07 彼の事情
「和平交渉だと騙されて両親と弟を殺されたので、俺はその報復として謀った敵国将校の一族を皆殺しにした……王都のような遠方に届く頃には酷い噂になってしまったものだ。口から口に伝わるごとに、何かを加えて妙な話になってしまったのだろうが……その通りだ。俺は血塗れ辺境伯と呼ばれるのに、相応しい男だ」
あまりにも悲しい悲劇を聞いて動きを止めてしまった私に、エクレールは淡々と観察しているようだった。
「……そ、それは……」
……知らなかった。そんな彼の噂話は、聞いたことはなかった。残虐非道な辺境伯、その理由は、家族を殺された復讐をしたからだというの……?
「知らなかったのか。セシリー……俺は君が、これを聞いて逃げ帰っても構わない。何もかも、本当のことだ。家族を殺された怒りのままに、その男に同じ思いをさせたいがために、全員を殺して惨状を作り上げた酷い奴だよ」
「知らなかった……です」
アーヴィング辺境伯の仇討ちの話は、私は知らなかった。
家族を殺されたと聞いた時の怒り、それを果たしたとしても一生消せぬ悲しみ。私なんかには、とても想像出来ぬ過去だった。
だから、アーヴィング家の使用人はあんな風に『いろいろあったから』と、言葉を濁していたんだ。
「セシリーが来ると聞いた時から、不思議だった事だ。何故、あの、姫の侍女の君がここに来ることになった? 俺とどうしても結婚したいなどと、わかりやすい嘘をつかなくても良い。何があった?」
エクレールは至近距離で私をじっと見つめ、決して嘘を許さぬとでも言いたげな体勢だった。
何があった……? この彼を世直しのためと言われて暗殺するために、ここに来たと……? そんなこと、言える訳がない……!
「……私はエクレールと結婚をしたくて……」
「それは何故だ。王都で血塗れ辺境伯と呼ばれていることは知っているし、若いご令嬢からは避けられていることも知っている。それなのに、君はここに来た。それは、何故だ」
私のその時の気分は、まるで尋問されている罪人だった。ここでその場しのぎの嘘なんて、通用する訳がない。
「私は……貧乏男爵家の娘で、貴族とは名ばかりで常に働いていました。優雅な生活がしたくて……ここなら、私でも受け入れてくれると」
実際、私にはフロレンティーナ様が持参金を用意してくれるという話にまでなっていた。けれど、アーヴィング辺境伯家は持参金が不要と連絡があったのだ。
「……なるほど。それはその通りだ。セシリーの家にお金がなくとも、それは心配しなくても良い。君の家の援助もしよう。大した出費でもない」
アーヴィング地方の軍馬は、とても高値で取引される。その上に、辺境伯は領地も広く領民も多い。隣国との国境に位置するために、関税だって取ることも出来る。お金は確かにあるのだろう。
エクレールは、まだ私に、疑いがあるようだった。おそらく、私がここに来た時から、これを確かめたかったのだ。
心に後ろ暗いところしかない私は、どうしようどうしようとおろおろするしかない。
……二人きりになる機会を、窺っていたということ?
「私は……その。馬が好きで……」
ここはどうにか切り抜けないとと考えた私は、どうにか彼と結婚したいと思った理由をひねり出した。
何年も城で働き詰めだった私が、馬なんて好きな訳がない。好きなのに馬に乗れないのかと問われても、言い訳出来ない。
けれど、このアーヴィング地方で有名な特産物。それは、今私が乗っている美しい軍馬なのだ。
「馬が……? 変わっているな。セシリー。だが、あの話を聞いてここに来るということは、何か理由があるのではないかと俺は思って居た。だが、そういった理由があるならば納得出来る。家では買えないから、売るほど馬が居るここに? ……なるほど。セシリーは馬が好きなのか」
エクレールは何度か大きく頷き私の言った理由に理解を示した。
彼と結婚した理由に嘘をついた私が言うのもなんだけど、本当に納得してくれたの……?
両親と弟が騙されて殺されてしまったのに、どうしてそんなに素直に聞いてくれるの? いえ。エクレールは何も悪くないのだけれど。
「そうです……馬が好きで……こうして、乗馬出来ていることも夢のようです」
私の言葉は自分でも棒読みだった。けれど、エクレールはここでそんな下手な演技を疑ってかかることはしなかった。
◇◆◇
私は部屋に戻り延ばし延ばしにしていたことに手を付けようと、白い便箋を目の前にして一文字も書けずにいた。
……何をどう書いたら良いのかしら。まずは、謝罪から?
フロレンティーナ様に何か報告すべきだとは思う。私は予定していた暗殺を失敗し、エクレールを暗殺するべきではないと思って居る。
そして、エクレール・アーヴィングについての不名誉な噂。それを、ちゃんと正すべきだとも思って居た。
「……何をどう書いたら良いかしら。アーヴィング辺境伯は素敵な男性で、噂話も大袈裟になりすぎてしまっただけで、彼は皆が思うような人ではなかったと……?」
その通りだった。エクレールは騙されて殺されてしまった家族の復讐を遂げたとは、自ら言っていたけれど……誰だって、そうしたいと思うはずだ。
フロレンティーナ様は真実を知ったならば、エクレール・アーヴィングと結婚したいと思うかもしれない。
だって、エクレールは美男子の辺境伯の上に、性格も良くて使用人にも好かれている。私なんかと結婚することになっても、嫌な顔をひとつせずに自分と結婚したいと思った理由を確認する程度。
……わからない。どうして、私は一文字も書くことが出来ないの?
フロレンティーナ様は、私からの暗殺成功の知らせを待っているだろう。簡単に暗殺出来る毒薬まで用意してくれたというのに、私は目的を遂げることが出来なかった。
報告すべきなのに、どんな言葉で何を伝えれば良いのか、わからない。
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