01 毒に倒れた眠り姫
婚約者が、毒に倒れた。
僕に恨みを持つ者の犯行だった。
お茶会の最中に倒れた婚約者は、即座に処置を施され、主犯が持っていた解毒薬を投与された。
しかし、かなり珍しい毒で、かつ精製からかなり時間が経ち変質しているため、命の危機は脱したけれど、いつ目覚めるかはわからないという話だった。
「命は、助かったんだよね?」
三日寝ずに詰めてくれている、僕が生まれる前から王城に勤める老年の侍医に尋ねる。年寄りをこき使って申し訳ないけれど、今リリスを任せられるのがこの人しかいない。
「はい、イオルム殿下。一番危険な成分は解毒できているはずです。
しかし、何度も説明しております通り、毒も解毒剤も変質しておりました。それでも解毒剤を投与しなければ間違いなくリリス様の御命が危なかったためやむなく投与しておりますが、おそらくこれは、毒を作った者を頼る以外にないと思われます」
「毒を作った、者……?」
「それについては現在主犯のボゼン伯爵を取り調べていると聞いておりますが……」
「……わかった。ありがとう。ちょっと出てくるよ。リリをよろしくね」
「かしこまりました」
「陛下」
執務室で険しい顔をしながら書類を眺めている父上に声をかける。
「……イオルム。リリスの様子はどうだ」
「眠ったままだよ。
……侍医から、毒の作り手を頼る以外にないって聞いたんだけど、誰に作らせたかまだ吐かない?」
「ああ。なかなか口が硬くてな。かなり厳しく取り調べてはいるんだが」
「僕にやらせて欲しい」
「……ならん」
「必ず吐かせる。その後の処理も全て僕がやる。父上、お願い……僕、リリスにまた、笑って欲しいんだ」
「イオルム」
「そのためになら、僕は何だってやる。リリスのためなら、僕はどうなっても構わない。
……僕を生かしてくれたのは、リリスなんだ。リリスがいなきゃ、僕」
世界を、壊してしまうかもしれない。
僕の小さなつぶやきを聞いて、父上はため息混じりに俯き、首を横に振った。
「……わかった。その代わり、 私も立ち会おう」
「やあ、ボゼン伯爵」
牢に入ると、伯爵は鋭い眼差しで僕をにらんだ。
「イオルム殿下。国王陛下まで、どうなさいましたか、こんな地下牢に」
「なんで、リリスに手をかけたの」
「何故か、ですって? リリス嬢はあなたのアキレス腱だ。あれを消してしまえば、どうにでもなる」
「バレたら自分の命がないことくらい、わかってたんじゃないの?」
「……っ、はっ、あなたの羽を捥げれば十分なのですよ、殿下。怒りに任せて私を罰すればいい! この化け物王子が!!」
化け物王子。
このウルフェルグ王国の中では飛び抜けた魔力量。そして、グレーが認められない人間性を持ち、全ては白と黒で判断する。
喧嘩両成敗? 何それ。手を出した方が悪いやつだ。僕が徹底的に叩き潰してやらなくちゃ。
子どもの頃の僕は、そういう子どもだった。
否定され続けた六歳の僕が、生まれて間もない妹のヘルガを手にかけようとした時には、幽閉はほぼ決定だとされていた。
それが、無二の友人との出会いや、リリスとの邂逅を経て、なんとか人の形を取り繕い、この十六歳までこうして生きてこられたわけだけど。
ボゼン伯爵の息子、子どもの頃の僕がボッコボコにして十年、未だに領地で療養中なんだよね。
でもあれだって、元をただせば、あいつらがよってたかって男爵家の男の子をいじめていたからなのに。
「うん、そうだね。化け物王子。間違いないよ。
アグナ様に言われて頑張って真人間に擬態してきたけど、今は緊急事態だからね。伯爵のお望み通り、化け物に戻ってみようかと思うよ」
「……は」
「国王陛下、自白魔法の使用許可を」
使用許可を求めた魔法を聞いて、父上が息を呑んだ。
「……イオルム、いつの間に」
「仕組みは本で読んだ。自分でやりやすくしたのをユークリッドで試して、ユークのお墨付きはもらってる」
「ユークリッド殿下のお墨付きなら間違いはない、か。……良いだろう。記録はしなくて良いのか」
「持ってきてる」
記録用の魔道具を手のひらに出すと、父上はため息をついた。
「さすが、抜かりないな」
「じ、自白魔法……冗談でしょう?」
ボゼン伯爵が明らかに動揺した。
「ボゼン伯爵は、僕が冗談を言うようなヤツだって、思ってるの?」
ガクガクと震え出した伯爵を一瞥する。
