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008 末っ子の忙しい日常

 僕が子供向けの家庭教師を病ませたうえに解雇させた、なんて酷いうわさが広がっているけど、当たらずとも遠からず。


「ショーディーさまは、本当に俊英でいらっしゃる」


 と、姉上の家庭教師が言ってくれたので、僕の家庭教師の方が力量不足だったのだ、ということで落ち着いてくれそうだ。


「ここと、ここの角は、同じだから、こっちに線をひくと、こことここが同じ形になるでしょ?」

「おおっ、たしかに! そうすると、こちらの面積が求められますな!」


 算数の教師に至っては、僕の方が教えている始末だ。いまやっているのは、中学入試くらいの図形の問題。

 代数の四則演算でドヤっていたので、稀人が残した簡単な因数分解と三角関数のグラフ問題を解いたら、天才だと崇められてしまった。だから、この式が本当に正しいのか証明できたら先生が世界一ですよ、と焚き付けておいた。数学や物理学を学んでいる人の方が、探求心があっておだてやすいね。


(いつか、魔法物理学者とか出てきたらいいなぁ)


 そこまで人が育つためには、まずは薄まりきってしまった魔力を、この地に戻していかなければならないだろう。もっと魔法使いが増えてくれないと、本来この世界のあるべき姿に近付けない。



「あにうえー!」


 その筆頭になってもらいたいモンダート兄上を、僕は一生懸命にヨイショしている。

 数学の授業が終わったら、護衛騎士に付き添われて練兵場の片隅で的当てをしている兄上のところに行く。この国にいるグルメニア教の魔法使いでは、兄上の【土魔法】とは属性が違う上にレベルが低すぎて、あんまり役に立っていない。

 魔力操作を覚えたけれど、魔力で石礫を上手く作成できない(そこまでの魔力が周囲にないんだろうね)兄上に、僕は色々とアドバイスをしてみた。


「ショーディー! 見てくれよ!」


 とことこと練兵場に入っていった僕に、兄上は滴る汗も輝く腕白な笑顔を向けてくれた。


「来い、イシツブテ……撃て!」


 兄上の足元に散らばっていた小石が三つほど浮き上がり、ヒュンヒュンと音を立てて的に向かっていき、威力は低いが、ちゃんと当たった。


「すごいです、兄上! みっつも飛んでいきました! かっこいい!!」

「えへへへ。ショーディーのおかげだよ」


 飛び上がって手を叩いてはしゃいでみせる僕に、兄上は照れ臭そうに笑った。


 まだ魔力量の少ない兄上は、石礫を作れない事で教師に溜息をつかれていた。だから僕は、「そのへんの石を使えばいいんじゃない?」と言ったのだ。

 もちろん、魔力で実体化させることにこだわる教師は目くじらを立てたけど、いつかできる様になればいいから、いまはモンダート兄上の得意なことを伸ばすべきだって両親にも訴えた。


「兄上は、魔法が、とっても上手なんです。だから、どんな地面でも、あやつれるように、なるとおもうんです!」

「どんな地面でも?」


 僕はしゃがみこんで、その辺の小石で地面に、それっぽい絵を描いた。


「たとえば、畑のように、フカフカな地面。雨のあとみたいな、ドロドロの地面。木や、石がまじった、ゴロゴロの地面。……もしも、戦うときは、いろんな場所だとおもうんです」

「……たしかに。どこでも戦えるような男でないと、ダメだな。でも、石が無いところで、どうやって戦えばいいんだ?」

「ふかい落とし穴とか、かたい壁をつくるんです! そうすれば、おっきな害獣だって、きっとたおせます!」


 ミュータントなネズミが嵌った落とし穴や、土壁の囲いなどの絵を地面にがりがりと描いていくと、同じように隣にしゃがみこんでいた兄上は、大きく頷いた。


「ショーディー、お前、あったまいいなぁ」

「でも、実際にやるのは、兄上です。ぼくには、できません」


 ちょっとしょんぼりした雰囲気を出すと、モンダート兄上はにっかりと笑って立ち上がった。


「まかせとけ! ショーディーたちは、俺が護ってやるからな!」

「はい、兄上! かっこいいです!」


 これでもかと兄上をヨイショしまくったうえで、デキる弟は板を拾ってきて、炭で簡単な棒グラフを描く。グラフの下にはそれぞれ、「石作成」「飛ばせる数」「飛ばせる距離」「フカフカ土」「ドロドロ土」「ゴロゴロ土」と書いた。


「兄上は、石をみっつ、弓の半分のきょりで、まとにあたるので……」


 いまモンダート兄上ができているところに、少しずつグラフを伸ばしていく。石の作成と土の操作のところは、まだ棒が立っていない。


「おおっ、俺が出来ることだな! 土のところは、これから試すんだな」

「はい。これなら、父上たちも、兄上のがんばりが見えるとおもいます!」

「ありがとう、ショーディー! これから練習することがわかったよ」

「えへへ。兄上、がんばってね!」


 あざとさ全開で、きゅっと兄上に抱き着く僕。内心はだいぶ虚無だけど、兄上の護衛騎士と、僕の付き添いでここまで来たハニシェが、そろってほわほわした笑顔をしているので、万事オッケーなのだ。兄弟仲がいいってアピールは、とっても大事だからね!



