違った楽しみ方ができるのではないかと思います。まあ、こんな殺す殺さないのやり取りしたら、そりゃ仲睦まじくもなるよね……と書いた本人としては思っております。
【番外編について】
森での殴り合い(イオルムは防戦一方でしたが)については、イオルム視点があります(公開済)。イオルムの一人称で進みますので精霊ちゃんたちのツッコミ(という名の心の代弁)が入ります。このへたれが!!(笑)
その後も番外編を不定期で更新予定です。二年間逃げ回りながらストーキンg……否、見守りをしていたイオルムの惚気などを更新予定です。あとはミドガル(ヨルム合金)にご執心のメルグリス様とか書きたいですね。
ユークリッドとルルティアンヌがメインの物語も今後新作として執筆予定です。こちらも楽しんでいただけるよう、目に留まるように精進します。
【お願い】
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