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【本編完結】君のために僕は人を捨てた【番外編不定期更新中】  作者: アカツキユイ
第四章 あなたがいない(なので取り戻す)

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03 肉塊

「なんだリリス。イオルム殿下はいないのか」


 デゼル様に魔道具師塔への出入り許可を申請していただいた翌日。

 王妃殿下にお誘いいただいたお茶の席へ向かう途中で背後から声をかけられた。


 そのまま素通りしたい感情をぐっと堪え、戦闘用の笑みを貼り付けて振り返る。


「お父様、お母様。ごきげん麗しゅうございます」


 セス公爵家の現当主ヴィリバルト。そしてその妻、ザシャ。

 わたくしを産み落とした肉塊たち。


「相変わらず辛気臭い顔をして。そんな様子だからイオルム殿下に逃げられるのでしょう?」

 女の言葉に、ピシリと頬が引きつる。

「逃げられる、どういうことでしょうか」


「知っているぞ、あの悪虐王子が失踪したのだろう。いよいよ愛想を尽かされたようで残念だな」

「まあ、愛想を尽かされただなんて、そんな事実はございませんわ」


 喉元まで上がってきている侮蔑の言葉をぐっと飲み込み、早くこの二人をやり過ごすことを考える。


「まったく、イオルム殿下も十歳そこらで運命などと嘯いて。種も熟さぬ青臭い子どもが運命の相手を見つけられるはずがないのだとようやく現実を知ったのではないか?」

「ホホホ、セス家の男たちは必ず運命を見つけますものね。それも自分の血筋を次に繋げる力を得てから、正しく見極める。……お前もあの女(シャルロッテ)も羨ましいのでしょう? 欠陥品のくせに」


 ……こんな安い挑発に腹を立ててしまうわたくしは、まだまだ堪え性が足りないようだ。


「度々お名前を出されるシャルロッテ様は、とても素敵な御方なのでしょうね、お母様がわざわざ貶めなければ気が済まないほどに」

「なっ……!!」


 はあ、話すだけ無駄だわ。


「それではお父様、お母様。わたくし王妃殿下とお約束がございますので失礼いたします。お兄様にもどうぞよろしくお伝えくださいませ」


 不敬と捉えられるか否か、際どいくらいのおざなりな礼をしてその場を後にする。

 後ろで吠えるサルなどどうでも良い。わたくしにはやることがある。


 ミドガルがぴたりと手の甲に身を寄せた。その冷たさに癒されながら、わたくしはひとり城の奥へと向かった。




 王妃殿下のプライベートサロンに着くと、王妃殿下のほかに王太子妃のグリセルダ様も既にいらしていた。

「お義母様、お義姉様、お待たせしてしまい申し訳ございません」

「いいのよリリス。あれらに出会ってしまったと侍女が報告してくれたわ。間が悪くてごめんなさいね」

「とんでもないことでございます。あれらを容易くいなしてようやく半人前だと思っておりますので。腹を立ててしまったわたくしはまだまだ青いようです」


「相変わらずばっさりと斬りますわね」

 お義姉様が愉快そうに笑っていらっしゃる。

「肉親であられる公爵ご夫妻と似ても似つかないリリスが好きよ」

「ありがとうございます、お義姉様。あれは肉親ではなく肉塊ですわ」


「ふふふ、あなたがここで肉塊と一刀両断するところまでが様式美ね」

 お義母様も満足そうに笑ってくださった。



「イオルムが本当にごめんなさいね、リリス。いい加減に婚約を破棄しても良いのよ?」

「ありがとうございますお義母様。ですがイオルムはわたくしが選んだ獲物(おとこ)。最期まで責任を持って躾けたいと思っております」


「本当にねえ。どんなに優秀でも人間性と精神面が未熟では使い所も限られるし。リリスのおかげでなんとかそれらしい印象を保てているというのにあの子ときたら」

「その幼さゆえの発想に救われてきたことも事実ですわ、お義母様」


 少し口調を崩すと、お義母様がホッと表情を緩められた。やはり気になさっていたようだ。

「……リリスはどうしてそんなにイオルム様に固執するのかしら。正直、あなたに合うパートナーは探せばいくらでもいると思うのだけれど」


「それは何を以て合う合わないを判断するのか、だと思いますの、お義姉様。セス家の猛々しさはお義姉様もよくご存知でいらっしゃいますよね。政治よりも、家の利益や繁栄よりも、わたくしは『わたくしが求める者』を重視しております。それを満たす者が運良く近くにいて、婚約を結ぶことができた。それだけですのよ」


