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【本編完結】君のために僕は人を捨てた【番外編不定期更新中】  作者: アカツキユイ
第二章 誰がために

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10 格の違いと無慈悲な慈悲

 数をこなすうちに、コツも本気の出しどころもわかってきた。

 解体と洗浄を一気に処理しながら、シャオとトメキと雑談をする。


「余裕じゃないイオルム」

「んー、そう見せてるだけだよ?せっかくだからとびきりの釣果出したいじゃない?」

「……絶対敵に回したくない……」

 トメキの目が冷たい。


「ルルが連れて来たってことは、()()()絡みの子なんじゃないの?シャオ」

「…….詳しくは言えないけど、そう」

「うーんそっかぁ」


 大きめの服の下、手首にバングルを着けていた。あれは魅了封じだ。

「なるほどねぇ。それはメルグリス様も扱いに悩むわけだ」


 バングルは外せないようになっていて、外そうとすると身体中に激痛が走ると聞いたことがある。

 自己判断で着け外しすることが許されているのは、称号持ち(ユークやルル)くらい。

 魅了が暴発するリスクは考えなくて良いだろう。


「どういう経緯でここに来たかは知らないけど、あの子も自分の居場所を守るのに必死ってわけだ。

 そりゃあポッと出の僕がメルグリス様やユークと仲良くて、周りからもチヤホヤされていたら気に入らないよねぇ」



 洗浄が終わったパーツたちを風魔法で乾燥させながら、トメキが持って来てくれたゴマダンゴをつまむ。

「ひとつ聞いときたいんだけど、あの子、()()()()可能性はある?」

「やらかす?」

「単刀直入に言うね、僕が修理を終えた魔道具を壊す可能性はある?」

「……!!」


「僕は、ないとは断言できないかなぁ」

 トメキが床を見ながらつぶやいた。

「あの子、ルルティアンヌ様やユークリッド殿下の近くにいたいからここにいるって感じ、するからね」

「……さすがにやらないとは信じたいけど、トメキの言う通り、絶対にないとは言い切れない」


「なるほどねぇ……壊すところをユークに見せるのが一番手っ取り早くてダメージも大きいかなあ」

「……そういうのを鬼畜の所業っていうのよ、イオルム」

「失望される、ってもう一発だから。心ポッキリいけるから」

「……」


「ただそれやっちゃうと僕もユークとルルに何か言われるかなぁ。

 でも意外とあの二人ドライだからね?たぶん『しょうがない』で片付くよ。だって、たくさん助けて来た中の一人でしかないし、あの二人はお互いにしか頓着しない。他は全てワンオブゼムだ。僕たちも含めてね」


「……イオルム、あなた」

「はっきりと言うね、ずいぶんと」


「ふふ、二人だってメルグリス様のそばにいたらわかるでしょう?称号持ちは、イカれてるよ。

 最近僕、称号持ちが命を()()するのを見たんだ。震えた。ああなりたいと思った。でもダメなんだって、僕は純粋すぎるって。メルグリス様にも弟子入りはさせられないって言われちゃった。……つまんない」


 ゴマダンゴ、おいしいな。今度は黒いのをつまむ。


「でもそのメルグリス様が僕に任せてくれたんだよ?ふふ、どうしようかなあ。

 ……ルルもユークも、救いの手は差し伸べるけど、その後の行いがどうしようもなければ処理はするんだよ。だからそれを今回は僕が代わるだけだと思えば、大したことなんてない」


 冷めてしまったカップのお茶を飲み干して、シャオとトメキを見ると、二人の表情が完全に死んでいた。


「……なーんてね!やだなあ本気にした?だからメルグリス様やユークやルルなんかに比べたら、僕なんて全然可愛いってこと」

 ふふふ、と笑って見せると、はは、と乾いた笑いが返って来た。

 嫌だなあ、『本当のことなのに』。



「なるべく穏便には済ませるよ。だけど彼がどこまで自覚してるかじゃないかな。たぶん出身はお金がある家とか貴族だよね?本当の『責任』を知らない、驕りがあるよねぇ……はあ、へし折りたいなぁ、ああ、ううん、今のは冗談、気にしないで」


 完全に沈黙してしまった二人を置いて、立ち上がる。

「さて、あと一日半しかないからね、がんばるぞー!」



 その後も順調に解体洗浄(オーバーホール)は進む。

 彼の気配は感じるけれど、何もしてこないなら何もしない。第一、僕が時間内に作業を終えられるかどうかが争点であって、そこに彼の妨害があるかどうかは論点ではないのだ。

 一応、一応ね?やらかさなきゃ良いなとは思ってるよ。せっかく修理した魔道具をぶっ壊されたら、僕は犯人を()()()()しかないからさ。さすがにそれは後味悪いじゃない?


