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矛盾

 時は春秋戦国時代、楚の人に(たて)と矛とを鬻ぐ者がいた。その男は楯を誉めて()う。

「さあさあ皆さまいらっしゃい。この楯の堅さときたら、どんな矛でも(とお)せやしませんぜ」

 又、一方の矛を誉めて曰う。

「そンでもってこの矛よ。コイツの(するど)さときたら、どんな物でもブスリと陥しやすぜ」

 周りの者は男の言葉に感心していたが、その中の或る一人が手を挙げて曰った。

「少しお聞きしたいことがあります。あなたのその矛で、その楯を陥したら何如(どう)なるのですか」

 その言葉に男は息を飲んだ。たかが宣伝のためだけに発した文句に対し、斯くの如き詮索をされるとは思ってもみなかったからだ。

 ここで言われたままにして、もし矛が楯を陥したら、それは楯への文句が嘘だと示すことになる。又、もし楯が矛をヘシ折ったら、それは矛への文句が嘘だと示すことにもなる。かと謂ってその場を去ってしまったら、せっかく得た客に深い失望を与えることになる。畢竟するに、いずれへ転がっても自ら窮地に追いやられるのだ。

 残された道すら八方塞がりである以上、下手なことをすれば厄介事になりかねない。男は暫し言葉に詰まった後、口を開いた。

「いい質問だ、ならこの矛でこの楯を陥してやろうじゃアねえか!」

 その叫びと共に、男は矛の尖端を楯の中央にぶつけた。

 その瞬間、ある二つの事象が男の手の中で発生した。一つは、矛が楯を陥すという事象。もう一つは、楯が矛を跳ね返すという事象。だが男の行動によって生ずる全事象に於いて、本来両者は排反事象であり同時に発生すべきものではない。だが、男の言葉がそれを可能にした。覚えずして男の言葉が外界に影響を与え、楯と矛それぞれに言葉どおりの力を与えてしまったのだ。

 だが言葉が両事象を以って可能と為したと雖も、それが排反事象であることに変わりはない。故にその空間には甚だしい「歪み」が発生し、それが巨大な爆発となって中国一帯を走り抜けた。当時勢力を伸ばしつつあった秦は爆発により再び彼方西方へと吹き飛ばされ、斯くして楚は中国を統一したのだった。


 ……ンなこたァあるかい。

【参考文献】

韓非子・難一篇

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