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04 嘆きの樹海とナリツグモドキ

 転移した先は樹海のど真ん中だった。一応持ってきたコンパスを見ると、全力でぐるぐる針が回っている。

 少し開けたところで太陽の位置から方角を確認すると、南へ向かって歩き出す。


 目当てのミルシラルは、すぐに見つかった。

「大きいなあ」

 ミルシラルの樹は思っていたよりだいぶ大きかった。

 あたりをぐるりと見回す。蜘蛛なんて影も形も見当たらないんだけど、本当に切ったら集まってくるのかな……。

「たぶん出てくるんだろうなあ……」

 デゼルはともかく、ヨランド様が嘘をつくとは思えない。


 腰にくくりつけていたポーチから、ナイフと小瓶を取り出す。

 凸凹とした地面の中で姿勢を保ちやすそうな場所を探して両足で踏み締めると、一思いに幹を切った。


 その瞬間、頭がぼうっとしそうなほど甘い匂いがあたりに立ち込める。

 ほどなくして、ガサガサガサとたくさんの音が聞こえてきた。


 ナリツグモドキだ。


 足元を大量の気配とガサガサとした落ち葉を擦れるような音が駆け抜け、ミルシラルの幹に集まってくる。

 ……これ、身体を這い回られた時のことしか考えてなかった。視覚的にもアウトじゃん。

 これが蜘蛛かよと言いたくなるような、青緑に光る胴と硬質な脚。どちらかというと兵器型魔道具に近い。


 心を無にして、小瓶の中に垂れ落ちる樹液をただ眺める。

 少しずつ滲み出る樹液が、ぷくりと雫になり瓶の中に落ちていく。

 きっとリリスが飲まされた毒も、こんな小瓶に入っていたのだろう。


 部屋に運び込まれた時の、顔色が土気色に染まったリリスが頭をよぎる。

「……っ」



 ピタリ。

 木の幹を行き来していた蜘蛛の動きが止まった。

「!!」


 ギギッと鳴いて、僕の身体を這い回り、服の上から大きな顎で噛みついてくる。

「……っ痛ぁ……」



 感情が揺らぐと噛まれる。

 噛まれた痛みでまた揺らぐ。

 そして噛まれる。



「……いたい、いたいよ……」

 まだ樹液は言われている量の半分くらい。


『いざとなったら、ミルシラルの樹液、少し手にとって舐めなさい。ものすごく苦いけど、苦さで全部吹っ飛ぶわ』


 ヨランド様の言葉を思い出し、樹液を少し指ですくおうとして、はたと気付いた。


 ああ、そうか。これも罰か。

 ……それなら僕は、きちんとこの痛みを受け止めなくちゃいけない。


 リリスの苦しみや痛みは、こんなもの(あとでなおせる)ようなものでは、ないのだから。


 そこから僕は、ただ樹液が垂れる様子を見つめながら、蜘蛛たちに噛まれ続けた。

 気付いた時には、小瓶の三分の二ほど、樹液が集まっていた。




「殿下お帰りなさい、早かったですね……って、顔真っ赤じゃないですか!」

 帰ってきた僕を見て、デゼルが今まで聞いたことないような素っ頓狂な声を上げた。


「……イオちゃん、樹液舐めなかったの?」

 道具を取りに僕の部屋にいたヨランド様が、痛々しげに僕を見る。


「……リリスの痛みを考えたら、僕もちゃんと味わわなきゃと思って」

 小声でそう言うと、ヨランド様はため息をついた。

「あんたの姫はそれで喜ぶの?」

「……たぶん、怒る。でも僕の気が済まなくて」


「……」

 僕の手から小瓶を取り上げると、ヨランド様は小瓶を開けて樹液を薬さじ一杯すくい、僕の口に押し込んだ。

「!!! っ、にっが!!!」

 思わぬ奇襲に喉を押さえながらうずくまる。


「痛みが罰ならこの苦味も罰だ! 忘れんなよイオルム!」

 そう吐き捨てて、ヨランド様は用具を乱暴に掴み部屋を出て行った。


「……傷、治しましょうか、殿下」

「いや、自然に治るまでこうしておく」

「人前に出るでしょうよあんた」

「……そしたら、人前に出るまで、こうしておく」




 身を清めて、傷薬を塗ると、リリスの部屋に向かう。