「ええ、知っているわ、リリス。でもそれを選んできた結果が、今のあなただから私は心配しているの」

「ありがとう存じます、お義姉様。今この瞬間も、わたくしにとっては結果でありながら同時に過程です。まだ十五年しか生きておりませんわ、まだ先は長いのでしょう? 良い人生だったかそうでなかったかは、逝く時に判断致します。ですからあの(へたれ)が失踪したことも、取るに足らぬこと」



「……リリス。不安なら不安だと言っても良いのですよ?」

 お義母様がわたくしの目をまっすぐにご覧になる。


「言葉数が増える時、あなたは自分を正当化するために武装していると知っておきなさい」

「……ありがとう存じます、お義母様。ええ、確かに不安はございます。ですが同時に湧き立つ心もあるのです。逃げたイオルム(えもの)をどう捕らえるか。捕まえたら二度と逃げようと思わぬように教えて差し上げなくては」


「リリスが言うと本当にやりそうなのよね」

 隣に座るお義姉様がわたくしの手を握った。

「あなたは強いわ、リリス。その成熟した精神、苛烈さ、わたくしよりもよほど王妃に向いていると思う。だけれど、まだ十五歳の女の子なの。ご実家がああだと大人にならざるを得なかったのだと理解はするけれど、自分の心を大切にしてね」


 お義姉様はとても辛そうで、なぜかわたくしまで胸が締め付けられる。お義姉様も、お義母様も、わたくしを心から気遣ってくださっている。

「……お二人とも、ありがとう存じます。もし泣き言を言いたくなったら、その時は聞いていただけますか?」


「ええ」

「もちろんよ」

「ありがとう存じます。その時は、ギッタンギッタンにあの男をこき下ろして笑い者にしてやりたいと思いますわ」



 お茶会を終えて自室に戻る途中、ふと管理棟を見て昨日のデゼル様の言葉を思い出し足を止めた。

「……地下にいると仰っていたわね」


「ああリリス様。()()()()いらっしゃいましたか」

 地下には扉がひとつしかなかった。ノックするか躊躇っていると、デゼル様が階段を降りていらした。

「大したものはないっすけど、良ければお入りください、お姫様」



「実は陛下や殿下方もここには入れたことがないんですよ」

 部屋を入ってすぐのところに現れた椅子に座る。

「女性のお客様は初めてっすね。ようこそ我が研究室(ラボ)へ」


「研究室……?」

「俺は歴史研究が趣味なんです。ウルフェルグのことなら、たぶんこの世界の誰よりも知ってます。

 あ、警戒しなくて良いですよ。俺の欲求は知識に全振りしてるんで。第一、あなたに手を出したら、その右手のヘビに咬み殺されるでしょうからね」

 パチリとこちらにウインクしてくる。すると、ミドガルがわたくしの右手から抜け出し、本来の大きさになってデゼル様の元へ這っていった。


「はー、ほんと良くできてる。殿下の愛と願いと執着の賜物(たまもん)だなこれは」

 ミドガルをまじまじと見てニヤリと笑うと、デゼル様は古いソファに乱暴に腰を下ろし、足を組んでわたくしと目を合わせた。


「こいつの珍しさや異常さは塔で聞くのが良いでしょう。俺からは何を話しましょうか。殿下のことでも、ご生家のことでも構いませんよ?……リリス=セス様」



「……ふふ、()()()()知りたいとお願いしたら、叶えてくださるのかしら」

 わたくしの返しに一瞬固まると、デゼル様は豪快にお笑いになった。

「ハハハハハ!! ああもう最高ですね、さすがセスの女。そうじゃなきゃあのヘタレ殿下は御せないっすよね」

 ひとしきり笑うと、デゼル様は不敵な笑みを浮かべる。


「構いませんよリリス様。俺の知識があなたの迷いを晴らすのであれば、どちらも喜んで教えて差し上げましょう。もっとも、知ったことによってさらにあなたを迷わせる可能性も、なくはないですけどね」


