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096 一山超えて

 異世界転移からの迷宮を含む情報のシャワーを浴びて疲れただろうから、稀人五人には、ゆっくり休んでもらうことにした。僕の時間はまだ午後だし、やらなきゃいけないこともたくさん残っている。


 オフィスエリアに戻った僕に、最初に声をかけてきたのは、ハセガワではなくシロだった。


「ありがとう、シロ。シロが頑張って地球の情報を引っ張ってくれたおかげで、迷宮でも地球の物を作れそうだよ」

『礼には及びません。お役に立ててよかったです。……あの、悪い報せがひとつ』

「なに?」


 沈痛な面持ちのシロに、僕も立ち止まって眉間を曇らせた。


『稀人の召喚が行われた瞬間に、稀人の世界での事象改変を観測しました』

「どういうこと?」

『召喚によって、人が突然行方不明になっても、むこうでは()()()()()()()()()、あるいは()()()()()()()()()状態になった、ということです』

「……」


 唖然となった僕は、しばらく呼吸も忘れていた。


『信じられません。召喚のみならず、世界を跨いで事象にすら干渉していたなんて……』

「それだけ、ライシーカが作った召喚魔法が、特異で強力ってことか」


 そして、稀人にとって、最も重大な、悪い報せでもある。


「地球に戻ることは、実質不可能」

『ライシーカの召喚魔法と同レベルの送還魔法があったとしても、一度改変された事象を元に戻すなんて、まず無理かと……』


 僕は顔を覆って、何度か深く呼吸をした。


 戻ることはできないと、薄々感じてはいた。だけど、それは稀人が長く生きられなかったからであり、方法を探せば、あるいは地球に還れるのではないか。そういう望みもあったのだが、今回の情報で、それも潰えた。


「……わかった。みんなにも、伝えておく。教えてくれて、ありがとう」

『申し訳ありません』


 深々と頭を下げるシロに、しかし僕は返せる言葉がなく、大丈夫だと手を振るにとどめた。帰れない、という重大な情報を得られただけ、収穫と言えるだろう。


 歩きながら少しフラフラしていたらしい僕を、オペレーションルームから駆け寄ってきたハセガワが心配してくれた。


「大丈夫。もらった情報に、ちょっとショックを受けただけ」

「旦那様は、儀式の前から、ずっと緊張されていたでしょう。お疲れのはずです。今日はもうお休みください」

「でも、まだやることが……」

「またハニシェを心配させますよ」


 うっ、と言葉に詰まる。それを言われると、僕も弱い。


「わかった。タウンエリアが朝になっても僕がまだ寝ていたら、ハセガワたちに稀人の案内をお願いするよ。彼らの住む家を決めたり、迷宮のお金の使い方とか、施設の説明をしたりしなきゃいけない。あと、彩香さんに盲導犬をつけてあげないと」

「かしこまりました。お任せください」


 ハセガワがすべて請け負ってくれたので、僕は追い立てられるように箱庭に帰ることになった。


「はぁ……、まあ、疲れてはいるな」


 ひとつの、大きな山場を越えたことには違いない。


 記憶が戻ってからの二年で、ここまでやることができたのだから、我ながらよく頑張ったと思う。モンダート兄上が死んでしまう事もなかったし、半数だけとはいえ、初日に稀人を迷宮へ保護することにも成功した。

 これからもやることは多く、続けていくプロジェクトもあるのだけれど、ひと眠りする時間はあるだろう。


 自室のベッドにダイブした僕は、アンタレスのダンジョンに行っているハニシェたちが戻ってくるまで、ぐっすりと昼寝をすることができた。




 箱庭に帰ってきたハニシェ達に、儀式が成功し、稀人の半数を保護で来たことを伝えると、一瞬「お……」と言いかけて、言い直してくれた。


「お疲れ様でした、坊ちゃま」

「うん、ありがとう」


 僕はまだ少し疲れた笑顔で、労わってくれたみんなに礼を言った。

 そう、まったくめでたくない。兄上が無事だったのは良かったけれど、本当はこんな儀式、成功してほしくなかったのだから。


 それに、まだ半数の稀人の回収・保護が終わっていない。そちらはもう少し機会をうかがう必要があるけれど、彼らのことを含めて、リンベリュート王国内の監視はカガミに任せることにしていた。

 僕自身は、そろそろ隣国オルコラルトをまわりはじめなければならないので、ハニシェ達にはその準備に入るよう指示を出した。


「わかりました。最初の目的地は、首都ミリオニアでしょうか?」


 リビングのテーブルに広げられた地図の上で、ハニシェの指先がオルコラルト国の中心地を指すが、僕は首を振った。


「いや、面倒は避けたい。ミリオニアは迂回して、港町ムタスまで行く。あとは、必要そうな街道を少しマーキングして、カルモンディ渓谷に迷宮都市を、各地にダンジョンを出したら、旧ニーザルディア国領に行くつもりだ。その頃には、きっと教皇国が大陸街道を見張るようになるだろうからね」


