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【本編完結】君のために僕は人を捨てた【番外編不定期更新中】  作者: アカツキユイ
第二章 誰がために

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07 理由と、ペシャンコ、ミミミズク。

 書庫を元通りにして、メルグリス様と書庫を出る。

「修理はどこまで進んだ」

「七か八、ですね。この後、さっきお許しをいただいた基盤の術式を書くつもりでした」


「あれはの、兵役で夫を亡くした女性がずっと大事に持っていたものじゃ」

「……はい」

「その女性はもう亡くなっておる。依頼人はその娘、と言っても、もう孫もいるような歳じゃが」

「はい」

「元々の持ち主の夫がワシの友人でのう……全体的に傷みがひどいから、音声の復元は難しいとは伝えてはある。しかし、基盤を書き直すなら、記録されているところを活かすこともできるじゃろう。やれそうか」

「やります」


「うむ。よろしく頼む」



 さっきみたいに絡まれるのは久々だったけど、慣れてるからそんなに心は揺らがない。作業を止める理由にはならない。

「インクはさっき少し削って解析したから再現はできるし……あ、おにぎり」

 荷物をまとめた時に乱暴にカバンに入れてしまったせいで、ペシャンコにつぶれている。

「きれいな三角だったのに……」


 食堂の人たちに申し訳ないことをしてしまった、と十六階に戻ってトメキに話したら、結構みんなつぶしてるから気にしなくて平気だよ、と言われた。そういうものなのか。

「たまに食堂でおにぎり定食が食べられるから、その時にきれいな三角おにぎり食べれば良いと思うよ」

「……うん」


 ペシャンコのおにぎりは、見た目に反してとても優しい味だった。巻いてある黒いのはノリというらしい。

 ご飯の湿り気を受けてしっとりしていたけど、巻きたてのパリパリしたのもいけるらしい。おにぎりの日は絶対に教えて、とトメキにお願いした。



「基盤の作業をするんだよね?」

「うん」

「僕は何を手伝えば良い?」

「……うーん、ちょっと書庫に戻ってる間にさ、さっきのズィトに絡まれたんだ。

 その時、別に好きで魔道具師塔に来たわけじゃないって聞いて、みんな魔道具が好きだからここにいるんじゃないんだなあって驚いたんだけど、よかったら、トメキがここに来た理由、聞かせてくれる?」



「僕、少年兵だったんだ」

「……少年、兵」

「そう。大陸はフェリティカ帝国の一強体制だからそういうのあんまりないよね?でも、僕らの祖国はそうじゃなくて」


 トメキは手を組むとぐっと前に押し出し身体を伸ばした。

「自爆用の兵器として、魔道具も持たされてた」

「……!!」

「敵のアジトに入って、さあ魔道具を起動しよう、神に殉じようって時に、僕が持ってた魔道具、動かなくて。……不発だったんだ」


「ふはつ」

「うん、不発。結果、僕だけ助かった。

 ……敵だと思ってた人たちは、僕たち少年兵を助け出してくれる人だったんだ」

「……」


「少年兵って人道的にまずいって知ったのも、助け出されてだいぶ経ってからだった。ここに来たのはね、紛争にフェリティカが介入したからって理由が大きいんだけど、僕は『魔道具に生かされた』から、魔道具のために生きたいって思ったからなんだよ。

 だから、イオルムみたいに天才的な才能はない」


 そう言うと、トメキは僕を見てニッコリと笑った。

「嫉妬とかじゃないんだ。ここに来てわかったのは、一流の魔道具師、天才的な魔道具師が百パーセントその力を発揮するには、その下支えになる存在が不可欠だってこと。だから、僕はそこで誰よりも必要にされる助手になろうって決めて、頑張ってる」


