第3話 変化の兆し
夕飯を食べ終わり少し談笑した後、部屋に戻りベッドに寝転がるとスマホを眺める。時刻は二十二時を過ぎ疲れからか若干眠気を催しているものの食事前に見たリインカーネーションという配信アプリが気になり眠れない。
まだ誰の配信も観ていないにも拘らず自分を変える為のヒントを得られそうな期待感と無知からくる知識欲が眠りを妨げているのだろう。
幸いにも親戚関係の行事が全て白紙に戻り明日の予定は何も入っていない。少しくらいの夜更かしなら問題ないと、アプリを開き直したのだが配信中一覧からファイバーのサムネイルが消えていた。
他に視聴してみたいと思える目を引く配信は行われていない。だからと言ってこのままアプリを閉じ眠りにつくのは何だか時間が勿体ない気がする。
雑談や歌、お薦めといった幾つかのカテゴリーに分類されているがサムネイルに使われているアバターを見ただけでは面白いかどうかの判別など出来るわけもなく直感をフル活用して面白い配信を探す。
単純な興味なら歌やゲーム配信を選ぶのだが、他者との交流という意味では雑談の方が参考になると雑談カテゴリーの中から適当に選んだサムネイルをタップする。
入出挨拶は問題なく想像していたよりも温かく迎えてくれる感すらあった。だが挨拶が終われば何を見せられているのかと思うような配信ばかりで三分と耐えられず入退出を繰り返す。
恋愛要素の主張が激しく熱烈なファンと思われるリスナー達の強烈なアピール合戦やマウントの取り合いが常態化しているのだろうか。想定内の一側面だったがコメントすることすら躊躇してしまうような空気に満ちている。
いつもならこの時点で見切りをつけアプリをアンインストールしていた。ただこれだけ連続で性に合わない配信を選び続けているのは単純に自分の運の悪さが原因かもしれない。そう思っていなければ即アンインストールしてしまいそうだ。
バス乗り場で友達に薦めていた女の子は純粋に楽しさを伝えようとしていた。だからこそ例えアンインストールするにしてもファイバーという配信者の配信だけは視聴してみたい。
今までと違う思考と行動が見落としていた変化をもたらす切っ掛けの存在を無意識に感じとっているからこそ、もう少し様子を見たいと思えているのだろうか。
ここまで五人、配信を視聴したが配信タイトルやサムネイルからでは楽しいかどうか以前に男女の区別すらつかないことが分かった。女の子のアバターを使用している男性も居れば、その逆も居た。自分に合った楽しいと思える配信に遭遇するにはガチャ要素、つまり運の要素が高いと言える。
六人目、七人目は五人目までと違いガチ恋感は一切なかったのだがネガティブな発言ばかり繰り返す配信で聞いているだけで心が病んできそうな気がして退室。次で八人目、よくここまで頑張ったと自分を褒めてあげたいと思えるほどの苦行を耐えてきたが限界が近い。
(よし!! 次が駄目なら今日は諦めるか)
時刻は二十三時を過ぎ、疲れからか眠気を感じる。風呂に入る時間を考えると次がラストチャンスだろう。
お薦め配信として表示されているサムネイルの中から適当に選びタップすると配信ルームと呼ばれる仮想空間上に作られたブースへとスマホの画面が切替わる。挨拶コメントを打つと過去七回と同じで数名が挨拶してくれた。
ただ配信内容やコメント欄に書かれた言葉が今日見てきた七名の配信と根本的に違っているように思える。純粋に配信を楽しみ友達と雑談しているかのような雰囲気。
配信しているのは兎牙という名前の女性で天然キャラ、ドジっ子なのかコメントの読み間違いなど失敗しては笑っている。常連と思われるリスナーは男女比率半々、リスナー同士の仲も良くコメント欄が一切荒れていない。
入室して十分程経過しているが居心地がよく退室したい衝動に駆られたりしない。そんな中、あるコメントに目が留まる。
