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【本編完結】君のために僕は人を捨てた【番外編不定期更新中】  作者: アカツキユイ
第四章 あなたがいない(なので取り戻す)

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10 相応しい男

「……っあ」



 ああ、やっぱり。

 イオルム、あなた、自分が消えればそれで解決と思っていたのでしょうけれど。

 その先にあるわたくしの人生など、まるで考えていなかったのね。


 わたくしの悲願は生家のセス家における女性の権能復興。

 それを果たすためには王家の皆様のお力だけでも十分かもしれない。

 けれどその先、権能復興させた後は?わたくし一代で終わらせるわけにはいかないでしょう?

 そうなれば、わたくしは子を成さなければならない。


「……やめ、て」


 そうねえ……子どもは作れるだけ作りたいわ。

 本家も分家も、できることなら焼き尽くすつもりでいますから。繋げるためには数が必要ですもの。



「やめて……リリス」

 イオルムが、今にも泣きそうな顔をする。

 ――何を、今さら。


「なぜ?」

「なぜ、って」

「わたくしが見定めた共犯者たる()()がそうあることを放棄したのに?」


 そうよ。わたくしに運命と、()()であると認められたのよ?

 とても光栄なことだと思わない?

 それを自ら捨てたのは。

 イオルム、あなたではないの。


「……っ」

「ああ、それともわたくしが壊れてしまったと思っているの?」

 愛しいミドガルに微笑みかけると、イオルムに冷ややかな眼差しを投げる。


「わたくしを壊したのはどなたでしたか? イオルム殿下。わかりきっていたことでしょう。わたくしが差し出した心を踏みにじり続けたあなたが、何を、今さら」


「ぼ、くが?」

「そう。わたくしの心はあなたにことごとく砕かれた。

 一番そばにいて欲しい時に、あなたは隣にいてくれなかったではありませんか」


「だっ……て、リリスは僕のせい、で」

「そうね、イオルム様がわたくしを捨てたせいで」

 まるで今知ったような顔をなさるのね。

 この二年間、わたくしは、こんなにあなたを求めてきたのに。


「ちがっ! 僕がリリスと婚約、したから」

「婚約なんて破棄すればいいだけですわよね。実際、陛下が何度も継続して良いのかと確認してくださったのよ?」

「違う!! ……っ」


 そう、婚約など破棄してしまえば良かった。

『イオルムは残念だが、処理は如何様にもできるから』と、陛下は言ってくださっていた。


「ふふ。わたくしが公爵家を奪還したら、ミドガルはメルグリス様にお預けしようと思いますの。意思を持ち、かつ単体で動くヨルム合金はこの子だけだと教えていただきました。魔道具師の皆様がたくさん()()()()()くださると仰るので、お任せしようかと。わたくしには、過去の男の身代わりなど、不要になりますので」


