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【本編完結】君のために僕は人を捨てた【番外編不定期更新中】  作者: アカツキユイ
第四章 あなたがいない(なので取り戻す)

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07 いざ、深淵の森へ

「……お、おう、わかった。しかしあんた王子の婚約者だとは思えねえ格好だな、それで行くのか」

「逃げるイオルムを走って追いかけるつもりでしたのでこの格好で参りました。もしドレスやスカートであっても、いつでも剣の鍛錬ができるよう、魔道具の中に一式納めておりますの。常に携帯しておりますわ」


「……ハハッ、抜かりねえな。爺さん、転移陣使えるか」

「もちろん。魔力の補充はしとらんから、クリ坊やってやれ」

「だからクリ坊はやめろっての! いくぜ、リリス嬢」

「はい。メルグリス様、ありがとうございました。生きて連れて帰れるよう、善処いたします」

「ほほほ、首から上だけでも構わんぞ」


 急げ、とユークリッド殿下に入口から声をかけられる。

 深くお辞儀をすると、殿下の後について部屋を出た。



「悪いな、俺が直接転移魔法で飛ばしてやれれば早えんだが、出力が高すぎて称号持ち並みの魔力量がないと爆ぜさせちまうんだ」

「爆ぜる」

「さっき雷で来たろ?」

「ああ! あれですか!」

 確かにあれはわたくしには無理だ。間違いなく爆ぜる。


「しかしこいつ、本当にいい出来だなぁ」

 ユークリッド殿下が優しい目でミドガルをご覧になる。

「……だが、示さなきゃ伝わるもんも伝わんねえ。リリス嬢、あんた一人で行かすが、俺も手を貸すぜ」

 右手にパリパリっと電気をまとわせると、その手でミドガルに触れた。

「雷、ですか?」

「いや、電気じゃなく速さにした。リリス嬢が望めば、それだけ速く応えるように意図を込めた。祝福までは行かねえ、応援みたいなもんかな。しっかりぶん殴って来てくれ」


「ありがとうございます。瞬光のユークリッド様」



 転移陣がある部屋に着く。

 殿下が床に手をつき、転移陣に魔力を込めながらこちらを見た。


「行ったことねえ場所だと通常地図とか必要なんだが、今回はイオルムの匂いをぷんぷんさせてるそれがいる。引き合って逆探知みてえな役割を果たせるだろうから、そいつを信じてイオルムの元に跳べるよう願え。

 覚えとけよ、魔法を使う時に一番大事なのは、『願い』と『意図』だ」


「『願い』と『意図』」

「そうだ」

 転移陣から手を離し立ち上がると、ユークリッド殿下は大きくうなずいた。


「今の俺の願いはただ一つ。

『あのバカヘビ野郎をボコボコにぶん殴りてえ』

 それだけだ。よろしく頼むぜ、リリス嬢」


「お任せください」


 力強くうなずくと、転移陣が金色に光り。

 刹那、わたくしの身体がそこから消えた。




「えっ!!?」

 シュン、と音がして転移が成功したと思ったら、そこは空中だった。すぐに地面に向かって落下し始める。


「嘘でしょう!!?」

 爆ぜなかったのは良かったけど、空中に放り出される想定はしていない。

 しかもかなり高いところに出て来たようだ。広い樹海のほぼ全体が見渡せる。

 それにしたって広すぎる。あの雷皇子、大味すぎるでしょう!?


