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085 魔王の蠢動

 そんなこんなで、短い団欒を過ごしたら、新たな迷宮やダンジョンの出現による混乱に巻き込まれる前に、僕はいよいよ家族と離れることになる。


「国外に行くとはいっても、迷宮経由で連絡は簡単につきます。アクルックスのルナティエ市長や、ミモザの僕の家を管理している者にお伝えください。すぐに帰ってまいります」

「わかった。お前も困ったことがあれば、遠慮せずに頼ってこい」

「体に気をつけるのよ」


 両親に代わる代わる抱きしめられた後、表情を引き締めた兄上にも抱きしめられた。


「俺もお前の兄上として、格好悪い姿はさらさない。立派に務めを果たしてくるぞ」

「兄上……」


 儀式に失敗すれば、死ぬかもしれない。その恐怖がなくなったわけではないだろうに、兄上は気丈に立ち向かおうとしている。僕にはそんな覚悟なんてできないので、心から尊敬する。


「僕、応援しています。きっと、大丈夫です」

「ああ。ショーディーにもらった装備があるからな。絶対に大丈夫だ!」

「はい!」


 儀式の最中を含めた兄上へのサポートも、僕はひそかに考えてある。だけど、それを今ここで言って、兄上の決意に水を差すものではない。ただ、弟として、心からの声援を送るだけだ。


 久しぶりにスハイルと言葉を交わしていたルジェーロ伯父上にも、僕は最後にお礼を言った。


「伯父上、色々と便宜を図っていただき、ありがとうございます。お世話になりました」

「それはこちらのセリフだ。迷惑をかけて、すまなかったな。スハイルを、よろしく頼む」

「はい」


 僕の使用人となったスハイルは、伯父上にとっても大事に育てた養子なはずだ。伯父上の厚意を蔑ろにしないよう、僕の下でしっかり働いてもらい、雇い主として十分に報いたいと思う。


「姉上にも、よろしくお伝えください。では、行ってまいります」


 大山羊車に乗り込んだ僕は、家族や使用人たちに見送られながら、ゆっくりとカレモレ館を後にした。



 その後、僕たちは王都の南門……つまり、国境方面とは反対側に抜けた。もちろん、欺瞞工作の一環だ。

 人気が無くなったところで一度箱庭に入り、今度は国境近くにある村の外れに出て、その日のうちに隣のオルコラルト国に入った。


 オルコラルト国は、一口に言うと商人の国だ。国王はおらず、議会がある共和制の国となっている。とはいっても、そこは金があちこちで動き、清廉潔白な政治とはいいがたいだろう。

 元はリンベリュート王国と同じで、“障り”だらけになったニーザルディア国から脱出した人々が興したので、ニーザルディア語が通用する。通貨も同じゼルジ硬貨だけれど、オルコラルトと、その向こう隣にあるエル・ニーザルディアの貨幣は質がいいので、レートが違う。刻印もリンベリュートとは違うので見分けがつき、オルコラルトゼルジと言えばいいか。


 適当なところで整備された峠道からはずれ、僕たちは再び箱庭に戻って、旅の一日目を終えた。


「しばらくは移動がないし、僕も忙しいから、みんなでアンタレスのダンジョンで冒険してくるといいよ。きっと、とうぶんは冒険者も来ないだろうし」


 夕食時にそう告げると、僕の使用人たちは顔を見合わせた。


「よろしいのですか?」


 ダンジョン探索が楽しいことを知っているハニシェは、自分たちばかりが遊んでいるように感じるのかもしれない。


「うん。みんなに働いてもらうのは、僕が地上を行く時。それまでは、ダンジョンで鍛えていてよ。一番浅い所なら、ファラを散歩させてもいいしさ」


 『魔法都市アクルックス』のダンジョンと同じく、『聖骸寺院アンタレス』のダンジョンも、第一階層はノンアクティブな弱いモンスターしか出てこないようになっている。間違ってファラがそれらを叩いてしまったとしても、ナスリンが倒せるだろう。


「アンタレスで何か技能を習得してもいいし、ダンジョンでお金稼ぎしてもいい。ケガをしないように、それだけ気をつけてくれればいいよ」

「わかりました」


 そんなわけで、僕がオフィスエリアに籠っている間は、みんなはダンジョンに行っていることになった。




「さて、どうなったかな」


 オフィスエリアに新しく創ったオペレーションルームには、壁面にたくさんのモニターが設置され、監視課として創ったアルカ族たちが、オペレーターとしてコンソールの前に座っている。


