10 格の違いと無慈悲な慈悲
数をこなすうちに、コツも本気の出しどころもわかってきた。
解体と洗浄を一気に処理しながら、シャオとトメキと雑談をする。
「余裕じゃないイオルム」
「んー、そう見せてるだけだよ?せっかくだからとびきりの釣果出したいじゃない?」
「……絶対敵に回したくない……」
トメキの目が冷たい。
「ルルが連れて来たってことは、あっち絡みの子なんじゃないの?シャオ」
「…….詳しくは言えないけど、そう」
「うーんそっかぁ」
大きめの服の下、手首にバングルを着けていた。あれは魅了封じだ。
「なるほどねぇ。それはメルグリス様も扱いに悩むわけだ」
バングルは外せないようになっていて、外そうとすると身体中に激痛が走ると聞いたことがある。
自己判断で着け外しすることが許されているのは、称号持ちくらい。
魅了が暴発するリスクは考えなくて良いだろう。
「どういう経緯でここに来たかは知らないけど、あの子も自分の居場所を守るのに必死ってわけだ。
そりゃあポッと出の僕がメルグリス様やユークと仲良くて、周りからもチヤホヤされていたら気に入らないよねぇ」
洗浄が終わったパーツたちを風魔法で乾燥させながら、トメキが持って来てくれたゴマダンゴをつまむ。
「ひとつ聞いときたいんだけど、あの子、やらかす可能性はある?」
「やらかす?」
「単刀直入に言うね、僕が修理を終えた魔道具を壊す可能性はある?」
「……!!」
「僕は、ないとは断言できないかなぁ」
トメキが床を見ながらつぶやいた。
「あの子、ルルティアンヌ様やユークリッド殿下の近くにいたいからここにいるって感じ、するからね」
「……さすがにやらないとは信じたいけど、トメキの言う通り、絶対にないとは言い切れない」
「なるほどねぇ……壊すところをユークに見せるのが一番手っ取り早くてダメージも大きいかなあ」
「……そういうのを鬼畜の所業っていうのよ、イオルム」
「失望される、ってもう一発だから。心ポッキリいけるから」
「……」
「ただそれやっちゃうと僕もユークとルルに何か言われるかなぁ。
でも意外とあの二人ドライだからね?たぶん『しょうがない』で片付くよ。だって、たくさん助けて来た中の一人でしかないし、あの二人はお互いにしか頓着しない。他は全てワンオブゼムだ。僕たちも含めてね」
「……イオルム、あなた」
「はっきりと言うね、ずいぶんと」
「ふふ、二人だってメルグリス様のそばにいたらわかるでしょう?称号持ちは、イカれてるよ。
最近僕、称号持ちが命を処理するのを見たんだ。震えた。ああなりたいと思った。でもダメなんだって、僕は純粋すぎるって。メルグリス様にも弟子入りはさせられないって言われちゃった。……つまんない」
ゴマダンゴ、おいしいな。今度は黒いのをつまむ。
「でもそのメルグリス様が僕に任せてくれたんだよ?ふふ、どうしようかなあ。
……ルルもユークも、救いの手は差し伸べるけど、その後の行いがどうしようもなければ処理はするんだよ。だからそれを今回は僕が代わるだけだと思えば、大したことなんてない」
冷めてしまったカップのお茶を飲み干して、シャオとトメキを見ると、二人の表情が完全に死んでいた。
「……なーんてね!やだなあ本気にした?だからメルグリス様やユークやルルなんかに比べたら、僕なんて全然可愛いってこと」
ふふふ、と笑って見せると、はは、と乾いた笑いが返って来た。
嫌だなあ、『本当のことなのに』。
「なるべく穏便には済ませるよ。だけど彼がどこまで自覚してるかじゃないかな。たぶん出身はお金がある家とか貴族だよね?本当の『責任』を知らない、驕りがあるよねぇ……はあ、へし折りたいなぁ、ああ、ううん、今のは冗談、気にしないで」
完全に沈黙してしまった二人を置いて、立ち上がる。
「さて、あと一日半しかないからね、がんばるぞー!」
その後も順調に解体洗浄は進む。
彼の気配は感じるけれど、何もしてこないなら何もしない。第一、僕が時間内に作業を終えられるかどうかが争点であって、そこに彼の妨害があるかどうかは論点ではないのだ。
一応、一応ね?やらかさなきゃ良いなとは思ってるよ。せっかく修理した魔道具をぶっ壊されたら、僕は犯人を壊し返すしかないからさ。さすがにそれは後味悪いじゃない?
