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080 お買い物日和にはお邪魔虫も湧く

 春に行われる予定の異世界人召喚の儀式の前に、僕は国内のあちこちに向かう予定で、その準備に追われていた。


 ソルとスハイルを鍛え直すのもそうだし、カガミに地図を作らせたり、冒険者ギルドのポルトルルや職人ギルドのラズベンダリラ、通称ラズビーとも、これから出現してくるダンジョンや迷宮への対応策の協議をしたりした。

 あと、冒険者ギルドに行ったら、なぜか僕は普通の冒険者証ではなく、ギルド職員が持っている冒険者証を発行された。顧問待遇らしく、ありがたいことに討伐ノルマがないし、他国の冒険者ギルドでも融通を利かせてくれるそうだ。これからも、冒険者ギルドの期待には応えていくとしよう。


 カレモレ館に母上が来てくれたので、父上と兄上のお迎えはお任せできるし、伯父上とお話しできたから、マリュー家の事も、僕が首を突っ込まないで片が付くことだろう。

 母上に聞いたところ、マリュー家の亡くなった前メイド長ラナリアさんのご家族は、下町で平和に暮らしているそうで、経済的にひっ迫している様子もなかったので、いまのところは我が家に勧誘するつもりはないそうだ。ただ、平民の暮らしはちょっとしたことで傾いたり、貴族やその取り巻きの気まぐれで吹き飛んだりするので、王都にいる間は気にかけておくと言っていた。


「魔法使いも、ぼちぼち集まってきているみたいだけど……兄上以上の人はいなさそうだな」


 そもそも、スキル鑑定を受けられるのが金持ちばかりで、さらに魔法の才があったとしても、グルメニア教の教育機関でないと魔法の勉強ができない。グルメニア教、及び教皇国は、異世界人召喚の儀式のために魔法使いを育てているので、自分たちに都合がいい様に伸ばそうとする。そうすると、出来上がってくるのは、総魔力量がちょっと多いだけの、プライドばかりが高いへっぽこ魔法使いだ。

 以前、兄上の教育係として雇われた【風魔法】スキル持ちが、まんまこのタイプだった。彼も今回の儀式に参加するようだが、果たして生き残れるだろうか。


(まあ、僕は兄上以外を助けるつもりはないし)


 そこまで面倒見る義理はないし、なんなら儀式が失敗してくれた方が嬉しい。そのときは、兄上だけは助けるけど。


 そういうわけで、儀式の時までには王都に戻ってくる予定だ。ただそれまでは、グルメニア教の僧侶や、反対に愚者の刃の犯罪者がうろつくだろう王都には、なるべくいたくない。



 僕は王都からの出発を翌日に控えて、僕の使用人たちを引き連れて、王都で一番賑やかな界隈へ買い物に出かけた。


「あの……どうでしょうか?」

「「「おおー」」」


 恥ずかしそうに着慣れないドレスで出てきたハニシェに、僕とイヴェルとローガンは、揃ってオヤジ臭い声を上げてしまった。


 薄緑色の清楚な外出着は、おそらく貴族令嬢からの払い下げ品だ。払い下げと言っても、着古した中古品というわけではなく、メゾンに発注したけど買い取らなかったか、ほとんど着ないまま下取りさせた物だ。オーダーメイドが基本なので、既製品として売られている物は、だいたいが古着か、こういう払い下げ品だ。


「似合っているよ、ハニシェ。とってもかわいい!」

「ありがとうございます、坊ちゃま」


 マリュー邸でカルローに襲われた時に決意した、ハニシェへの慰労ショッピングだ。僕のメイドには、いつもいつも苦労をかけているからね。

 生地の品質や機能的なデザインなんかは、アクルックスの工房に及ばないけれど、この世界の一般人に混じるには、こういう服を持っていた方がいい。


「あの、坊ちゃま。実は……」


 ごにょごにょと耳打ちされたのは、ハニシェの下着が店員の目に留まり、どこで手に入れたのかと質問されたことだ。もちろん、これはアクルックス製なので、その辺では手に入らない。


「迷宮製だと言っておきましたが、それでよかったんですよね?」

「うん、大丈夫だよ」


 これで王都の服飾職人も、そのうちアクルックスに修行に来ることだろう。縫製などの知識自体は、すでにラズビーを通して職人ギルドに登録してあり、迷宮から出てくる知識を誰も独占できないよう手を打ってある。

 本当は無償でばらまきたかったんだけど、そうするとギルドの監視が行き届かなくなるので、少額の使用料を設定して、僕名義の口座に入れてもらうことにした。僕がまとめて迷宮都市に持っていくという話になっている。特許と同じように期間が決められていて、登録から三十年で使用料を払わなくてよくなるので、それまでにはグリモワールが人々に行き渡るようにしたい。


(次に出す予定の迷宮都市は、あんまり商業施設がないからなぁ)


 アクルックスがあるブルネルティ領が、今以上ににぎわうことだろう。


「私たちの分まで、よろしかったのですか?」

「もちろんだよ」


 スハイル、ソル、ナスリン、ファラにも、それぞれ気に入った服を買ってあげたし、ソルとスハイルには目立たない武器も調達してあげた。さらに、いままでずっと護衛をしてくれていた、イヴェルとローガンにも、お礼を込めて、傷んでいた防具を新調してあげた。


