02 暗殺計画
「はあっ……なんなのかしら。もう……予想外過ぎることばかりだわ……」
私はメイドに案内された、信じられないくらいに大きな部屋で、小さくため息をついた。
部屋を見回せば質の良い調度で、女性らしいピンクと水色。まるでお姫様のために用意された部屋。
本当にすごい……けれど、関係ないわ。
私は今夜中にもアーヴィング辺境伯領から、居なくなるもの。
私に対する失礼発言の後、周囲から非難囂々受けて仏頂面になったアーヴィング辺境伯から私はメイドさんたちによって離された。
……私が地味なのは自覚もあるし本当のことだから、別に構わないんだけど、あんな風に口に出して言わなくても良いわよね。
案内してくれたメイドには、備え付けの浴室は既に用意してくれていて、入浴の手伝いもすると言われたけれど断った。
ここ二年くらい行儀見習いの理由の元で王家の侍女をしていたので、自分の世話は自分で何でも出来てしまう。
というか……私は、ここにある荷物を残して、すぐに姿を消してしまうつもりだから、その準備を見られてしまう訳にもいかない。
これから、私は浴室に入って旅の汚れを落とし……歓迎の晩餐中にアーヴィング辺境伯の飲み物に毒を入れ、そして、姿を消す。
逃亡用にいくつも隠しポケットのあるドレスを、特別に用意してもらっていた。見た目は可愛らしいイブニングドレスだけど、スカートのふくらみ部分には逃走資金だったり、換金するための宝石だったりが隠してあった。
アーヴィング辺境伯が服毒し倒れた姿を見たら、大騒ぎになってしまうだろう。その騒ぎに乗じて、私は姿を消し、首尾良く暗殺を成功させる。
そのためにこんな……王都から馬車で、二週間も掛かるような辺境まで、私はやって来たのよ。
アーヴィング辺境伯エクレールは、グラドラート王国でとても悪名が高い。
確かに敵国ラロスタン王国の侵入を食い止めているのは、代々アーヴィング辺境伯の戦功ではあるけれど、国王陛下だってあまり命令を聞かないと彼の扱いに困っていると聞く。
辺境伯の立ち位置は特殊で、この辺境では国王陛下よりも権力を持っていることになる。
しかも、アーヴィング辺境伯は、滅多に王都には現れない。代わりに王都に届くのは彼が敵国を食い止めたという報告と、『血塗れ辺境伯』と揶揄されてしまうほどに残虐な犯罪行為をしているという噂だった。
私が仕えているフロレンティーナ姫は……彼を恐れて、王族の身分を捨てるとまで思い詰めてしまうほどの……それほどまでに、残虐非道な男なのだから。
◇◆◇
私の生家であるアンバー男爵家は、絵に描いたような貧乏男爵家。貴族と言えば一応は貴族なのだけど、代々お金がない家で、メイドは一人しか雇っていなかった。
それも、彼女は体面と見栄のために雇っている形だけのメイドで、実際のところの家事は母がほとんどしていた。
私は社交界デビュー前の行儀見習いと称して、城でメイドとして仕えることになった。本当は賃金の支払われる正真正銘のメイドとして働いているだけ。
けれど、私は生来、あまり器用な方ではなかった。仕え始めた当初は色々と粗相をしてしまい、叱られることも多々あった。
極めつけは、廊下に飾られた値打ち物の壺を割ってしまった時だ。メイドたちを取り纏めるメイド長に叱責されている私は、きっと顔面蒼白になってしまっていただろう。
そこを偶然通りがかり助けてくださったのは、天使のような第二王女フロレンティーナ様だった。
彼女はその美しい姿形の通り、中身もとても素晴らしくて、私を自分の侍女にするからと壺については身元を引き受けてくださったのだ。
王族の姫に仕える侍女というと、本来であれば、高位貴族の中でも特に選ばれしご令嬢にしか与えられない名誉だった。
だから、私はとても幸運だったし、周囲からもそう思われていた。
社交界の華と呼ばれ流行の最先端をゆく王女フロレンティーナ様の傍仕えなので、お洒落なドレスも与えられて、髪型も結って貰える。
王族のお世話をすると言っても、着付けや髪結いは専門のメイドが付いて居る。お茶を淹れたり簡単なことは手伝ったりをするけれど、それも回数をこなして慣れてしまえば苦ではなくなった。