 ミドガルが、手の中でカタリと震えた。


 ――気付いて。

 気付いて、イオルム。



「……え」


 イオルムが、今日一番の絶望した表情を見せる。



「……捨て、るの?」

 捨てる?捨てる、ねえ。



「捨てる?先にわたくしを捨てたのはあなたでしょう。わたくしは次の、わたくしだけを常に()()にしてくれる男を盾にする。……それだけですわ」



 ――イオルム。

 ねえ、どうか。


 それでも笑ってみせましょう。

 どんなに心が血を噴いていても。

 心が、悲鳴をあげていたとしても。


 心が折れたイオルムが地面に膝をつく。

 そのまま、呆然とした表情で座り込んだ。


 ――つまらない男。


「……二年、二年よイオルム。心が離れるには十分な時間だと思わない?」

 ミドガルを構え、イオルムに近付いていく。


「に、ねん?」

「まあ、まさか気付いていなかったの!?」

 そうでしょうね。あなたは可哀想な自分に夢中で、時の流れなどまるで意識していなかったでしょう。


「……でもそうね。二年も婚約者をほったらかしにするなんて、よほどの人でなしくらいよね。ね?イオルム」



 二年。

 あなたはだいぶ身長が伸びたわ。

 わたくしも、それなりに伸びたのよ。

 本当にわずかにだけれど、胸も大きくなったの。

 子を成せる身体にも、なったのよ。イオ。



「……ねえイオルム様」

 ミドガルの剣先を、真っ直ぐイオルムに向ける。


「あなたがわたくしにミドガルをくださった時、イオルム様は仰いました。

『こんな僕は、嫌いになった?』

 と。

 わたくしはこう答えたと記憶しています。

『嫌いになるわけがない』

 と」



「……」

 小さくイオルムがうなずいた。

 そう、それは、覚えているのね。

 ――覚えているのに、信じられなかったのね。

 わたくしの、言葉を。


「それなのにあなたはわたくしを避けた。

 あの時こうも言っていらっしゃいましたね

『僕が選んだ』

 と。

 あなたはミドガルをわたくしに与えるために、人の理を外れて蛇眼を手に入れた。

 ……わたくしが、その目を気持ち悪いとでも言ったことがございましたか」



 初めて見た時、確かに驚いた。驚くなという方が無理だろう。

 でも、ミドをわたくしに与えるためにそうなったのだと、わかったから。

 ……そのためにどれだけのこと、犠牲が必要だったかを知ったのは今日だったけれど。



「わたくしが同情や哀憫の心を抱いているとでも思っていらしたの?だから婚約を破棄も解消もせず、城に留まっていたとでもと思いですか?」


 わたくしが、そんな薄っぺらい感情で、あなたのそばに留まり続けたと。

 イオルム、あなたはそう思っているのね。


「わたくしがあなたを見定めたのは、たかだか七歳の、わがまま放題に育ってきた公爵家の令嬢の気まぐれだったのでしょうか」


 今でも思い出せる、あの瞬間は。

 まやかしだったのかしら、イオルム。



「……あなたが蛇眼を手に入れた時、自分が選んだと言ったわ。

 ねえ、イオルム。わたくしもあなたと出会った時、自分で()()()のよ?

 わたくしがあなたと出会った時、わたくしにはわかった。

 この男がわたくしの、『運命』だ、と。

 ねえイオ、セス家における『運命』は、なんだって説明したかしら」


 ――獲物。


 そう、セス家の人間にとって、運命とは獲物。

 刻み込まれた狩猟本能と、嗜虐心を満たしてくれる、生贄。


「……はあ。わたくしをもっと楽しませてくれると思っていたのだけれど、残念だわ」


 本当に、残念だ。

 ミドガルを鼻先に突きつける。

 イオルムが今にも泣きそうな顔でわたくしを見上げた。



「わたくしの見る目がなかったのかもしれないわね。次は叔母様が見繕ってくださるお話だし、よりわたくしを満足させてくれる上質な獲物が見つかることを願いましょう」


 ――そんなの、出会えるはずがないのに。



「……まっ」

 イオルムが声を振り絞った。

「なぁに?役立たず」


 何度でもえぐってやる。

 みんなの気持ちを代弁するだなんてたいそうなことはできないけど、わたくしの思いなら高純度で投げつけられる。



 今日、魔道具師塔で、空白の期間のあなたを知ったわ。

 距離を置きながら、それでもわたくしを見てくれていたのだと。

 わたくしは、嫌われたわけではなかったのだと。


 それでも、ねえ。

 怒ってもいいわよね?

 憎んだって、良いわよね?

 イオルム。



「まっ、待って、リリス」

「二年も待ったのに、まだ待たせるの?イオルム」

「……っ」


 わたくし、待ったのよ。

 これでも十分、待ったつもり。


「……もうこれ以上、わたしは待てない。

 ですから今ここで。

 あなたと道連れにわたくしの心も殺してゆきます」



 ――あなたが好きだった。

 ううん、今でも。

 だけれど、わたくしはいつまでも恋する少女ではいられない。



「……は」

「イオルム殿下を今でもお慕いしてやまないあの日のリリスを、あなたの亡骸と一緒に埋めて行こうと思いますのよ」


「なん、て」


 なんて?

 あなたが、今でも、好きだと。

 そう言ったのよ?イオルム。

 だけれど。


「セス家の男たちのように、受け容れてもらえない自分本位な愛を獲物に与え続けるなんて、今のわたくしにとっては屈辱以外の何物でもございませんの」

「リ、リ」



 そんなに追いすがりたそうな顔をするのに。

 それでも、あなたは手を伸ばさないのね。


「ですがそれももうこれでおしまい。あの時、貴方様に勝手に運命を感じてしまい申し訳ありませんでした、殿下。せめて最期は、苦しまずに逝かせて差し上げましょう」




 さようなら、わたくしの大切な、大切な初恋。

 ミドガルを振り上げる。心なしか、ミドが重い。

 イオルムもどうせなら、そんな驚愕した顔じゃなくて、もっと穏やかな表情をしていて欲しかった。


 ごめんね、ミドガル。あなたをイオルムの血で汚すことになってしまって。

 ごめんね、リリス。それでもわたくしは、前に進まなければいけないの。

 ごめんね、イオ。繊細なあなたを待ち続けてあげられなくて。……大好き。


 真っ直ぐにミドガル振り下ろす。

 首に届こうというところで、突如展開された結界に弾かれた。



「っ!!」


 その隙を見てイオルムがわたくしに飛びかかってきた。

 そのまま地面に押し倒される。

 とっさにイオルムの首筋にミドガルの刃を当てた。


 ……久しぶりにあなたから触れてくれたのに、それがこんな形だなんて、皮肉なものね。


「どうしたの?今さら死ぬのが、怖くなった?」

「……『ごめんね、イオ』」

「……」


 口にしてしまっていたのか。

 チッと舌打ちが出る。


「なんで、なんで? リリス、僕が、君のそばにいたら、君に、触れたら……」

 わたくしに馬乗りになりながら、イオルムの表情は戸惑ったままだ。


「……わたくしが、いつそれを望んだの?」

「それ、は」

「わたくしが、いつあなたを拒んだの?

 答えて、イオルム」


 望んでない。

 拒んでもいない。

 ――わたくしはずっと、イオルムを待っていた。


 なのに、逃げたのは、あなたよ、イオルム。

 だからわたくしは()()()()()()()。それだけのことなのよ、イオルム。

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