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世直しのため残虐辺境伯を暗殺しに送り込まれた身代わり妻(仮)なのに、ほっこりほこほこ♡愛され生活を送っています!  作者: 待鳥園子


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04 毒薬

『……何を迷っているの。しっかりしなさい。セシリー。ここに来た使命を果たすのよ』


 心の中で誰かが、叱咤激励をした。


 私は胸にかかったロケットを握りしめた。ここにあるのは、毒薬。それも、即効性のあるもので、口にすればすぐに死に至る非常に強力な毒薬。


 ……私はエクレール・アーヴィングを暗殺しなくては、それが世のため人のため。それに、フロレンティーナ様のためにもなることなのよ。


「あの……私。エクレール様に、お酒をお持ちしようと思うのですが。せっかくこのように盛大な歓迎の宴を開いていただいたことですし……感謝を伝えたくて」


 私はここで無言のままソフィーと見つめ合っていても仕方がないと思い、そう口にした。


「セシリー様が、ですか……? ですが……」


 目を丸くしたソフィーは、口に手を当てて驚いているようだ。


 彼女の立場では無理もないと思う。貴族と使用人の役割は明確で、私が給仕のような真似をするはずもないと思って居るはずだ。


 こんなことを言い出すはずもないとでも、思っているのかもしれない。


「ソフィーは知らないかも知れないですが、私の生家アンバー男爵家はとても貧乏で……城でメイドで働いていたこともあるのです。給仕することは、特に抵抗はありません。それに、エクレール様にはこれからお世話になるのですから……」


 毒薬を飲ませるために必要なことだとわかりながら、私はソフィーに嘘をつくことに対し罪悪感があった。


 私が直接出したお酒に混ぜることが、一番にやりやすい。それに、まさか私に殺されるなんて思ってもみないだろうから、これは上手く行くはずだ。


「まあ……かしこまりました。領主様もセシリー様のお気持ちを喜ばれることと思いますわ。お酒は会場の隣の小部屋にご用意してあります……こちらへ」


 ソフィーは嬉しそうに微笑み、私を案内してくれることになった。


「とてもたくさん……種類があるのですね」


 そこはぐるりと囲む棚に酒瓶が置かれていて、大量のお酒を貯蔵しているようだった。


「ええ……前領主様がお酒好きだったそうで。領主様はそれほど飲まれないのですが、葡萄酒は好んでいらっしゃるみたいですね」


 そう言ってソフィーは私を葡萄酒が並んで居る棚へと案内してくれた。


「……凄いわ。年代別に置かれていて……高価でしょうね」


「ええ。ですが、未来の奥様のすることに、文句は付けられないと思いますわ。お好きなものをお選びください」


 ソフィーに促され、私は特に考えず酒瓶を握った。これが彼の命を奪うことになる。


「……ソフィー。先に帰ってくれても構わないわ。私もお酒を用意したら、すぐに戻るから」


 平静を装って私は言い、ソフィーも首を傾げながらも頷いた。


「あの、それでは……お先に失礼します」


「ええ」


 ソフィーはぺこりとお辞儀をして、去って行った。私はその手に持っていた酒瓶を見てから、栓を開けると用意されていたグラスへと淹れた。


 ……ここで、毒薬を入れなければ。胸にあったロケットに手を掛けて、私はしばしそれを見つめた。


 けれど、エクレール・アーヴィングは、本当に残虐非道な辺境伯なの……? 彼のこれまでの……態度、それに、ここで雇われているソフィーの言葉。


 本当に、彼を暗殺しても良いの……?


 暗殺するならばこの機会が、一番に良いと言われていたし、私だってそう思う。


 長居してしまえば情が湧いてしまうかもしれないし、自由が制限されてしまうかもしれない。今なら私はただの男爵令嬢で、エクレールの元に押しかけてきた、彼の結婚したいだけの変な女だ。


 今ならば、暗殺をすることだって簡単だ。


 この毒薬を赤いお酒に入れる。エクレールはそれを疑うこともせずに、飲んでしまうだろう。すぐに毒は身体全体に回り、息を絶ってしまうだろう。


 私はそれを確認してから、すぐに王都に帰れば良い。


 不測の事態の大騒ぎになれば、私一人がどこに居るかなんて、誰も気にしないはず。


 ……それで良い。私がここに来た理由は、暗殺をやり遂げること。


 けれど、私はエクレール・アーヴィングが、あの噂話にあるような……残虐非道な辺境伯には、とても思えない。


 ……もし、殺すべきではない人を、殺してしまったら……?


 私は……。


「……セシリー?」


「っ……エクレール?」


 私は手に持っていたグラスを落としてしまった。床には硝子の破片が散らばって、円形にこぼれてしまった。


 扉の前に居たのは、僅かな光でもうっすらと発光するような金髪を持つ、アーヴィング辺境伯だ。


 まさかこんな場所に彼自身が来るなんて思わなかった私は、大きく動揺して、胸が大きく鳴って心臓が絞れるような感覚がした。


 どうしよう……毒薬を入れる、絶好の機会だったのに。


「大丈夫か?」


 彼は立ち尽くしていた私の手を取って、その場から離した。


「……申し訳ありません」


「謝らなくても良いだろう。驚かせて悪かった。ドレスは濡れていないか?」


「はい……」


 もう出来なかったことを、後悔しても仕方ない。ここで怪しまれてもいけないし、エクレールに話を合わせなければ。


「君の元へ向かわせていたソフィーから、話を聞いて慌てて来たんだ。君はもう、辺境伯夫人としての立場を考えなければならない。俺のためと想ってくれたのはありがたいが、給仕の真似事は慎むようにしてくれ」


「はい……」


 確かに会場には、多くの人目がある。ソフィーからこの話を聞いて、彼が私に止めるかもしれないと私も気がつかなければいけなかったのに……。


「悪い。落ち込ませるつもりではなかったのだが……」


 そう言って彼は私の頭に手を当てて、急に抱きしめたので、私は先ほどまでとは違った意味でドキドキしてしまった。


 え! 嘘でしょう。手が早いわ……それもそうよね……だって、彼は処女と見れば、という男性なのだから!


 それに……いけない。このドレスには、隠しポケットがあって、それに違和感を持たれてしまったら?


「やめて!」


 私は手を突き出して、エクレールから身体を離した。


「っ……ごめん。つい……悪かった」


 エクレールは片手を上げて、顔に反対側の手を当てていた。


「いえっ! 私も……申し訳ありません」


 とは言え、私はエクレールと結婚したいからと、この辺境の地に来た設定なのだから、喜ぶべきだったのかもしれない……もう……とにかく、この場を誤魔化さなければ。


 ひとつが狂い出すと、全部が狂ってしまうわ。


「悪い……そうだった。俺は本当に何もわかっていない」


 エクレールの顔を見ると、また顔が赤い。照れているようだ。


 そして、私はどうしても思ってしまう……私はこの人を、暗殺してしまって良いの……? と。



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