このリインカーネーションという配信アプリで唯一知っているライバーと同名の人物の入室を知らせるコメントが表示された。ただ同名だが夕飯に見たピンク髪の男性アバターではなく可愛らしい少女のようなアバターになっている。
「そうだ! シャロウさんまだ居るかな? 始めたばかりで誰の配信が面白いとか分からないと思うんだけど、コメント欄に居るファイバーさんの配信って凄く面白いからお薦めですよ」
お薦めという言葉に同意するようなコメントが幾つか見受けられる。今、視聴している大半のリスナーに面白いと薦められ俄然興味が湧いてきた。
その後、フォローしておけば配信開始のお知らせが届いたりする便利機能など役立つ情報を幾つか教えてもらいファイバー、トガの両名をフォローし終わると早々に挨拶を済ませアプリを閉じ眠りについた。
翌朝、屋外で寝ていたかのような寒さで目を覚ます。スマホを見ると九時を少し回っておりカーテンの隙間から陽の光が差し込み、快晴のようだが雪でも降っているんじゃないかと思うほど寒い。
芦柘家では晴れた日の朝、今ぐらいの時間になると母親が二階の窓を開け空気の入れ替えとやらを行う。夏なら問題ないが冬は寒く子供の頃、何度か風邪を引き高熱で苦しんだという懐かしい記憶が蘇る。
親戚の家に行かないで済むのは嬉しいが、何もやることが無い。起きようかと考えもしたが一旦布団に潜り込み空いた時間をどう活用するか考えることにした。
買い出しなど何かしら手伝わされるだろうと予想していたのだが疲れているだろうと気を使ってくれているのか未だ誰も起こしに来ない。普段なら迷わず二度寝している頃なのだが不思議と目が冴えている。
久しぶりに帰郷したのだから近所を散策するのも良いが出かけるのならもう少し気温が上がる午後からにしたい。結局、二度寝しないだけで何かに理由を付けてダラダラ過ごしているだけとも言える。しかしそんな怠惰な時間は突然の通知音により終わりを迎える。
(誰だろ・・・・・・ リインカーネーション? ファイバー「雑枠」初見潜りOK・・・・・これって配信通知かな?)
アプリを開いてみるとフォローしている二人のうちファイバーのサムネイルだけが配信中表示されている。視聴したいと思っていた配信だけに迷うことなくサムネイルをタップし視聴することにした。
「あっ!! シャロウさん。おはよう。来てくれてありがとう。昨日、兎牙の枠で知り合ったシャロウさんです。みんな仲良くしてくれよな」
ピンク髪の男性アバター、気さくで好感の持てる青年といった感じでリスナーは女性が多いのだがマウントの取り合いなど自己主張の激しい人が一人も居らず初見でも楽しめる。
「そう言えばシャロウさんは配信したりするのかな?」
突然の質問にコメントすることを躊躇してしまう。何のためにリインカーネーションをインストールしたのか考えれば質問に対する答えは明白なのだが。
[生まれ変わり成りたい自分になる]というアプリのキャッチコピーは目標としている事と合致しているのに未知への不安がコメントすることを躊躇させる。
ただ変化を求めるのなら乗り越えなければならない最初の壁。今まで試みた事というのは簡単に始められる壁すら存在しないものだったのかもしれない。そんなことで変われるのなら後悔し涙することも無かっただろう。
(配信・・・・・・ やってみるか!!)
配信します。たった一言コメントしただけなのに何とも言えない高揚感を感じた。何かと課題は山積しているがファイバーの配信を観て研究すれば何かヒントが掴めるかもしれない。
最後まで読んで頂きありがとうございます。次回「4話 初配信」お楽しみに。
このパラサイトシングルに登場するメインキャラにはそれぞれモデルとなった配信者さんが居て皆さんとても魅力的な方々なんですよ。
更新予定日:4月5日(土)18時