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【本編完結】君のために僕は人を捨てた【番外編不定期更新中】  作者: アカツキユイ
第二章 誰がために

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05 バラして、直す

 同時作業のお許しが出た。メルグリス様もにっこり嬉しそうだったし良かったな。

 あまりちんたらやっても意味がないから、一気に片付ける。


 生活魔道具を四つピックアップすると、パチンと指を鳴らして全てに対し小さな結界を張る。そして両手の指を動かし、全てに解体の指示を出した。


 外側のカバーから順番に外れていく魔道具たちを観察する。

 そうだよね、埃も溜まるよね。君たちみんな、大切に使われてきたんだねえ。


「あ、シャオさん、お願いがあるんですけど」

「何?」

「補修用の道具も一式、準備してもらえますか?パテは多めで」


「ふうん……パテは作らないの? 洗浄剤は自分で作るんでしょ」

「乾燥してから長持ちさせられる自信がないんですよねえ……なのでそこは追々マスターします」

「なるほどね、わかった。あと必要そうなものは?」


「ああ、僕、のめり込むと食事も睡眠も削っちゃうんで、チェックお願いできますか?」




 結界の中で完全に解体され、くるくると回っている部品たちを眺める。今、手を出しているものは、過去に自分で解体したことがあるから構造はわかっている。


 洗浄剤のビーカーから黄色い洗浄剤を中指を動かして手元に呼ぶと、そこにネジとバネを放り込んだ。左手の動きで洗浄剤を増やしながら、汚れと痛みの具合を確認する。んー、思ったより内部機構のやつは傷みが激しそう。外装固定用のと入れ替えて使うのが良いかな。ジャンク品からパーツ取れるのあるかも後でチェックしないと。


 洗浄したネジ類をそれぞれの魔道具の結界に戻す。次は基盤。基盤はさすがに魔法でじゃぶじゃぶ洗うのはまずいから、ひとつずつ。

「ああ、君はずいぶんたくさん音声の再生をしてきたんだねえ」

 録音再生型の魔道具。今も生産されてはいるけど結構古い型だから基盤も交換したほうが良いかも……あ、そうだ。


「メルグリス様ぁ、基盤、新しく作ってもいいですか?」

 さっきは結界の向こうでうなずくだけだったメルグリス様が、結界の中に入ってきた。

「作り直すのか?」

「はい。機能のレトロさは損ねずに新しく書き換えます。これ持ち主、女性ですか」

「……なぜそう思う」

「再生機能のところだけ外装も機構も消耗が激しいので、たぶんご家族の声とかそういうのをたくさん聴いてきたんじゃないかなと思ったんです。あと、外装についてる手の跡、大きさが女性っぽかったので」


「ふむ。よかろう。何を準備すれば良い」

「基盤は自分で書けます。インクもこの古い基盤を頼りに作ります。なのでボードとペンだけお願いします」


「わかった。……もし困ったら観客(ギャラリー)に聞け。助け舟を出してくれるじゃろう」

「ありがとうございます」



 メルグリス様が結界から出ていくと、入れ替わりにシャオが戻ってきた。

「持ってきたわよ。……ところで今ちょっと聞こえたけど、基盤、書き直すの?」

「ああ、はい。前に同じ型のを触ったことがあって、ひと通り紙に書いて再現したことはあるんで、たぶんいけます」


「は」

 シャオの顔が固まった。まじまじと眺めていると、しばらくして肩を震わせ始める。

「はははは! もうそれ超マッドじゃない。解体と組み立てはしても、基盤の再現までは普通やらないわ。王子だっていうからどれだけ澄ましたヤツかと思ってたけど、良いと思う。ガンガンやりましょ。私のことはシャオって呼んで。言葉も崩して。言葉遣いに気を取られて仕上がりが疎かになるのが一番良くないわ」