十六階には波はあってもずっと人がいて、僕たちの作業を見たり、たまに話しかけたりしてくる。人の目は多いから、まともな神経の持ち主なら何もできないと思う。
ただ、窮鼠猫を噛む、だっけ? 本当に追い詰められると、何をするかわからない。あの子、実際には誰にも何にも全く追い詰められてなんてないのに。可哀想に。
事態が動いたのは三日目の午後だった。
宣言通り、ユークが来て、なんとルルも一緒で、二人に会いたい人でフロアはごった返していた。
「ルル! 来てくれたんだね!」
ルルに抱きつこうとすると、「何やってんだてめえら」とユークが僕とルルを引き剥がす。
「いいじゃーん、陣中見舞いに来てくれたんでしょう?あいさつあいさつ!」
「そうですよユークリッド様、イオルム殿下が珍しく本気出してるなんて聞いたら、その姿を見たいに決まってるじゃないですかー」
「ふふ、二人とも僕のこと大好きなんだから」
「違っ、ただ俺は心配してだな!」
「あたしはイオルム殿下大好きですよぉ」
「やめろルル! そういうこと言うな!!」
人影から、じっと僕たちの様子を伺う視線を感じる。
うーん、たぶんだけど、今回は僕何もしなくて良さそうだなあ。
「それで、イオルムは順調なのか?」
「ああ、うん。あと五つかな」
「爺さんのお墨付きなら問題ねえよな」
「みんな受け入れてくれて、ありがたい限りだよ」
「それなら良かった。お前がここに受け入れられて俺も安心だわ。爺さんもいるしな」
「うん。弟子入りは認めてもらえなかったけどね」
「まぁだ諦めてねえのか弟子入り」
「……お前はぴゅあ……自分の道を貫けって言われた」
「はは、違えねえな。そんな奴じゃねえと俺の友達は務まんねえ」
わしわしと頭を撫でられる。
「んもう、やめてよユーク!!」
「……あの、ルルティアンヌ様」
コヌムが、ルルに話しかけた。
「なぁに? コヌム」
「ルルティアンヌ様は、僕のこと、特別、ですよね?」
「うん? どういうこと?」
「特別だから、助けてくれたんですよね?」
ユークの動きが止まった。
僕も、二人の会話に耳を傾ける。
「うん、特別だよ。だって管理対象だからね」
「かん、り」
「そう。君は魅了持ちでしょ?利用されないように、悪いことしないように、管理しないといけないから」
わお。
「……ユーク、一番きつい球準備したね?」
「爺さんもイオルムも、これ以上煩わせるわけにはいかねえからな」
僕の問いかけに対して、ユークは小声で返してきた。
「あいつがバングルを外したら、終わりだ」
「で、でも僕、何も困ってなかった、ずっとなんでも叶えてもらってきたのに」
「……それは、コヌムの魅了の力。みんなあなたに魅了された結果だったのよ」
「ルルティアンヌ様に連れられてここに来たら、毎日叱られてばっかりで! それで!」
「……それで?」
「なのに急に来たあいつはみんなに可愛がられてるなんて、不公平じゃないですか」
「……不公平?」
「僕だってこんな腕輪つけてなければ、みんなにちやほやされて、愛されて! なんでも叶えてもらえるはずなんだ!!」
コヌムが手首からバングルを抜く。
「……詰んだな」
僕とユークの声が重なる。
本来なら抜こうとすると激痛が走る。抜けるように制限を緩めていたのだ。
はあ、はあと息を荒くしながら辺りを見回したコヌムは、ようやく状況の異常さに気がついたようだった。
「あ、あれ?どうして」
「どうして?どうしてみんないないのかってこと?それとも、腕輪を外したのにどうしてあたしたちが『変わらないのか』ってこと?」
ルルの気配が、揺らいだ。
「コヌム、あなたの魅了はここにいるあたしたちには効かない。影響を受けてしまう人たちは、この結界には入れてない」
「あ……え……?」
「あなたは、なんでも言うことを聞いてもらえて、欲しいものが買ってもらえて、それが愛されていることだと思っているのね?」
ユークがぎりっと歯ぎしりをした。
「やべえな、ルルがマジギレしかけてる」
「……あなたが羨ましい。それが幸せだと思えることが」
「る、ルルティアンヌさ、ま……?」
ルルから放たれる魔力量が増えていく。
「羨ましいわ、自分の言葉で人が狂うことを、そんなに前向きに捉えられるあなたが」
「あ、へ……?」
「ちょっとわがままだったけど、塔のみんなの真っ当な愛情を正しく受け取れればきっと間に合う、そう思ってメルグリス様にお願いしたのが間違いだったのかしら」
「ルル、もう良い!! 落ち着け!!」
ユークがルルに大声で呼びかける。
「イオルム、すまん、あれは俺だけじゃ骨が折れる。手伝ってくれ」
「わかった」
「……あたしみたいな子をもう作りたくないって思ってきたけど、そう、君も力に溺れるの」
「る、ルルティアンヌ様……」
「残念だけど、更生の余地がない子は、しょぶ」
「待った!!」
ユークと僕、二人でルルの腕をつかむ。
「ルル待て落ち着け! まだそうと決まったわけじゃねえ」
「ルル大丈夫、僕はまだ何もされてない!」
全力でルルの魔力を身体ごと抑え込んで、ようやくルルがこちらを振り返った。ルルの目には、涙が浮かんでいた。
「ユカ様、イオルム殿下。でもあたしが甘く見積もったせいで、この子がイオルム殿下にも、塔のみんなにも迷惑を」
「僕は迷惑なんてかけられてないよ、ルル。むしろ発破をかけてもらって感謝してるくらいだ」
「でも」
「思い出せルル。まだこいつくらいの時のお前も、たくさん失敗しただろうが」
「……でも……」
「まだ間に合う。幽閉寸前まで行った僕が言うんだ、まだ間に合うよ。だから落ち着いて、ルル」
ユークがルルを抱きしめて頭を抱え込む。
「落ち着け、今お前がここで感情を爆発させたら、塔が壊れる」
「あ、る、ルルティアンヌ、様」
腰を抜かして、服も濡らしているコヌムのそばにしゃがみ込む。
「もう大丈夫だよ、ユークがいるからね」
「へ、あ……」
コヌムが恐怖に歪んだ顔で、こちらを見た。
「僕たちがいて良かったね、コヌム。そうでなきゃ君、死ぬよりヤバい目に遭ってるよ?」