「ご心配ありがとうございます、デゼル様。それは知ってから悩みますわ」

「はは、それは違いねえ」



 パン、とデゼル様が手を打つと、わたくしのそばにあった小さな椅子の上にカップが現れた。

「お上品なティータイムを過ごされたと思うんすけど、ここには生憎ティーセットの準備がないんで、カップで勘弁してくださいね」


 内側にだけ釉薬がかかった素焼きのカップ。触れると想像より熱く思わず手を引っ込めた。

「ああすみません、保温がきつかったっすね。俺が熱いの好きだから、弱めましょうか」

「このままで構いませんわ、デゼル様。少し驚いただけですので」

「そうっすか? じゃあそのままにしときますね」


 デゼル様は音を立ててお茶をすすると、手品をするように両手を広げた。

 いくつかの本がふわふわと浮かんでいる。

「話せることなら、なんでもお話ししますよ」


「ありがとう存じます。そうですわね……セス家について、まずはお聞きしてもよろしいですか?」

「もちろん」


「王家も知らない真実、はございますか?」


「ははは、いきなりぶっ込んでくるなぁ。さすが華麗にして苛烈」

 満足気に笑うと、デゼル様は一冊の本をご自分の腿の上に置いた。



「セス家は元々臣籍降下した王族が興りなのはご存知ですね。それは事実です。そしてさらに付け足すならば、セスは王家の呪いを押し付けられた家だ」


「……呪い」

「捕食者たれというのがセス家の矜持ですよね?王家が捕食者だったら、国はどうなりますか?」

「それは……さぞ荒れるでしょうね」

「その通り。王家は捕食者としての血を全てセス家になすりつけた。遺伝的執着持ち(オブセシブ)と言われていますが、異様な執着と運命思想は、ここに由来します」


「……なるほど」

「ですが面白いのはセス家の人間、流れる血がそれを全く悲嘆したりすることなくむしろ嬉々として受け入れてることなんすよ。心当たり、あるでしょう?」



「……ふふ、確かに。悲嘆などしておりませんわね。むしろとても快いものとして受け容れている。なるほど?わたくしのこれは、血によるものなの」

「その全く疑問に感じてないところ、最高に狂ってて良いっすね。代々女性が当主だったというのはご存知ですかね」


「ええ」

「それを疎ましく思った男性に、貶められたことも」

「ええ」

「セス家特有の苛烈な性質は女系にしか受け継がれません」

「……へえ。つまりあの男たちはいきっているただの()()()ということね」

「ははっ、そうですね。いやーリリス様がイオルム殿下を獲物に定めたのよくわかるなぁ。……あれは()()でしょう?」

「……ええ」


「殿下の話は後でしましょうか。セス家は王家にとって非常に扱いづらい家です。ですがその苛烈さを正しく飼える女性が上に立っているうちは良かった。自覚と矜持がありましたからね。それが自己顕示欲にくらんだ男どもがしゃしゃり出てきたことによってややこしくなった。本当にただ引っ掻き回すだけ、しかも、真に王に相応しいのは自分たちだと言って憚らないようないきったクソガキの家になった」

「……情けない」


「とまあそういう過程を楽しく眺めるのが俺の趣味であり生きがいです。だからそれを覆そうとするリリス様のご勇姿も大変興味深く拝見しています」

「ふふ、堕楽のデゼル様にそう言っていただけるなんて、光栄ですわ」

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