 お昼ご飯を食べてから、ちょっと眠い目を擦りつつ、今度は姉上と一緒に領地の勉強をする。領地のことは、父上と家令のヴィープがよく知っているんだけど、二人とも忙しいから、ヴィープの部下で家令見習のアンダレイが教えてくれている。

 ここはリンベリュート王国の中でも南寄りで、土地だけは広いけれど、開拓しにくい山地や沼沢地がけっこうある。


(それでも、安定して耕作ができているみたいだし、気候や土は悪くないのかな)


 領内から川が流れ出ているのもいいポイントだ。他領や他国に水源を握られていると、身動きが取れなくなる。


(ん?)


 ヴィープが貸し出してくれた手書きの地図を眺めていると、なんとなく見覚えのある地形を見つけた。まわりに何もない、広々とした湿原で、治水をして田んぼ作ったら綺麗だろうなぁ、なんて思った覚えがある。


(ここ、迷宮建設候補地だ!)


 主要な街道がわりと近くにあり、町をつくるにも悪くないと思うんだけど……。


「はい、しつもん!」

「ショーディーさま、なんでございましょう?」

「ここ。ここって、なんで開拓しないの?」


 僕が指差した場所を見て、まだ二十代のアンダレイが目を瞬かせた。


「ああ、ラポラルタ湿原ですね。良い質問でございます。たしかに、何も無ければ、農地の開拓地候補には上がるのですが」

「……なんか、あるの?」

「ここは、“障り”が濃いのですよ。害獣が多くて、近付けないのです」


 その答えに、僕は色々繋がった衝撃で、ぽかんと口を開いたままになってしまった。


「ネィジェーヌお嬢さま、ラポラルタ湿原に害獣が多く出るようになった原因は、学ばれましたか?」

「はい。ラポラルタ湿原は、我が国が建国されるときの戦争で、激しい戦場になり、それ以来、害獣が増えたと学びました」

「そのとおりです。この辺りは、かつてデオハブ家という豪族が支配していましたが、リンベリュート王家との争いで滅びました。デオハブ家の怨念が、邪神の呪いを引き寄せたのでしょう。領地を南北に通る街道が近くにあり、重要な場所ではあるのですが……いまのところ、放置されております」

「そうだったんだ……」


 僕は地図を見ながら、その周囲について聞いていった。

 領地の北側に、僕たちが住んでいる城館と町があって、街道を北に行くと王都に続いている。街道を南に進んでいくと、ラポラルタ湿原などがあって、どん詰まりに大山脈がある。むこう側がどうなっているのかわからないが、山中には鉄や銅の鉱脈があるらしい。


「道に害獣がでると、あぶないね」

「はい。採掘した鉱石を運ぶにも、冒険者たちを護衛に雇わなければいけません」

「その分、費用が掛かるのよね。利益が少なくなってしまうのが、問題になっているわ」


 害獣と戦うのは、主に平民の冒険者の役目だという。兵士や騎士は、犯罪者の取り締まりをするのが仕事で……。


(つまり、自分たちは障毒の被害を受けたくないんだな)


 僕は自分の小さな鼻をムニムニと摘まんで、寄ってしまいそうな皺をほぐした。


「この地図のなかで、“障り”がいちばん濃いところは? ここだけ?」


 僕のその質問に、アンダレイとネィジェーヌ姉上は揃って顔を見合わせた。


「ん? ぼく、なんか変なこといった?」

「いいえ……」

「ショーディーって、変な事を気にするのね」

「んえ?」


 アンダレイは否定してくれたのに、姉上はストレートに変だと言ってきた。“障り”が危険なら、その分布や濃度を調べていて当たり前では?


「変ですか?」

「“障り”は、どこにでもあると言われているの。ないのは、教皇国ぐらいかしら?」


(つまり、どこにでもあるので、あらためて調査していないってことか)


 悪感情が凝った物が“障り”だとシロから聞いているし、城館内で捕殺されたミュータントネズミも見せてもらったことがあるから、言われてみれば人間のいる所なら、どこにでもありそうだ。


(教皇国にだけはないって、逆に怪しいだろ。“障り”が邪神の呪いだって言われているなら、むしろ教皇国が一番濃いはずじゃないか)


 考えても今は埒が明かない事を頭の隅に追いやり、とりあえず子供らしく震えあがり、半泣きで怖がってみせた。


「じゃあ、ぼくたちのお城にも、“障り”があるの!? 姉上、こわいです!」

「大丈夫よ、ショーディー。怖がらなくても、お父様たちが護ってくださるわ」

「“障り”については、冒険者ギルドの方が詳しいでしょう。旦那様の許可が下りましたら、人を呼んでみましょう」


 姉上に抱き着いて頭を撫でてもらっていると、いい機会だと思ったのか、アンダレイがそう提案してくれた。

 この世界の“障り”事情を把握するチャンスが、近々訪れてくれそうだ。


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