「……そっか、教えてくれてありがとう」

「うん、だからどんどんこき使って。必ず、応えるよ」



 そうか。

 本当にいろんな理由、いろんなバックボーンを持って、みんなここにいるんだな。


「……僕は、僕にできることをやるだけだ」

 隣でトメキが嬉しそうにうなずいた。



 基盤には魔石の粉末が混ざっている。基盤の魔石は書かれている魔術回路の動力源で、ここでいかに低い魔力消費で効率的に回路を動かせるかがカギになる。


 魔道具そのものを動かすための魔力は、これとは別に必要だ。魔力を持つ人は直接タンクに注ぐし、ない人は魔石を買う。

 僕の祖国、ウルフェルグでは、魔力を売るという仕事もある。魔力を直接補充してもらった方が新しい魔石を買うより安いから、需要は高い。


「この基盤、最高ランクのやつだ」


 基盤の魔石は中級以上のものが使われるのが基本。最高ランクの基盤は、少なくともウルフェルグでは普及品には使わない。


「だとしたらインクの質も上げないと、変換効率が下がるな……。トメキ、サビウサギの魔石ってあるかな。粉にしてインクに使う」

「サビウサギだね、探してくるよ。質は高いのが良いんだね?」

「うん。怒られない程度にいい品質のやつ、お願い」


 トメキが結界を出ていった。

 基盤を改めて眺めながら、これが今ここにある意味を考える。

 なんでメルグリス様、こんな良いやつ持ってきたんだろう。



「ごめんイオルム。サビウサギの魔石、質がいいやつなくて。魔石師のチルギ様に相談したらこれになった」

「ミミミズク……サビウサギよりもっと良いやつじゃん……」

「加工難しいから僕の目の前で粉にしてくれたよ。大切に使えってさ」

「わかった、ありがとう。魔石師って初めて聞いたから、これ全部終わったら挨拶に行く」

「うん、それが良いと思う」



 サビウサギは聴くことに繋がる風魔法の媒体として一番良いと思ったから指定した。

 今ここにある魔石が採れるミミミズクはそのさらに上をいく。記憶や記録を扱う媒体としては、一番性能が高い。今回の用途としてはこれ以上はない。


「……ははは、まずいな、楽しみすぎる」

 左手の中でインクの溶剤を作りながら、笑いが止まらない。

 僕は今ここで試されている。


「お前ならやれるだろう」と。

「やれて当然だよな」と。


 試されているのだ。


「期待には応えてなんぼ……っ」


 あれ、なんぼって確かデゼルが言ってたんだけど、どこの言葉って言ってたっけ、まあいいや。


 右手で小皿に乗せられた魔石粉を呼び、少しずつ混ぜ合わせていく。透明な溶剤が淡い緑に染まっていく。

 少なくてもダメ、入れすぎてもダメ。

 一度右手で基盤に触れ、力のバランスを確かめる。

 あと、薬さじ一杯分。


 わずかに魔石を足すと、インクがまるで適量と訴えるように()()()()()()



「……ふう」

 出来上がったインクを瓶の中に注ぎ、深く息を吐く。


「綺麗だったね」

 そばで見ていたトメキが嬉しそうで、僕も嬉しい。

「……うん」


 すぐ次に移りたいところだけど、まだ少し余韻に浸りたいな。


「はい、お茶」

 トメキがカップを差し出してくれる。

「メルグリス様がよく飲んでるお茶。リョクチャって言うんだって」

「……ワサビみたいに、辛くない?」

「ふふっ、これは薄めに入れてあるから、苦くないよ」


 湯気がたちのぼるカップをふーふーと吹き、おそるおそる一口。

「……ほんとだ、大丈夫そう」

 そう言うと、トメキが得意げに胸を張った。

「でしょう?」


 窓の外を見ると、細い月が夜空高く登っていた。

「綺麗だね」

「うん、綺麗だ」


 ひとつ小さな山を超えた気がして、なんだか嬉しくて。

 カップがぬるくなるまで、僕たちはそのまま窓の外を眺めていた。




「そろそろ、やろうか」

「大丈夫?」

「気持ちが落ち着いてる、今やっておきたい」

「……わかった。僕は何をしたら良い?」


「ただ、そばで見てて。それが一番心強い」



 トメキが少し後ろに、椅子を置いて座る。


 作業机に、新旧の基盤とインクが入った瓶、そして、定着材と記録媒体。

 この記録媒体は、粉末にした複数の魔石を混ぜ合わせて固めてある。水に弱いから、分解したあとも丁寧に風でホコリを飛ばして個別の結界で保管していた。


 魔術回路そのものは昔これをバラした時に再現してるから問題ない。

 問題なのは書く時の僕自身。


「ふうう、緊張する」

 口に出すと、トメキが後ろでふふふと笑った。

「大丈夫、イオルム楽しそうだからできるよ」

  「ありがとう」



 目を閉じて両手で顔に触れる。

 大丈夫、やれる、大丈夫、落ち着け。


 呼吸を整えると、カッと目を開き、ペン先をインクの瓶に浸してコンバーターの中をインクで満たす。


「やるよ」

「ほいきた」


 まっさらな基盤に左手を添える。後から乗せるパーツのことを思い描きながら、僕は基盤にそっとペン先を置いた。

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