 ドアを開けると、強烈な薬の匂いが充満していた。

「……っわ、すごい匂い」

 デゼルが鼻をつまむ。

「ヨランド様の小屋は、この十倍はすごかった」

「マジっすか」


「ちょうどできたところよ」

 ヨランド様が釜の中で煮詰まった薬を眺めていた。

「たくさん樹液を集めてきてくれたから、二回分できたわ。ありがとね、イオちゃん」

「……はい」


「じゃあ早速飲ませたいところだけど、イオルム、この子とキスしたことは?」

「……へ?」

「したことないなら、初めてをもらっても良い?」

「……はじ、めて?」

「ファーストキスよ」


 ヨランド様の言葉の意味を理解して、顔が赤くなる。

「あっ、あっ、あるよ!!」



「あるんですか」

 デゼルが苦笑した。

「オッケー、初めてが済んでるなら許してね。今回は口移しで投薬させて」


「口移し?」

「薬効が最大限発揮されるように、魔法をかけながら飲ませるの。……もちろん、イオちゃんが許せばだけど。どうする?」


「お願いします」

「さすが即決」

「良いの?」

「リリスのためなら、迷う理由なんてないから」


 ヨランド様をまっすぐに見ると、ヨランド様は力強くうなずいた。

「ありがとう。あたしに任せてね」



 模様……おそらく術式が刻み込まれた木のカップに一回分の薬を注ぐと、ヨランド様が僕に近付いてきた。

「イオちゃん、ここにあなたの魔力を込めてくれる?」

「僕の魔力を?」

「そう。リリスちゃんが早く良くなるように。毒が早く抜けるように。穏やかに眠って回復できるように。あなたもアグナから散々聞いているでしょう?魔法は、願いと意図よ」


「……込めすぎるとなんか悪いことありますか」

「カップが適量を教えてくれるわ。感覚でわかるまで込めて良いわよ」

「わかりました」


 ヨランド様からカップを受け取る。その瞬間に、刻み込まれた術式が反応したのがわかった。

 手に持ったカップに、魔力を集中させる。



 リリス。

 僕の唯一、僕の運命。

 早く苦しみが消えて、身体が楽になりますように。

 もう一度、一緒に笑い合えますように。



 しばらくすると、カップが反応しなくなった。

「……これで、良いですか」

「十分よ、ありがとね」

 ヨランド様は微笑みながらカップを受け取ると、くるりと踵を返してリリスの枕元に立った。


「それじゃあ、可愛い婚約者さんの唇、いただくわね」

 僕に向かってウインクした後、ヨランド様は静かに目を閉じた。


「殿下、しっかり見といてくださいね」

「……デゼル?」

「魔女が大魔法を他人に見せるなんて、そうそうあることじゃないですから」


 はっとしてヨランド様を見る。



『我、天香の魔女ヨランドが命ず』

 カッと目を見開くと、同時に膨大な魔力が部屋を包み込んだ。

『彼の者を蝕む我が子よ、汝の役目は終わった。正しき道へ導けずは我が罪、報いの時まで我が身で眠れ。この手に在りし我が子よ、彼の者を癒やし救わん。余すことなく癒さんとせよ』


 魔力が渦を巻きカップの中に吸い込まれる。カップの中の薬を一思いに口に含むと、ヨランド様はリリスの顎を持って口を開かせ、静かに唇を重ねた。


 ――口付けがこんなに厳かで清らかなものだと、僕はこの時初めて知った。



 ほどなくしてリリスの身体が萌葱色に光り、しばらくすると、その光が収まった。


「……おいで、イオルム」

 顔を上げたヨランド様が、優しい顔で僕を手招きする。

 恐る恐るベッドに近付くと、リリスは穏やかに息をしていた。表情も今までより安らいでいる。

「これで大丈夫でしょう。残りの一回は二日後に飲ませてやって。ああ、口移しはダメよ」


「えっ」

「……狙ってたんすか、殿下」



「さあて」

 ヨランド様が指を鳴らした。

「次はお仕置きの時間だわ」

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