「ありがとうございます!」

「こんなに太っ腹な依頼主はいませんよ。俺たちは仕事をしただけで、もったいないくらいだ」

「ブルネルティ家の使用人にも、王都のことを教えてくれていたでしょ? 母上は王都出身だけど、使用人はブルネルティ領から出たことない人が多いからさ。とても助かったよ」


 厳つくて顔が怖いイヴェルとローガンが一緒に居れば、使用人たちもお上りさんだからと侮られることもなかった。護衛兵たちも、王都の物価がどのくらいだとか知らないし、地理にも疎い。僕の護衛を務め、使用人たちにもなにかと教えてくれた冒険者の二人には、母上の覚えもめでたかったのだ。

 イヴェルとローガンとは、今日までの契約だ。最後に報酬の上乗せ(ボーナス)が出せてよかったよ。


 それぞれが抱えた荷物を大山羊車に載せていると、ふと視線を感じて辺りを見回す。だけど、僕の背丈では、王都の雑踏に遮られて、よくわからない。

 ただ、僕よりもはるか高い位置にあるスハイルの顔も、同じ方向を気にしているようだった。


「なにかいた?」

「おそらく、貴族の子弟でしょう。この大山羊車と持ち主が気になったのかもしれません」

「ああ」


 買い物中、一人は大山羊車の見張りについていたけれど、悪戯されていたら困る。僕はハニシェとソルと一緒に、車やエースの様子がおかしくないか点検した。

 そして、護衛達が周囲を固め、御者台にハニシェが、僕が箱車の中にナスリンとファラと一緒に乗り込もうとした時、いよいよ声をかけられた。


「なにか用?」


 厳つくて見た目が怖いイヴェルやローガン、美形の迫力がすごいソルやスハイルの睨みをものともせず、横柄な態度の少年たちが、僕の前にいる。


(中学生くらいかな?)


 みんな着ている物は上等だし、剣を吊り下げている者もいる。


「その大山羊車をよこせ!」

「嫌だね。どこの家の人? ()()()なんて、みっともないよ」


 思いっきり馬鹿にしてやると、ちびっこに反撃されるとは思っていなかったらしく、少年たちの顔が赤くなった。


「誰が物乞いだ! もらってやると言っているんだ! ありがたく思え!」

「ヴァーガン家のレナウス様に対して無礼だぞ!」


 取り巻きに任せて一言もしゃべらない、一番偉そうな少年が、レナウス・ヴァーガンなのだろう。

 ぎゃんぎゃんとうるさい少年たちに向かって、僕は首を傾げてみせた。


「ヴァーガン? ああ、キャネセル家の腰巾着だっけ? そっちこそ、誰に向かって物乞いしているか、わかっているの?」

「田舎者のブルネルティだろ! そうだな、ロノ?」

「はい。我がヒューガム家の領地から、ずっと南の僻地にある家の紋章です」


 取り巻きの中でも下っ端に見える少年が答えて、僕はさらに目を瞬いた。


「え、ヒューガム家の子? ヴァーガン家なんかに付き従っていて、おこずかい間に合うの? お家、貧乏なんでしょ?」

「んなっ!? そんなわけないだろ!」

「だって、僕、君んちの領地を通っている間、衛兵によく賄賂を要求されたもん。町の門番や衛兵に、ちゃんとお給料あげられていないんでしょ? 可哀そうだね」


 僕が同情するふりをすれば、まわりの令息たちにクスクス笑われて、ロノは真っ赤になって俯き、プルプル震えた。泣かしたかもしれない。


「あっ、僕の大山羊車が欲しいってことは、ヴァーガン家も貧乏なの? 子息が物乞いしなきゃいけないなんて、すごく可哀そうだね」


 今度は僕の後ろの方から、噴き出すのを必死に堪える大人たちの気配がした。僕の護衛達だけでなく、騒ぎを見守っている一般人たちも含まれているようだ。


「いい加減にしろよ、クソガキ」


 取り巻きに任せていままで黙っていた、レナウスが出てきた。貴族家相手に貧乏だの物乞いだの可哀そうだの連発する僕に、さすがにキレたようだ。


「クソガキって言った方が、クソガキなんですぅ~!」


 僕もクソガキモード全開で煽ってやると、ついにレナウスを含めて剣を持っている奴らが抜いた。


「ショーディーさま」

「大丈夫。手を出すなよ」


 スハイルとソルが素早く僕をかばう位置に来たけれど、僕は二人を下がらせた。いくら僕の護衛でも、相手は貴族令息なので、平民の分際で危害を加えたと文句をつけられかねない。


「かかっておいでよ。持っている剣は飾りなの?」


 脅しにナマクラを持っているだけで、構えもなっていない奴らだ。だいたい、得物を持っていたって、当たらなければ意味がない。レベル差のある僕と、勝負になるはずがないのだ。

 足払いで無様にひっくり返り、顎や鳩尾に一発ずつ食らっただけで動けなくなった令息たちを見下ろし、僕はニッコリと笑ってやった。


「素手の僕に負けちゃって、悔しいね。かっこ悪い所をみんなに見られて、恥ずかしいね。大山羊車も勝利も恵んでもらえなくて、君たちの御両親に叱られたら……可哀そうだね」


 母上に叱られるのは、僕も一緒かもしれないけどね。


「さ、帰るよ」

「はっ」


 僕は令息たちを放っておいて、ソルたちに囲まれながら大山羊車に乗り込むのだった。

 やれやれ。王都での楽しいショッピングの最後で、ケチが付いたなぁ。


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