13 除外者
「……っおい、起きろ!!」
バシャン、と水をかけられる。
「……っっ、つっめた……っ!!」
目を開けると、そこにはチルギ様がいた。
「あ、れ……チルギ、様」
僕の眼を見ると、チルギ様は目を伏せて長いため息をついた。
「十日連絡がなければ回収に来いって紙鳥送ってきたのはお前だろうが。
……それで、お前、やったのか」
「……ええと、結果的に?」
えへへ、と笑ってみせる。
おはよーイオルム
イオルムやっとおきたー
よかったー
ぬしさまもげんきだよー
魔法合金が静かに僕のそばまで来る。
「これです。僕がつくった魔法合金」
「これは錬成じゃなくて創造だな」
ぬしさまと呼ばれている合金を見てチルギ様が呟いた。
「全く新しいもんだ。メルグリスに見てもらえ。あいつ興奮しすぎてぶっ倒れるぞ」
錬成のために張っていた結界は、チルギ様が来た時に精霊たちが解いたらしい。
「お前の結界、かなり強力だな。ユークリッド仕込みだったか」
「そうです」
「あれもバケモンみたいなもんだからな」
「はい。……僕は本当に化け物になっちゃいましたけど」
自嘲気味に吐き捨てると、チルギ様が僕の頬を両手でむぎゅっと挟み、自分の方に向けた。
「……バケモンじゃねえ。お前は人を捨てたんだ。お前が自分から捨ててやったんだよ。胸を張れ。人間連中はわからんが、お前は俺たちの仲間だ。同じじゃないが、同類だ」
「……はい。ありがとうございます」
「んで、それでだ」
ガサガサとチルギ様が自分のリュックから何かを取り出す。
「あるんだろ、森の主の魔石。愛でながら酒盛りする気で良いワイン持ってきたから、乾杯しようぜ」
「……十日眠ってた僕にいきなりお酒飲ませるのもなかなかじゃないですか、チルギ様。
あ、生ハムありますよ」
チルギ様が魔道具師塔に通信を入れてくれる。
今日は森で過ごして、明日魔道具師塔に戻ることになった。
洞穴の入り口で焚き火の準備をしながら、チルギ様が僕に尋ねる。
「それで、お前、眼の見え方とかは違うのか」
「見え方は変わらないですね。もう少し馴染めばコントロールもできそうなんですけど、まだこのままで。少しでも自分の意思で普通の眼に戻せるようにならないと、さすがに城にも帰れないかなぁ」
「そうか。力の使い方が根本的に変わってるだろうから、そこは確認した方がいいな。暴走しても困るだろ」
「はい」
チルギ様が火をつけようとしたところで、火の精霊がふわりと枝に近付いた。
つけてあげるわ
「ありがとう。お願いするね」
小さく焚き火が燃え始めると、チルギ様がため息をついた。
「……あんまり人には言うなよ」
「ええと、それは眼ですか? 精霊魔法ですか?」
「どっちも。俺たちは見りゃ一発でわかる。そうじゃない奴らには、言わない方がいい。色々と揺らぐ」
「揺らぐ……?」
「いきなりもてはやされたり、崇められたりする。それだけじゃねえな、阿る奴も排除しようとする奴も出てくるだろう」
「ああ、そういうことか……まあ大丈夫でしょ、僕、元々『悪虐王子』で『人でなし』なんで」
「それは結構なことで。
……んで、何があったか、先に聞いても良いのか。それとも、塔に戻ってからメルグリスと一緒に聞く方がいいのか」
「ああ、よかったら先に聞いてくれますか? 要領得ないと思うんですけど。メルグリス様のところとアグナ様のところでも報告しないといけないと思うんで、練習として」
「……酒の肴だ、聞いてやろう。ついでにどうして生ハムを作ることになったのかも教えてくれ」
「なるほどなぁ」
最後まで話を聞いたチルギ様は、カップに半分ほどあったワインを一気に流し込んだ。
「美味いよ生ハム。初めて、しかも十日で作ったとは思えないほどよくできてる」
「ありがとうございます。もう一本あるんで、そっちを塔に持って帰ります。この原木は、このまま森に置いていきます」
やったー
なまはむううう
「俺は金属は専門じゃないが、話を聞いてる限りだとイオルムの選択はどれも最善だったと思う。まあ細かい反省は塔に戻ってジジイとやれ」
「はい」
「……意思を持つ魔道具は精霊憑き以外にはない。これは本当にとんでもないやつだ。あ、魔石見せてくれ」
