虎の威を借る狐
時は春秋戦国時代。ある山に虎がおり、彼は百獣を探し求めてはそれを食らっていた。その虎はある日たまたま一匹の狐を捕らえ得たが、その狐は尾を捕まれるなり虎に曰う。
「おーっと、私のことは食べないでください。実はかの天帝がこの私を百獣の長としてくださりましてね、もしアナタが私のことをパクっと食べちゃいましたら、それこそ天帝の命に逆らうような不届きとなるんですよ」
いやに饒舌な口調に対し虎は一瞬訝しげな顔をするが、それでも尚お狐は続ける。
「はは、さすがに信じられないでしょ。だったら私が先に行きますから、どうか後に随ってみてください。百獣、みーんな走って逃げてっちゃいますよ」
そんなに謂うなら、と虎は以為い、遂に狐と歩き出してしまった。
さて、狐を先頭として山の開けた所に出る。そこでは数多の獣たちが気ままに振る舞っていたが、現れた者の姿を見るなりみな一気に畏れだした。虎はすっかり狐を畏れているのだと以為っていたが、その百獣の群の中に猿と狸とがいた。
「おい、おい!」
猿は狸を揺り起こしながら小声で叫ぶ。それを聞いた狸は眠い目をこすりつつ起き上がった。
「ん……なあに?」
「何って、あいつ見えねェのか!」
「どれど……わっ」
狸もすっかり眠気が覚めて顔を蒼くし、そのまま猿と抱き合って倶に震えている。その様子を横目に、狐は自慢げな顔で虎に謂った。
「ほらどうでしょう。みーんな私のこと怖がってますよ」
「たしかに、なんだかこりゃすごいなあ……」
ところが虎の返事をし終えるかし終えないかの瞬間、俄に狸が声を張り上げる。
「おーいみんな、虎が来た! おっきな虎がこっち来てるぞおっ!」
遂に百獣たちは一斉に立ち上がり、虎の顔を見るなり走って逃げてしまった。そうして辺りは誰もいなくなり、何の事情も知らない鳥たちがチュンチュンと鳴いている程度であった。
静かになった直後、虎はじろりと睨みを利かせて曰う。
「……おい、さっき虎が来たぞって」
「は、はは。『虎』って字と『狐』って字はどちらも『コ』って読むじゃありませんか」
「そんなことは聞いとらんッ!」
【参考文献】
戦国策・楚策