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【本編完結】君のために僕は人を捨てた【番外編不定期更新中】  作者: アカツキユイ
第二章 誰がために

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08 きみのときを、想う

 ペン先からにじみ出たインクが基盤に触れた瞬間、身体中を自分のものではない魔力が駆け巡る。

「……っ」

 基盤とインクが反応しているのだ。油断すると飲み込まれてしまうかもしれない。


 描くべき魔方陣や術式、回路はわかっている。複数の魔術をひとつずつ、時に同時に起動させ、ドミノのように次から次へと連動させていくのだ。そして同時に終点に帰結するように繋ぐ。


 中央の核となる魔方陣を慎重に完成させると、大きなため息をついた。

 周りから描き始めると、僕の場合はバランスが悪くなる。テストをしながら順番に描きあげる方法もあるし、そっちのほうが効率的だとは知っているけど、僕にはあまり向いてない。

 見た目に美しいほうが、たとえ基盤を誰も見ることがなかったとしても、僕自身の満足度が高いからだ。プレッシャーがかかって楽しくなるしね。


 次に中央の魔方陣の中に、細かい術式を書き足していく。

 それが終わると、スイッチから核につなげる、核から記録媒体を呼び起こす、そこから発声機につなげる……。小さな魔術式、魔方陣を刻みながら基盤を仕上げていく。


「最後にこれを繋いで……と」


 慎重に魔方陣や術式同士をつなぎ、定着剤をそっと基盤の中央に載せ、記録媒体をそこに置く。


「……はあ、できた」


 魔道具としての動作テストの前に、基盤が正しく仕事をするかを自分の手で確かめる。

 左上のスイッチにつなぐ小さな魔方陣に左手人差し指を乗せ、発声機につながる右側の魔方陣に右手の人差し指を乗せる。

 自分も一部として、ちゃんと回路が通った感覚がある。

 うん、と小さくうなずいて、左手人差し指にわずかに魔力を流した。



 カヤノ、君に出会えて良かった

 君と家族になれて良かった

 おなかの子どもに会える日を

 ずっとずっと楽しみにしている

 君の時を、ずっと想っている

 ――死んでも君を、愛してる


「……っ!?」

 慌てて指を離す。

 今、脳裏に男性の姿が見えた気がした。


「大丈夫?イオルム」

 背後からトメキが恐る恐る声をかけてくれる。

「……ああ、うん、大丈夫。声、聞こえたよ」


 浮遊していた小さな結界を呼び寄せて、スイッチや発声機とつなぎ、外装を閉じる。

 最終の動作確認としてスイッチを押すと、淡くライトが光って、もう一度、さっきの男性の声が聞こえた。今度は、姿は見えなかった。



「できた。これ、メルグリス様の知り合いのご家族の依頼だって言ってたから、メルグリス様が来た時に直接渡したほうが良いよね」

「そうなの?だとしたらそうだね、直接渡したほうが良いと思う、そうじゃないとどこかでなくしそう」

 くくっとトメキが笑う。


「お疲れさま、イオルム。すごく良い表情してるよ」



 軽く仮眠をして、次は朝からパーツの作成をすることにした。

「どこで寝るの?イオルム」

「うーん、このまま結界の中で寝る」

「ここで?」

「もう絡まれるのも嫌だし、ここならみんな見てるからね」


 水魔法で大きな塊を作ると、そこにぴょんと飛び乗ってみせる。

「うわー……これめちゃくちゃ寝心地良さそう」

「疲れが取れるからおすすめだよ。こういうの魔道具にしたら、売れそうだよねえ」

「今度企画してみたら?たぶん通るよ」

「良いねえやってみよう。……あ、トメキもここで寝る?寝るなら作るよ」


 トメキの分も作ったら、それを結界の外で見ていた人たちが俺も自分もと騒ぎ出したので、その時十六階にいた人数分作った。達成感と心地よい疲労感で、ユークの家で寝て以来久しぶりに、ぐっすりと眠った。