 オルコラルト国は王制ではなく、有力な商人たちによる合議制で治められている。表向きは平民による共和政だが、内情は資金力が声の大きさを決めていると言っていい。

 そんな所に僕がのこのこ行ったら、身分や権力というわかりやすいものではなく、金という見えない糸に操られた檻が待ち構えているに違いないのだ。各ギルドの力関係も、リンベリュート王国とは大きく違うだろう。信用できる人間が現れるまでは、むやみに出ていかない方がいい。


「カルモンディ渓谷というと……オルコラルトとエル・ニーザルディアを釘付けにするためですか」

「そのとおり」


 僕の意図を正確に読み取ったスハイルに、頷いてみせる。

 カルモンディ渓谷は、オルコラルト国の向こう端。リンベリュート王国とは反対側に位置する、エル・ニーザルディア王国との境にある荒野と谷だ。

 エル・ニーザルディアは、旧ニーザルディア国の王族の生き残りを御輿に、有力貴族たちによって運営されている。貴族議会の影響力が非常に強い国家だ。

 ちなみに、リンベリュート王国は、旧ニーザルディア時代の辺境貴族リンベリュート家が中心になって建国されたのだが、いまは置いておこう。


「拝金主義のオルコラルトと、権威主義のエル・ニーザルディア。両国の国境にあるカルモンディ渓谷に迷宮都市が出現すれば、両国からの干渉が発生する。どちらも、仲良く迷宮を利用しましょう、なんて気にはならないはずだ。そこに、教皇国がしゃしゃり出てきたとして、どちらの国も、いい顔をするはずがないだろう?」


 カルモンディ渓谷に出現させる予定の迷宮都市は、『GOグリ』ゲームの中でも二重都市デュエットとして独特の雰囲気があったカペラ。煌びやかで夢のような贅沢を味わえる『栄耀都市カペラ』と、退廃と犯罪の香りが充満する『背徳街カペラ』にするつもりだ。純粋な敷地面積、規模も大きい。


「迷宮都市を巡って、戦争が起こりかねませんよ。カルモンディ渓谷がある荒野は、横断に数日はかかるほど広いんです。ええ、三カ国の軍隊が十分に展開できるくらいには」


 ルジェーロ伯父上から教育を受けていたスハイルの指摘は正しい。そして、僕の望みこそ、その国家間の緊張にある。


「また“障り”が出て苦しむだろうけど、やりたければ戦争すればいいんじゃない? 三つの国が迷宮都市という餌に群がっている間、僕は後ろを警戒することなく、危険で広い旧ニーザルディア国領を縦断して、教皇国の背後……プルタンドル山脈沿いの、トルマーダ砂漠に出ることができるんだから」

「「「「!!」」」」


 唖然となった四人の顔を見渡して、僕は肩をすくめた。そんなに驚かれるようなことを言ったつもりはない。必然と取るべき道のりなのだから。


 しかし、スハイルはさらに懸念を重ねてきた。


「ですが、大軍同士がぶつかれば、地理的に奥まった位置にあるリンベリュートにも、経済的な被害が出ます。オルコラルトとの物流も、滞るでしょう」

「そうだよ? だから、ダンジョンのドロップ品をいろいろ考えたんだよ。何のためにダンジョンから塩が出るようにしたと思ってるの。国内の開発や調整で手いっぱいになるでしょ? さらに内乱でも起これば、僕を追いかける余裕もないだろうしね」


 再び、四人が固まった。


(あー、これは、あれだ。ポルトルルと同じ反応かな)


 どうも、彼らは僕が穏便な手段を取ると思っているらしい。それはおおいに認識違いだ。僕は、この世界の国や人間がどうなろうと、知ったことではないからね。


(スハイル、お前が言ったんだぞ。稀人は波乱をもたらす存在だってな)


 見た目はぷりちーな七歳児でも、僕自身は五十年ほど生きた日本のオッサンだ。この世が乱れたとしても、なんの痛痒も感じない。まあ、隣国が戦争をおっぱじめたら、ルジェーロ伯父上は忙しくなるかもだけど。


 僕の実家であるブルネルティ家は、『魔法都市アクルックス』と『学徒街ミモザ』と上手くやっているし、王家や公方家が攻めようとしても、各ギルドがブルネルティ家を攻撃することに難色を示し、協力を拒むだろう。僕の家族なら、このくらいのアドバンテージがあれば、それなりに乗りきってくれるはずだ。


「まあ、そういうのは、どうでもいいんだ。僕らは、混乱が起こる前に、通り過ぎるんだから。そのためにも、旅の準備はしっかりしておこうね。あ、害獣の現地情報は欲しいから、冒険者ギルドのある町には立ち寄っていこう」

「はい」


 いち早く硬直から戻ったハニシェに続いて、他の三人からも了解の返事があった。


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