バッグの中に入れていた森の主の魔石を手渡す。
「……ワイン」
差し出された木のカップにワインを多めに注いだ。チルギ様は魔石を見つめたまま、こちらには見向きもしない。
「……これ、国宝級だな」
「え!? そんなに!?」
「大きさがまずやばい。このサイズ感がこのまま手に入ることは天災級の魔獣を討伐しない限りない。あと透明度。向こうが完全に透けて見える。
硬度もトップグレードとまではいかないがかなり高い。……久しぶりに見たなこんな魔石。で、これで指輪を作るんだったか」
「そうなんですけど……」
チラリと魔法合金を見る。意思を持ったこいつは僕などまるで無視して、精霊たちの話を聞いている。
「魔石、預かっててもらっていいですか。合金がああなった以上、指輪に加工されてはくれないと思うので」
「あーわかった。うちの結界金庫で大事に預かっとく。たぶんこれ、国買えるぞ」
「国宝級ですもんねえ……」
はあ、とため息をつく。
生ハムを切ろうとすると、精霊が寄ってきた。
なまはむー
おいしいなまはむー
「チルギ様がすごく幸せそうに生ハムの話をしたから食べたくなったって言われましたよ」
「生ハムうまいじゃん。ワインにめちゃくちゃ合う。ミツノイノシシが最高だと思ってたが、フタツノイノシシの生ハムもかなりイケるな」
生ハムを切って精霊たちに渡すと、喜んでみんなとわけ始めた。
「お前の婚約者はかなり顔色が良くなって目覚めるのも時間の問題だとユークリッドが言ってたぞ。早く会いに行けるように、その眼、なんとかしないとな」
「……はい。でも」
「でも?」
「たぶんリリスを前にしたら、制御なんて効かなくなっちゃうだろうな」
「……お前の女は、蛇眼に引くような軟弱な女か」
「違います。……違うと思い、ます」
「じゃあ城の中、人の目があるところだけなんとかできりゃいい。引かれたり拒絶されたらその時考えろ。まずは大切な婚約者のためにここまでやった自分を誇れ」
「……はい」
「しかし、お前が森に来た目的を聞いて一から麻を育てて一枚布にさせた、か」
生ハムをかじり、チルギ様が焚き火を見つめた。
「森の主、俺は会えたことはなかったが、怨嗟を取り込み続けるには優しすぎたんだろうな」
「はい」
「大事にしろよ、その命」
「……はい」
翌日、魔道具師塔に戻る前に、チルギ様の前で全力の魔力展開をさせられた。
「魔力回路とか確認しといた方がいいだろ。今のお前だと、戻ったらやる場所を探すのが大変だからな」
「はい……ええと」
「ああ、手加減はするなよ。神様だろうがなんだろうがたかだか十数年しか生きてないヒヨッコに負けるほど弱くはないぞ。全力の一撃、寄越せよ」
「……ふふ、わかりましたあ」
「……」
――僕は何もしなくていい。
『おいで』
無数の氷の槍が発現する。空気が一気に冷え込む。
「……おいおい」
――ただ、命じるだけ。
『……殺せ』
命じると同時に、一斉にチルギ様を目掛けて飛んでいった。
撃ち込まれる轟音とともに激しく地面が揺れ、砂埃が舞う。遠くで鳥が羽ばたいていくのが見えた。
砂埃が落ち着くと、そこには大きなハンマー型の魔道具を持ったチルギ様がいた。服が裂け、頬に傷がついている。
「……殺す気でやったな?」
「手加減するなって言ったじゃないですか」
にっこりと笑ってみせる。
「ふふふ、よくわかりました。本当に人じゃなくなっちゃったってことが」
長く目を閉じて開くと、人間の眼に戻せた。
「たぶん大丈夫です。大丈夫そうなんで、身体のことは報告するのやめます。わかる人にはわかるだろうけど、僕からは言いません。
……ふふ、もう、何も怖くないや」
――リリスに、嫌われてしまうこと以外は。
見守っていた精霊たちが、わっとそばに寄ってくる。
わーイオルムかっこいー
つよーい
リリスもきっとよろこんでくれるね
ぬしさまもいるもんねー
「うん、ありがとう。……本当に、ありがとね」
「……ったく」
チルギ様が苦笑しながら頭を掻いた。
「とんでもねえな、除外者」
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