私たち侍女はフロレンティーナ様の取り巻きとして傍に居ることが、求められている役割だった。
地味な私にとってフロレンティーナ様のお傍に居るということは、とても刺激的で素晴らしい体験であり、そして、失いがたい誇りあるものになっていった。
ある日の夜、私はいつものようにフロレンティーナ様へ就寝の確認へ行った。
本来ならば晩餐前までで私の侍女としての職務は終わっているのだけど、フロレンティーナ様は王族の姫で結婚するまで清い身を保たねばならないとして、同じ宮で生活する侍女が当番制で毎夜就寝の確認に行くのだ。
深夜にも関わらず起きなければいけないけれど、フロレンティーナ様のお部屋へと静かに入り、就寝しているそのお姿を確認するだけなので、数日に一介であればそう大変なことでもなかった。
私は音が出ないように、そっと扉を開けば、押し殺した泣き声が響いていた。
「……ひっくひっく……どうしたら良いの……っ……もうおしまいよっ……っ」
「フロレンティーナ様っ!?」
王族の姫が就寝するに相応しい天蓋付きのベッドへと、私は慌てて歩み寄った。
「ああっ……セシリー……私、私。どうしたら良いの」
「フロレンティーナ様……! 何があったのですか?」
はらはらと涙をこぼす、儚げで美しいお姫様。彼女に起きたらしい何らかの悲劇は、どれほど恐ろしいものだろうと私は思わず息をのんでしまった。
「……お父様が私を、あの……残虐非道な血塗れ辺境伯へ嫁がせると言ったの……」
残虐非道な辺境伯が誰を意味するか知っている私は、フロレンティーナ様の絶望を知った。
「まあ……フロレンティーナ様ならば、何処にでも嫁ぐことが出来るというのに……! 国王陛下はどういうおつもりなのですか?」
フロレンティーナ様はこのグラドラート王国でも、お一人しか居ない大事な大事なお姫様だ。
しかも、お美しいことで有名で、フロレンティーナ様を見たいがために国民が集まることでも有名だった。
政略的な結婚をするにしても、かなり重要な役目を持つお方だいうのに、わざわざそんな噂のある辺境伯に嫁がせようとするなんて、国王陛下は何を考えていらっしゃるのかしら。
「アーヴィング辺境伯はへ嫁ぎたい貴族令嬢は居ないけれど、彼を独身のままにはしておけない。それに、私ならば、現辺境伯と年齢も身分も釣り合うと……お父様は、そう言って……どうしたら良いの。酷い目に遭わされて、殺されてしまうわ……!」
そう言うと、フロレンティーナ様は、また泣き崩れてしまった。ひっくひっくと泣いていても、彼女は王族の姫で父からの命には逆らえない。
「なんてこと……本当に、酷い出来事ですわ。大事なフロレンティーナ様が傷つけられ苦しまれるのを、国王陛下は望まないはずです。ですから、明日にでも抗議をしてみましょう」
フロレンティーナ様は私にとって窮地を助けてくださった方で、安心出来る立場を与えてくださったお方だった。
もし、ご結婚されるなら、きっと相手は素敵な方だろうと私も思っていた。私には手の届かないような……素敵で何もかもを持つようなお方と結婚するんだろうなと、漠然と思っていた。
けれど、ご結婚相手がそんな残虐非道な辺境伯だと命じられてしまうなんて……絶望は計り知れないことだろう。
私たち貴族令嬢の結婚相手は必ず父親に認められた紳士でなくてはいけないし、至高の身分王族の姫とて家長である国王陛下の決定に従わねばならないことには変わりはない。
「っ……私だけではないわ! 周辺の住民たちだって、十分に苦しんでいるというのよ。けれど、アーヴィング辺境伯は立ち回りが上手く、噂のような犯罪行為を指摘されても、笑うばかりで上手く言い逃れるとか……辺境の地の領主である彼を、罪に問うことは……きっと難しいわ」
犯罪に関する証拠も何も、辺境伯の支配する領地では、すべてを彼が握っている状態なのだ。
「フロレンティーナ様……」
いつもは穏やかな性質の彼女が、ここまで取り乱されるなんて……信じられないけれど、この状況を思えば当然のことなのかもしれない。
「……セシリー。セシリー……貴女にお願いがあるの。彼を暗殺してくれないかしら?」
ゆっくりと顔を上げたフロレンティーナ様の可憐な唇からこぼれた不穏な言葉に、私は驚いて目を見開いてしまった。