 十六階には波はあってもずっと人がいて、僕たちの作業を見たり、たまに話しかけたりしてくる。人の目は多いから、まともな神経の持ち主なら何もできないと思う。

 ただ、窮鼠猫を噛む、だっけ? 本当に追い詰められると、何をするかわからない。あの子、実際には誰にも何にも全く追い詰められてなんてないのに。可哀想に。




 事態が動いたのは三日目の午後だった。

 宣言通り、ユークが来て、なんとルルも一緒で、二人に会いたい人でフロアはごった返していた。


「ルル! 来てくれたんだね!」

 ルルに抱きつこうとすると、「何やってんだてめえら」とユークが僕とルルを引き剥がす。

「いいじゃーん、陣中見舞いに来てくれたんでしょう?あいさつあいさつ!」

「そうですよユークリッド様、イオルム殿下が珍しく本気出してるなんて聞いたら、その姿を見たいに決まってるじゃないですかー」


「ふふ、二人とも僕のこと大好きなんだから」

「違っ、ただ俺は心配してだな!」

「あたしはイオルム殿下大好きですよぉ」

「やめろルル! そういうこと言うな!!」


 人影から、じっと僕たちの様子を伺う視線を感じる。

 うーん、たぶんだけど、今回は僕何もしなくて良さそうだなあ。


「それで、イオルムは順調なのか?」

「ああ、うん。あと五つかな」

「爺さんのお墨付きなら問題ねえよな」

「みんな受け入れてくれて、ありがたい限りだよ」

「それなら良かった。お前がここに受け入れられて俺も安心だわ。爺さんもいるしな」


「うん。弟子入りは認めてもらえなかったけどね」

「まぁだ諦めてねえのか弟子入り」

「……お前はぴゅあ……自分の道を貫けって言われた」

「はは、違えねえな。そんな奴じゃねえと俺の友達は務まんねえ」


 わしわしと頭を撫でられる。

「んもう、やめてよユーク!!」



「……あの、ルルティアンヌ様」

 コヌムが、ルルに話しかけた。


「なぁに? コヌム」

「ルルティアンヌ様は、僕のこと、特別、ですよね?」

「うん? どういうこと?」

「特別だから、助けてくれたんですよね?」


 ユークの動きが止まった。

 僕も、二人の会話に耳を傾ける。


「うん、特別だよ。だって管理対象だからね」

「かん、り」

「そう。君は魅了持ちでしょ?利用されないように、悪いことしないように、管理しないといけないから」



 わお。

「……ユーク、一番きつい球準備したね?」

「爺さんもイオルムも、これ以上煩わせるわけにはいかねえからな」

 僕の問いかけに対して、ユークは小声で返してきた。


「あいつがバングル(あれ)を外したら、終わりだ」



「で、でも僕、何も困ってなかった、ずっとなんでも叶えてもらってきたのに」

「……それは、コヌムの魅了の力。みんなあなたに魅了された結果だったのよ」

「ルルティアンヌ様に連れられてここに来たら、毎日叱られてばっかりで! それで!」

「……それで?」


「なのに急に来たあいつはみんなに可愛がられてるなんて、不公平じゃないですか」

「……不公平?」


「僕だってこんな腕輪つけてなければ、みんなにちやほやされて、愛されて! なんでも叶えてもらえるはずなんだ!!」


 コヌムが手首からバングルを抜く。

「……詰んだな」

 僕とユークの声が重なる。

 本来なら抜こうとすると激痛が走る。抜けるように制限を緩めていたのだ。


 はあ、はあと息を荒くしながら辺りを見回したコヌムは、ようやく状況の異常さに気がついたようだった。


「あ、あれ?どうして」

「どうして?どうしてみんないないのかってこと?それとも、腕輪を外したのにどうしてあたしたちが『変わらないのか』ってこと?」


 ルルの気配が、揺らいだ。


「コヌム、あなたの魅了はここにいるあたしたちには効かない。影響を受けてしまう人たちは、この結界には入れてない」

「あ……え……?」


「あなたは、なんでも言うことを聞いてもらえて、欲しいものが買ってもらえて、それが愛されていることだと思っているのね?」


 ユークがぎりっと歯ぎしりをした。

「やべえな、ルルがマジギレしかけてる」


「……あなたが羨ましい。それが幸せだと思えることが」

「る、ルルティアンヌさ、ま……?」


 ルルから放たれる魔力量が増えていく。

「羨ましいわ、自分の言葉で人が狂うことを、そんなに前向きに捉えられるあなたが」


「あ、へ……?」

「ちょっとわがままだったけど、塔のみんなの真っ当な愛情を正しく受け取れればきっと間に合う、そう思ってメルグリス様にお願いしたのが間違いだったのかしら」


「ルル、もう良い!! 落ち着け!!」

 ユークがルルに大声で呼びかける。

「イオルム、すまん、あれは俺だけじゃ骨が折れる。手伝ってくれ」

「わかった」



「……あたしみたいな子をもう作りたくないって思ってきたけど、そう、君も力に溺れるの」

「る、ルルティアンヌ様……」


「残念だけど、更生の余地がない子は、しょぶ」


「待った!!」

 ユークと僕、二人でルルの腕をつかむ。

「ルル待て落ち着け! まだそうと決まったわけじゃねえ」

「ルル大丈夫、僕はまだ何もされてない!」


 全力でルルの魔力を身体ごと抑え込んで、ようやくルルがこちらを振り返った。ルルの目には、涙が浮かんでいた。

「ユカ様、イオルム殿下。でもあたしが甘く見積もったせいで、この子がイオルム殿下にも、塔のみんなにも迷惑を」


「僕は迷惑なんてかけられてないよ、ルル。むしろ発破をかけてもらって感謝してるくらいだ」

「でも」

「思い出せルル。まだこいつくらいの時のお前も、たくさん失敗しただろうが」

「……でも……」


「まだ間に合う。幽閉寸前まで行った僕が言うんだ、まだ間に合うよ。だから落ち着いて、ルル」


 ユークがルルを抱きしめて頭を抱え込む。

「落ち着け、今お前がここで感情を爆発させたら、塔が壊れる」


「あ、る、ルルティアンヌ、様」

 腰を抜かして、服も濡らしているコヌムのそばにしゃがみ込む。

「もう大丈夫だよ、ユークがいるからね」

「へ、あ……」

 コヌムが恐怖に歪んだ顔で、こちらを見た。

「僕たちがいて良かったね、コヌム。そうでなきゃ君、死ぬよりヤバい目に遭ってるよ?」


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