「はい、ああ……うん、わかった。ありがとう、シャオ」



 基盤の材料はすぐに持ち込まれた。ただ、そっちは後回し。すぐに組めるものから手を付けていく。

「……シャオ、これ、形は同じだけどこっちと入れ替えた方が性能上がりそうじゃない? どう?」

「目の付け所は良い。でもそれやっちゃうと逆にパーツ取った側の性能がガタ落ちするわね……何かでバランス取らないといけないと思うけど」

「補強系の薬剤を塗ったら、カバーできるかなあ」

「薬剤の持ち次第だと思うけど考え方としては悪くないわ。ただそれ、パーツ自体が今生産してないからしくじると一発アウトよ? ……とにかく、見本持ってくるわね」


 同じ形、違う素材の二つのパーツを見つめていると、シャオが補強系の薬剤を持ってきてくれた。

「……どうしたの?」

「いや、これ、もうパーツ作ったら良いんじゃないかって思って」

「はあ!?」

「両方溶かして、薬剤も混ぜて、同じ素材同じ形のパーツを二つ作る。それならどっちも品質の担保できない?」

「……できるんなら良いと思うけど……ただ、それってそもそもパーツの形状が複雑すぎて生産やめちゃってるのよ? いけるの?」

「いけると思うけど……溶かしちゃうと見本がないよねえ、どこかにもう一個転がってないかな」


「これかな?」

 結界の外から、にゅっと手が差し出された。手の主はトメキ。手の中には、同型のパーツが握られている。

「あーこれこれ、この形! 見本が一つあれば大丈夫。トメキありがとう」

「こちらこそ、すごく興味深く見させてもらってるよ。何かあったら、外にも声かけてね」

「わかった」


「シャオ、薬剤ちょうだい」

「はい、どうぞ」

 手渡された瓶のフタを開けると、薬剤を外に呼び出す。

 目を細めてじっと観察していると、

「その目つき、本当に見てるのね」

 とシャオが口を挟んだ。

「……? ああ、うん。水魔法って極めていくと、液体に限らず素材の声が聴こえるようになるんだ」


「素材の、声?」

「うん、声っていうとちょっと抽象的かもしれないけど、構造が細かくわかるようになる」

「へえ、面白いわね」


 薬剤を瓶に戻すと、フタを閉める。

 うん、だいたいわかった。たぶん作るときに入れすぎると素材が柔らかくなっちゃうから、加減が必要だ。


「ここまで来るのに相当やらかして、池を干上がらせたり森をまるごと燃やしたりしたけどね」

「ははは! とんでもないクソガキね」

「ユークと一緒にやって二人で大目玉喰らったんだ」

「ユークリッド殿下ならやりそうね」

「うん、でも僕が今こうしてシャオと話せてるのも、ユークと……リリスのお陰なんだ」



 僕の口調が少し陰ったのを、シャオは聞き逃さなかった。

「リリスって、婚約者?」

「うん。……僕の子どもの頃のやらかしを逆恨みされて、毒を盛られちゃったんだ」


「……そう。今は?」

「命は大丈夫。今は解毒と回復のために眠ってる。だから僕、二度とリリスを同じ目に遭わせないために、強い魔道具をつくりたくて来た」


「そこで魔道具を自分で作ろうって結論になるのが、もう頭おかしいわね」

 くくっとシャオが笑う。

「じゃあそのために、まずは解体洗浄(オーバーホール)、三十やりきらないとね」

「うん、頑張るよ」


 洗浄が終わった魔道具を結界の中で乾かし、組み替えるパーツが決まったものから順に組み立てていく。

「……バラしは魔法でも、組み立ては手作業なのね」

 僕の手元をのぞき込んだシャオがつぶやいた。

「ネジの締め具合はやっぱり手で確かめたいし、修理に出すくらい使い込まれた道具でしょ?また頑張って長く働いて欲しいから、ちゃんと手でやりたくて」

「すごく良いと思うわ」


「よーしできた! 動作確認、お願いしても良い?」

「任せて」

 ひとつ目の照明魔道具をシャオに手渡す。

「ありがとう。よろしくお願いします。じゃあ早速次を……」



「お前だろ、この前書庫にいたの」

 なんとなく聞いたことがある声に顔を上げると、がたいの良い男が結界の中に入ってじっと僕を見下ろしていた。


「……確かに僕はここ何日か書庫にいたけど、君は?」

「やっぱりか。お前が書庫に居座るからこっちは使えなくて困ってんだよ!」


 ああ。

「逢引に?」


 男は僕の言葉に顔を真っ赤にする。

「おまっ……」

「はいストーップ」

 僕たちの間にずいっとシャオが入ってきた。

「ズィト、あんた前も書庫を密会に使って注意されたのにまだやってたの?」

「なっ、シャオ! 止めんなよ!」

「いや止めるでしょ」

 シャオはふうとため息をつき、僕たちに顎をしゃくって結界の外を見ろと促した。


 見ると、ワンフロアの十六階、結界の周りをぐるりと取り囲むように人がいる。

「あんた、圧倒的に不利よ?」

 僕が夢中になっている間に、ギャラリーが増えていたらしい。



「……っクソッ」

 ズィトと呼ばれた男が、忌々しげに僕を見て結界から出て行った。

「ごめんねイオルム。すぐ気付けなくて」

「ん?ああ、全然大丈夫。ああいうやつは慣れっこだから」

「慣れっこ、って」

「よく絡まれるんだよねぇ、ほら、悪虐王子だからさ? で、絡まれたらボコボコにしちゃうから問題なし!」

 にっこりと微笑むと、シャオの口がひくついた。


「ボコボコ、って」

「ふふ、こう見えて僕、ケンカは強いよ?」


 身体も心もへし折って、二度と喧嘩を売ろうなんて思えないようにしちゃう。

 ただ、身体は壊しても直せるけど……心だけはどうしようもないんだよね。


 ――あーあ、歪んで生まれた僕の心も、直れば良かったのに。

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