05 魔道具師塔へ
翌日、朝食を摂り身支度を整える。
わたくしを前に逃げ出すイオルムを走って追いかける可能性も鑑みて、ドレスやワンピースはなし。剣の稽古の時に着るパンツスタイルを選んだ。
髪を後ろで高くひとつに結ぶと、アクセサリーケースの中から、婚約して間もない頃にイオルムにもらった髪飾りを選ぶ。
様々な青の石を通した飾り紐。わたくしの大切な宝物。
「本当に、昔から器用だったわよね」
化粧は……塔の方にもご挨拶が必要だし最低限整えておきましょう。
薄くまぶたに色を着け、唇に紅を塗る。
「いらっしゃい、ミドガル」
窓際でとぐろを巻いていたミドガルが、静かに右手中指に収まった。
「それじゃあ、行きましょうか」
管理棟の地下、デゼル様を訪ねる。
「おはようございます、デゼル様。本日はお手数をおかけいたします」
「おはようございますリリス様。送るだけなんで大したことないですって。それにしてもずいぶんと軽装ですね」
「ええ。イオルムが逃げ出したら全力で走らなければと思いましたので」
「……ハハハハハ、違いない! あのへなちょこ殿下なら間違いなく逃げ出す!」
しばしきょとんとなさった後、デゼル様は大声で笑ってくださった。その姿に、わたくしも肩の力が抜ける。
デゼル様がわたくしへすっと手を差し出した。意外にスマートな動きもできる方なのね。
「では参りましょうか、魔道具師塔へ」
転移魔法で着地した目の前には、てっぺんが見えないほど高くそびえ立つ塔があった。
「こちらが魔道具師塔です。メルグリス様は最上階にいらっしゃるので、一緒に上がりましょう。あ、高そうに見えますけど思ってるほど登りませんよ、階段も魔道具なんで」
デゼル様がそう言ってドアを開けようとすると、内側からドアが開いた。
「来たかデゼル」
「えーチルギどしたの!? お前が下まで降りてくるなんて珍しい」
「イオルムの姫さんが来るっつうから迎えに来た」
「ええ!? 他人、しかも、婚約者に興味持つなんて珍しいじゃないチルギ」
「……見てみたかったからな、イオルムの女。ただ、残念だがイオルムはここにはいない」
「それは期待してないから平気だよ。
リリス様、これは刻光のチルギ。魔石師です」
「初めまして、チルギ様。イオルム=ウルフェルグが婚約者、リリス=セスと申します。本日はこのような格好で失礼いたします」
「よろしく。なるほど、これがイオルムの。……はは、ベタ惚れするのもよくわかる」
「でしょ。なのに逃げまくって、本当に始末が悪い」
「メルグリスは今ちょうど出てる。そんなにかからず戻るはずだから、それまで俺が案内する。デゼル、そろそろ次んとこ潜るつもりだからまた連絡する」
「オッケー。じゃあリリス様、頑張ってくださいね」
「ありがとうございます、デゼル様。持って帰るのが首から上だけになっても怒らないでくださいね」
「叩き斬るんですもんね、良いですよ首から上だけでも」
ヒラヒラと手を振って、デゼル様はウルフェルグに帰って行った。
「では、よろしくお願いいたします、チルギ様」
チルギ様を振り返り頭を下げると、チルギ様は目を見開いたまま固まっている。
「……」
「いかが、なさいましたか?」
「……っああいや、首から上だけってセリフを聞くとは思わなくてな。さすがイオルムの女だなと思っただけだ」
「イオルムの、女」
「ああすまない。気を害したなら謝る。あいつしょっちゅう惚気てたからな。イオルムはリリス嬢を『自分の女』呼ばわりしたことはないぞ」
「ふふ、そうでしたか。別に気は害しておりませんのでご安心ください。そう呼ばれるのが初めてで、新鮮でしたので」
……不思議な気持ちになるものね、『イオルムの女』と呼ばれると。
「正しくは、イオルムが『わたくしの男』なのですよ、チルギ様」
「どうやらそのようだ」
チルギ様が愉快そうに笑った。
「そういえば、デゼル様に言っていた潜る、とは」
「遺跡だ」
階段を登りながらチルギ様が答えてくださる。
「化石になった魔石を掘りに行くんだ。デゼルはデゼルで歴史学者みたいなことをしてるだろう? 一緒に掘りに行くんだよ」
「そういうことでしたのね」
すれ違う人たちが珍しそうにわたくしたちを見る。わたくしを、というよりはチルギ様が珍しいようだ。
「みなさんチルギ様を見て驚いていらっしゃるようなのですが」
「俺は面倒くさがってほとんど移動しないからな。俺がこうやって階段を上り下りするなんて、三年に一度あるかないかくらいじゃないか?」
「まあ! そんな貴重な一度をわたくしのためによろしかったのですか?」
「むしろここで使わずにいつ使うんだ?」
お顔がよろしい方の無精髭にメガネ、なかなかの破壊力ですわね……。
「ふふ、ありがとう存じます」
「ああ、ここが十六階。あいつが修理する時に使ってたフロアだ」
十六階。
「いつの間にそんなに上がってきたのでしょう」
「はは、そういう仕組みになってんだ、ここは」
十六階は、区切られることなく大きな一間になっていた。
「いつも修理待ちの魔道具が積まれてるんだが……あいつ、ほとんど片付けて行ったな」
「片付けて……」
「戻る気はないってことだろう」
チルギ様が舌打ちをする。
「上に行こう。最上階にあいつの机もある」
フロアを出ようとすると、「あれ、チルギ様」とチルギ様を呼び止める声がかけられた。
「トメキ。どうした」
「イオルムがいなくなったって騒ぎになってて……ええと、そちらの方は?」
「イオルムの婚約者、リリス=セスと申します。イオルムがお世話になっております」
トメキと呼ばれた浅黒い肌の男性に頭を下げる。
「あ、ああっ、いえ、僕は何も。こちらこそイオルムにはいつもお世話になってます」
あわあわと慌てる姿が微笑ましい。
「メルグリスは戻ってるか」
「どうでしょう……お昼前には戻ると出て行ったそうなので、そろそろだとは思うんですけど」
「わかった。俺はリリス嬢を最上階に連れて行く。メルグリスが戻ったらすぐに上まで来るように伝えてくれ」
「わかりました」
「行くぞ、リリス嬢」
「はい。それでは、失礼いたしますね」
ひたすら階段を登り続けて、最上階に到着した。まるで魔道具師の知の結晶が詰まっているかのよう。全てが眩しく、重い。
ここまで登ってくる中で見ていたフロアの様子から、かなり散らかっていることを予想していたけれど、思っていたよりも片付いていた。
「やっぱまだ戻ってないか」
チルギ様がため息をつく。
「とりあえず俺は下に戻る。そこがイオルムの机だ」
「ありがとう存じます、チルギ様」
片隅の小さな机。本が数冊、平積みにされている。
「魔道具基礎に毒物、魔法……合金」
「よく来たのう、お嬢さん」
背後から声がかかる。ハッとして振り返ると、そこには長い顎鬚をたくわえたご老人が立っていらした。
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