「ミドガル! イオルムの場所はわかる!?」

 右手のミドガルに尋ねると、ミドガルは首を持ち上げ、あっち、と頭の動きで方向を示した。

 ここからでも、その辺りに靄がかかっているのが見える。


「あれが、瘴気……」

 あんなものを身体に大量に取り込んだら絶対に死んでしまう。急がなくては。


「ミド、わたくしなるべく早くイオルムの元に辿り着きたいのだけれど、鳥のように一直線に行けるのが一番いいと思うの。力を貸して!」



 そう告げると、ミドガルは少し考えるような動きをし、大きさを変え始めた。

 この森にいそうな大きな蛇になり、わたくしを頭に乗せるとそのまま体をくねらせ滑空し始めた。


「そういえば、密林には空を飛ぶ蛇がいるって聞いたことあるわ……」

 なんでも、肋骨を広げて飛ぶとかなんとか。体をくねらせる時にわたくしが動きの妨げになるから頭に乗せたのね。

「……それにしたって空気抵抗が……っ!」

 結界魔法を張るとギリギリ耐えられる程度に軽減される。

 ミドガルは空を滑りながら、勢いよく瘴気のモヤへ向かっていた。




「ミド、あなたも、イオルムの願いを受けて生まれて来たのね」


 メルグリス様の言葉にも重なる。

『これは本当に、純粋に、お前さんを護りたいという気持ちだけで作られたものじゃ。ヨルですら同じものは二度と作れん』


 イオルムからこの子を受け取った時、初めてイオルムの蛇眼を見た。


『ごめんリリス、こんな僕は、嫌いになった?』


 あの時の、イオルムの泣きそうな表情をわたくしは忘れることはない。


 イオルムは人外の力を手に入れたのだと本能的にわかった。

 でもそれは魔女や魔法使いといった称号持ちの方々も同様。

 単純に魔法が使えるだけのわたくしたち人間とは、明確な差がある。



 その後、何度か来てくれたお見舞いでも、途中で蛇眼になっていることはあった。けれど、それも少しずつ減り、最後にお見舞いに来てくれた時には終始いつもの瞳になっていた。

 あれはうっかりではなくわざと? もしかしてわたくしは試されていたの?


 リハビリを経て公務に復帰したあとの公式行事で、わたくしの手を取るイオルムは手袋を欠かさなくなった。

 外してと頼んでも、寂しそうに『ごめんね』と首を横に振るだけだった。


 城にいない日が、少しずつ増え、しまいにはほとんど城にいることがなくなった。


 蛇眼のことを気にしているのはわかっていた。

 会いたかったけれど、会えばイオルムが自分が人間の枠からはみ出してしまったことを自覚して苦しめてしまう気がして、言えなかった。

 彼の繊細な心を、どうにか守りたかった。



 何百通もの手紙を部屋に置いた。

 久しぶりに顔を合わせる時には、侍女たちにとびきり美しくなるように仕上げてもらった。

 手袋越しのふれあいでも、わたくしの思いが伝わるように、祈って、想って、手を重ねた。

 あなたを大切に想っていることを、わかって欲しかった。



 ――わたくしが、巻き込んでしまったのだ。

 本来であればもっとマシな……魔力を搾り尽くされるにしても()()()()死ねたはずなのに、わたくしが毒に倒れ三ヶ月も眠り続けたせいで、()()()()()()さえも捨てさせてしまったのだから。



 ……と、思っていたのだけれど。

「お互いに言葉が足りなかったとは言え、侮られたものだわ」

 チラリとミドガルがこちらを見た。

「ありがとう、もうすぐね。着地の時に衝撃を緩和する魔法を使うから、耐えられるギリギリまで飛んで、剣に変わってくれる?」


 上空からでも感じる。イオルムの気配。

 普段は出力量を抑えているはずなのだけれど、森の中だからかそれもない。

 明らかに異質な、以前感じていたものとは違う魔力。

 ここで得た力だから呼応しているのかもしれない、と考えていると、ミドガルが体を小さくし始めた。


 目を凝らすと、茶色いコートを着た人影が見える。髪は、青。


 空気の淀みがはっきりと見えてくる。

 そして、明らかに境界だとわかる、瘴気の壁。


 イオルムはその手前で、立ち止まっていた。


 ああ、イオルム。

 わたくしが見つけた『極上の獲物』。


「……瘴気なんかに喰らわせやしない。

 いくわよ、ミドガル!」


 ミドガルの頭から飛び上がる。

 瞬時にミドはわたくしの手に収まり、長剣の形をとった。


 イオルムが、壁を越えようとする。

 ――絶対にさせない。



「はああああっ!!」


 ミドガルを振りかぶり一気に畳み掛ける。


「イオルムうううっ!!」

「リリス!?」

 イオルムが驚きに目を見開いた。

 一瞬、瞳孔が縦に開きかけて、すぐに戻る。

「……っ!!」



 ああ。

 こんな再会の仕方なんてしたくなかったわ。

 愛しいイオルム。


 イオルムが飛び退き攻撃をかわした。

 つい数秒前まで獲物がいた場所に着地すると、そのまま蹴り出してイオルムに攻撃を仕掛ける。


「!!」

 イオルムが障壁を張り、キィン……とミドガルが弾かれ、わたしごと吹き飛ばされる。


「リリスっ!」


 膝を抱えて身体を丸める。

 姿勢を立て直すと、ネコのように静かに着地した。



「どこに行くの!イオルム!!」


 ――わたくしを置いて。どこに行くのよ、あなた。

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