 これは、ラビリンス・クリエイト・ナビゲーションの機能解放により、迷宮を出現させられる距離が伸びたことで実現したものだ。モニター群には、王城をはじめ、各地の主要な町や領主邸の様子が映し出されている。


 まず、僕が地上を行き、監視したい場所の十キロ圏内まで近付く。監視したい場所の詳細な見取り図をカガミに出してもらい、狙った地点や、建物の天井付近の空間を小さく迷宮化する。

 そうしたら、迷宮都市内の警備用小動物の応用で作った小さな蜘蛛を、監視場所に作った迷宮空間に放つ。これで、なんちゃって監視カメラの完成だ。


 迷宮は教会の人間を弾いてしまうので、人間の頭や手が届きにくい天井付近や、梁のまわりなどに、小さな迷宮空間を創ることで、偶然訪れた僧侶などに気付かれないようにした。

 そこに生息していた害獣に襲われる心配はあったが、迷宮空間がわずかずつ“障り”を吸収するので、あまり近付いては来ないだろう。


 こうして作られた監視網を制御しているのが、このオペレーションルームであり、責任者にカガミを任命した。彼女なら、この多くて細かくて面倒くさい監視業務も、部下を使ってきちんとこなしてくれることだろう。


「迷宮都市『葬骸寺院アンタレス』を出現させたキャネセル領ですが、ようやく王都にいる当主への遣いが出ました。冒険者ギルドはすでに動いていますが、迷宮都市以外に出現させたダンジョンへの対応で人手が足りていない様子。その隙に、キャネセル家の私兵が出入りを禁じたようです」

「うんうん。そうだろうね」


 カガミの報告に、僕は微笑みを浮かべながら頷いた。


 僕が王都を出たと同時に、各地にダンジョンを出現させた。

 冒険者ギルドの長であるポルトルルには、あらかじめ対策を取らせてはいたけれど、それでも行き渡らせた指示どおりに末端が動いてくれるかどうかは別問題だ。大小の混乱は避けられないだろう。


「アクルックスが欲しくてたまらないキャネセル家だ。迷宮都市を王家管理に、などと言いつつ、自分の領地にアンタレスができて、さあ、どんな戯言をさえずることか」

「当然、冒険者ギルドの制止や、同じ公方家のヨーガレイドの忠告なんて、聞く耳も持たないでしょうね」


 大規模な軍事行動をとり、アンタレスを手中におさめようとすることは明らかだ。


「対応はスオウたちに任せるけれど……さて、どれくらいもつかな?」

「張り切ったスオウ大僧正が、初回からコテンパンにしてしまったら……二回目の進攻を計画できる根性が、キャネセル家の当主にあるかどうか」

「だよねー。なるべく頑張ってもらいたいんだけど」


 無理かな、と僕が笑えば、カガミも控えめな苦笑いを浮かべて肩をすくめた。スオウたちが負ける可能性なんて、欠片もないし、僕らも確信している。


 心配しているのは、僕らが想定しているよりもはるか前に、キャネセル家の意気地が潰えてしまうことだ。


「いままで、手下を使って、散々僕や母上たちに圧力をかけてきたんだ。お手並み拝見といこう。王城の方は、どうなっている?」

「まだ動きはありません。ヨーガレイド家は、さすがですね。もう領地に指示を飛ばして、冒険者たちに情報収集をさせています。明日中には、他の公方家もダンジョン出現の情報を得るでしょうけれど、それをすぐに王家や教皇国の使節団に伝えるとは思えません」

「まあ、そうだろうね。一番早くて、宰相のイクセミア家からか、娘のヘレナリオ家からか……ふふっ、王家に対する忠誠が篤いのは、誰かな」


 各地で面白いことになりそうなのだけれど、僕が一番注目しているのは、王太子妃マナの実家があるトートラス領。里帰り出産を言い訳に、モラハラ疑惑のあるラディスタ王太子から逃げているという、マナ妃のご実家だ。

 トートラス家は、派閥で言えばイクセミア家と縁が深い。ただ、いくら王太子とはいえ、娘を大事にされなくては、仲を取り持たせたイクセミア家にも思う所があるだろう。


「トートラス領には、奮発して三ヶ所も作ってあげたんだ。対して、すでに銀山などを所有して裕福なイクセミア領には、ゼロ。がんばって混乱を広げて欲しいね」


 僕の笑みは、きっと魔王もかくや、というところだったことだろう。

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