「そもそも、化け物なんだから、手段は選ばないよ、ね?」
眼に魔力を込める。
『称号なし、そもそも魔法使いへの弟子入りさえ許されない除外者のお前が使うのは明らかにアウトだ。だけど使うなとは言わねえ。使いどころは、選べよ』
実験に付き合ってくれた大切な友達の顔を思い浮かべながら、僕は魔法を展開した眼を開いた。
目を閉じて魔力を浴びないようにすることもできたはずなのに、恐怖でそれすらも忘れてしまったのか、ボゼン伯爵は僕の自白魔法が乗った目をしっかりと凝視した。
「…………」
目がとろりと濁り、魔法にかかったのがわかる。
「教えて、ボゼン伯爵。リリス=セスに飲ませた毒は、どうやって手に入れたの?」
「……ネルサ侯爵から、手に入れた」
「……ネルサか」
後ろで父上が呟く。
ネルサ侯爵家は、リリスの生家であるセス公爵家と決定的に仲が悪い。
セス家がそもそも筆頭公爵家でありながら、あまり良い振る舞いをしないのだ。敵も多かった。
「それで、その毒を受け取る時、ネルサ侯爵は何か言ってた?」
「かつて自決用に、魔女に頼んで作らせた毒だと……確か、ユジヌ公国にいるなんとかという魔女に、百年前に頼んだものらしいと言っていた……」
「そう。ほかには?」
「これで、セス公爵の鼻をあかせる、と……驕りきったセス公爵を貶めることで、国王陛下も目を覚ますだろう、と……」
「陛下、ほかに聞いておくことはありますか」
「……この魔法、あとどれくらいの時間効果がある」
「……僕が離れてから半刻は持つと思います。取調官を呼ぶなら、今のうちに」
「わかった。すぐに手配するから、少し待っていてくれ」
父上が指示を出しに下がった。
「……あのさぁ、わかってる? 君んとこの息子をボコボコにしたのは、君の息子が子分の首を絞めていたからだよ?」
「……知っている……しかし、権力とはそういうものだ……強い者が弱い者を従わせる……」
「違うね。君が化け物だと蔑む僕にだってわかる。強い者は弱い者を守るべきだ。そのための力だよ。
まあ心をバキバキに折っちゃったのは百歩譲って僕が悪かったよ?でもね、元はといえば君の息子が力の使い方を間違ったし、さらに元をただせば君が育て方を間違えてる」
「……っく、そんな、ことは」
「ある。僕は僕の正義に基づいて君の息子に罰を与えた。その罰がこれだと言うのなら、矛先が違うんじゃないの?ねぇ」
バタバタと背後で足音が聞こえる。
「綺麗に死ねると思わないでね? リリスと同じくらい、苦しい思いをしてもらわなきゃ、割に合わない」
父上が連れてきたのは、事務官のデゼルだった。
僕の眼を見て、「はあああ」と声に出してため息を吐く。
「殿下、やりやがりましたね」
「致し方ないと思わない? 毒について何も吐かないんだもの」
「ここだけの秘密にしときましょう。俺もアグナ様に叱られるのはごめんです」
デゼルは事務官でありながら、この国唯一の称号持ちだ。
表に出ない理由は、面倒だから。
ちなみに父上が子どもの時から、風貌がまるで変わらないらしい。
「というわけで毒はユジヌの魔女に作らせたらしいんだけど、誰かわかる?」
「……ユジヌには長いこと魔女は一人しかいません。天香の魔女ヨランド。大陸一の薬師です」
「ありがとう。僕、会えるかな?」
「俺、面識ないんですよねえ……ヨランド様は引きこもりタイプなんで。たぶんアグナ様を通すのが確実です」
「げ……たった今、禁忌を破って自白魔法使ったこの足でアグナ様に会うの?お説教間違いなしじゃん」
「諦めましょう、殿下」
アグナ様のお説教はとても怖い。怖いなんてもんじゃない。容赦がない。
でも、弟子入りが認められない僕を目にかけてくれることはとてもありがたい。
アグナ様の後ろ盾があるから、僕は今も生きている。
「はー、しょうがないね。行ってくるよ。後で慰めてね」
「それは、リリス様が目覚めてからにしましょうか、殿下」
まさかハイファンタジーで自分が投稿するようになる日がくるなど思いもしませんでした。
現在異世界恋愛ジャンルで投稿中の「お前よりも運命だ(おまうめ)」の関連作品となります。略称は「きみすて」です。おまうめ本編中で出てくる「リリスが毒を盛られて眠っていた時期(を含めた数年間)」の物語となります。どうぞよろしくお願いいたします。