「おはようイオルム、ところでなにこれ」

 上から降ってくるシャオの声で目を覚ます。


「……ああシャオ、昨日はありがとう。ちょっとここで仮眠しようと思って水魔法でベッド作ったらみんな寝るって言うから、人数分作ってみた」

「大盤振る舞いしすぎよ。……私もちょっと寝かせてもらったけど、あれ最高ね。水魔法だけ?」

「ああうん、表面には膜みたいなのを張って濡れないように工夫してる。たぶん素材次第で製品化できるんじゃない……?」

老師(せんせい)に見つかったら製品化するまで毎日作らされるわよ。お元気だけどやっぱり腰にはくるみたいなの」


 そして間もなくメルグリス様が現れ、案の定作れと言われた。企画開発担当らしい人も連れてきて、あれこれヒアリングまでされた。

 これが塔の睡眠環境……特に寝室のあの匂いとかが改善されるきっかけになったら良いんだけど。



 シャオとトメキと三人で食堂に行ったら、食堂は水ベッドの話題でもちきりだった。

「……うう、静かに食べたいから、認識阻害魔法とかかけてもいい?」

「良いんじゃない?お粥は私の祖国で定番の朝食なの。ぜひ味わって」

「わかった、ありがとう」

「じゃあ私はお弁当を買って老師のところに行くから」

「うん、今日はこの後よろしくね」


 シャオは弁当を三個受け取ると、さっと食堂から出て行った。

「三個?」

「メルグリス様はお昼も上でお弁当を召し上がることが多いんだ。あまり食に頓着しない人だから、三食同じメニューでも平気みたい。夕食の時には降りていらっしゃるけどね」

「なるほどね、じゃあひとつはシャオの分なんだ」


 静かに認識阻害魔法を展開すると、朝粥セットを受け取り席についた。

「あれ、トメキの朝ごはんってそれだけ?」

「うん、ミックスジュース。朝は食欲あんまり出なくて」



 朝粥は上にネギと千切りにした生のジンジャーと、変わった色の卵みたいな何かがのっていた。

「ピータンだね」

「ピータン?」

「卵料理でいいのかな。味が濃厚で僕は好き。ただ、匂いが独特だから好みは割れる。これくらいの量なら大丈夫じゃない?」


 席につくと、まずはおかゆをそのままいただく。

「鶏のだしかな?」

「たぶんそうだと思う。ほんのりだけど効いてるよね」

 次はピータンを少し切っておかゆの上に乗せ、食べてみた。


「……んん!」

「どうだった?」

「僕これ結構好きかも」

「それは良かった。ショウユとかもかけると味わいが変わっておいしいよ」

「ショウユ?」

「なんていうんだろう、ソースの仲間? 料理にも使うし、そのままかけても使うみたい。これも東国の調味料」


 今まで気にしたことがなかったけれど、よく見るとテーブルの上に卓上調味料の瓶が色々置いてあるんだな。

 ショウユと書かれた瓶を取って、おかゆの器の端っこに垂らしてみる。

 黒っぽいサラサラの液体が出て、思わず瓶を上げた。

「そのままだとしょっぱいから、ちょっと混ぜて食べてみて」


 少し混ぜると、おかゆが茶色っぽい色になる。

 磁器製のスプーンに取って食べると、塩味よりも香りの良さに驚いた。

「おいしい! いい香り!」

「わかるう、ショウユって香りが良いよね。あまりにも気に入って何にでもショウユかけちゃう人が出てくるんだ。イオルムはどうかな?」

 いたずらっぽい笑みをトメキが浮かべている。

「そうなっちゃったらどうしよう……でも、気持ちはわかる、かなり」



 朝食を食べ終わると、トメキと別れ、コーヒーを持って十六階に戻った。


「人、増えてない?」


「ああイオルム。ちょっと技術の人がね、パーツ作成見たいって」

 先に来てきたシャオが、僕を手招きした。


「部品ってある程度のものは塔の中でも自作できるんだけど、金属はある程度外注に出さないといけなくて。今日は金属パーツやるじゃない? それ聞きつけてきた人たち」


「あたしはアルディナ、こっちはバッシュ。よろしくね、イオルム」

「よろしく」


 バッシュと呼ばれた少し小柄な男性は、見るからに寡黙そうだ。

 アルディナは……大きい。腕っぷしがすごい。


「よろしく。僕も理論上で組み立てただけで実践は一発本番なんだけど、大丈夫?」

「メルグリス様が認めてるって聞いてるから、疑ってないわ。実験に立ち合わせてもらうくらいの気持ちでいるから」

 こくりとバッシュがうなずく。

「そう? それなら良いけど。僕解体は一人で結構やったんだけど、組み立てとか修理は今回が初めてだから。セオリーと違うところがあると思うけど、そこは大目に見てね」


「大丈夫よ、結構みんな似たようなもんだから」

 アルディナが答えた。

「村とか地元で見よう見まねで修理してきたとか、そういう人も多いの」

「そうなんだ、よかった!」

 あまり心配は要らなそうだ。


「じゃあ早速始めるね。僕、あと二十個ちょっと、明日の夜までに終わらせたいんだ」

 

「その話も聞いてるよ。知ってる? イオルムが三日でやり切れるか、賭ける奴らが出てるんだ」

「えええ何それ!? 初耳だよ!」

「ああ、賭けるって言ってもせいぜいデザート三回とかそういうレベルだから。ここは年齢層も広いから、金を賭けるのは禁止なんだ」

「なるほど」

 ここは基本的な衣食住は無償だから、何かを賭けるならそういう嗜好品になるんだな。


「ちなみにあたしはできる方に賭けた。食堂も張り切ってて、結果が出てからの三日間はデザートが豪華になるらしい」

「……私も賭けようかな……」

 シャオがつぶやいた。あまり甘党には見えないけど、実は好きなのかもしれない。


「ふふ、そしたら、もし僕が達成できなかったら、全員に三日間、デザートをおごるよ」

「ええー!!?」

「その代わり、達成できたら、寝床の大掃除と毎日の掃除を塔として確約して欲しい。シャオ、どう?」


「……寝室の住環境は塔としても検討事項だったことだけど……」

 シャオが少し考え込んだ。するとそこへ、

「いいんじゃない?俺が認めるよ」


 紫色の髪をもつ小さな子どもが入ってきた。懐かしいな、たぶんリリスと出会った頃ってこれくらいだったなぁ……。


「コヌム!」

「俺の財産から出していい。代わりにもしできなかったら、お前、俺が良いって言うまで下働きをやれ」

「……別に良いけど……」

「よし決まった。じゃあ頑張れよ、新入り」


 それだけ言ってちびっ子は去っていった。

「コヌム、また新入りにケンカ売って」

「……よりによってイオルムに売るこたねえだろ……」


「ごめん、今の、コヌムって誰?」

「魔道具師見習いです」

「へえ。ずいぶん小さいよね?」

「ルルティアンヌ様が連れて来てメルグリス様に託して行ったの。ルルティアンヌ様とユークリッド殿下によく懐いてるから、殿下のお墨付きで入ってきたイオルムのことが気に入らないのね」

「ふうん……」


 そういえば、こういう突っかかられ方するの、初めてだな。今まで売られたケンカって、どれも直接的なやつで返り討ちにするばっかりだったから。


「勝っても負けても面白そうだね!まあ、負ける気はないけど!!

 そうと決まればさっさと始めなきゃ!よろしくね、みんな」

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