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075 アンロック

 成果を取り上げられたり、無償で働かされたりすることにたいして、キッチリ仕返しをしたルジェーロ伯父上に、僕は少なくない共感を覚えた。やはり、おじい様の薫陶が行き届いた人であるのだろう。


 そういうわけで、伯父上も伯母上も経済的に困っていないので、借金の可能性は低いそうだ。ただ、あのフワフワした伯母上なので、なにかしらの投資話などに手を出している可能性はゼロではない。


「なるほど、投資か。それは考えていなかったな」

「芸術家のパトロンくらいならいいですが、愚者の刃などにお金が流れていたら、マリュー家が非難を受けますわ」

「わかった。スハイルを嫁に出すめどもついたし、一度戻るか」

「「嫁じゃないです」」


 タイミングぴったりに、僕とスハイルのツッコミがかぶった。思わず顔を見合わせてしまったけれど、案外、この綺麗なお兄さんとは馬が合いそうな気がする。


 そんなわけで、スハイルは無事に僕の従者になることが決定した。伯父上もマリュー家のごたごたが片付いたら、この家を引き払うか、逆にマリュー邸を売りに出すつもりらしい。


「屋敷を売るって……家の者たちはどうしますの」

「高齢な者は引退するもよし、転職したい者は紹介状を書くよ。いずれにせよ、母上が亡くなった後の話だ」


 伯父上は勝手に決めているが、伯母上たちのことはどうするつもりなのだろうか。まあ、僕の知ったことではないか。


「伯父上、伯父上の陶器人形のコレクションを、見せていただけませんか?」

「おおっ! 興味あるか? いいぞ。こっちにおいで!」

「もう、お兄様ったら……」


 いそいそと案内してくれる伯父上について行ったら、壁一面の棚に、びっしりと人形が飾られている部屋に通された。どれも素晴らしい人形だとは思うんだけど、さすがにここまで並べられると、ちょっと怖い。


「どうだ、すごいだろう」

「はい。みんな、とてもきれいです! この人形たちは、誰が作ったんですか?」

「懇意にしている陶器職人たちだな。最近は人形を専門に作り始めた者もいるぞ。ドレスやかつらは、仕立て屋に依頼することもあるし、私が自作したのもある」

「ほわぁ~」


 そういえば、伯父上は裁縫できるって言ってたもんな。


(迷宮から、ドールグッズ出すか? ドールハウスなら僕が作るし、ドレスや小物がシリーズで出たら、コレクターができるんじゃないかな。そうすると、伯父上と仲がいい職人とも、会って話が聞きたいな)


 これは商売の種として、頭の隅に入れておこう。あとで、ダイモンとヒイラギに相談だ。


 飾り戸棚に厳重に保管された伯父上のコレクションの中には、操り人形(マリオネット)もあれば、糸と錘で首が動く自動人形オートマタもあった。ゼンマイバネが発明されたら、伯父上のコレクションはもっとすごいことになりそうだ。


「そうだ、伯父上。こういう箱に、ご興味ありますか?」


 僕は自分の肩掛け鞄から、アクルックスで売り始めた土産物を取り出した。


「む? ほほう、面白い。絵合わせが鍵になっているのか」


 蓋にあるパネルをカシャカシャ動かして、伯父上はあっという間に絵を完成させて小箱を開いた。


「うむ、簡単だな」

「そうでしょう。でも、もっと簡単なんですよ」


 僕は小箱を閉じて、絵のパネルをバラバラにしてしまった。鍵がかかって開かないことを伯父上に確認させてから、箱の底裏にあるフラットスイッチを押し込む。


「ほら、開きました」

「ナンデ!?」


 声が裏返った伯父上に箱を渡し、僕はこの小箱が出来た経緯を話した。


「これは迷宮都市で売っている土産物です。これに似た本物の宝箱は、もちろんこんなズルはできませんし、中身を取り出すと箱自体が消えてしまいます。ですが、冒険者たちに人気なので、洒落た小物入れとして商品化されました」


 鍵もかけられるけれど、知っている者なら絵合わせをしなくても開けられる。コンセプトは、子供の秘密の宝箱。

 ホラーゲームの謎解き要素で見かけるパズルだが、なかなか絵が合わなくて発狂する必要がないように、解除方法が別に用意されている玩具だ。こういうのは、何回投げだしてもいいけれど、時間をかけて完成させることができた、成功の喜びの方が大事なのだ。


「伯父上の箱のように秘密を守るには欠けますが、庶民の子供でも触れられて、こういう仕掛けに興味を持ってくれる一助になるのではありませんか?」

「上に押すと、くさびが下がる……絵を揃えると塞がる……なるほど……面白いな……」


 伯父上は、すでに僕の話を聞いていない。いまにも分解したそうに、蓋を開けたり閉めたり、小箱をグルグル眺めまわしている。


「えっと、それは伯父上にさしあげます。分解してみてもいいですよ」

「そうか! ありがとう!」


 また母上の扇が飛んできそうないい笑顔で、伯父上は小箱を抱え込んだ。本当に、この人は人形と絡繰りにしか興味が無いんだな……。


 伯父上のコレクションを見せてもらった後、僕たちは遅くなる前にお暇することにした。

 ドレスを脱いで化粧を落とし、下男バージョンになったスハイルは、やっぱり綺麗なお兄さんだった。深い藍紫色の髪と金色の目をしていて、どことなく妖艶な雰囲気がある。どこに行っても、滅茶苦茶モテそうだ。


(ソルとは、また違った方向の美形だなぁ)


 ただ、首回りや手の甲まで衣類で隠しているので、いまのような冬ならまだしも、夏は大変だと思う。


「では、三日後の昼前に、カレモレ館から迎えをよこしますわ。ショーディーの七歳の誕生日祝いをしますの」

「へ?」


 馬車に乗り込む直前で、母上の口から飛び出した予定に、僕はびっくりしてしまった。


「おおっ、そうか! おめでとう、ショーディー。何かプレゼントを用意せんとな」

「え、あ……ありがとう、ございます」


 そういえば、もう年末か……。

 去年は、箱庭でハニシェにお祝いしてもらったんだったな。


「忘れていました」

「今年は、わたくしたちにも祝わせるのですよ」

「はい。ありがとうございます、母上」


 嬉しさと照れくささで赤くなりながらも、僕は祝ってくれるという母上に甘えることにした。




 それから三日後、僕は母上をはじめ、カレモレ館のみんなや伯父上たちに、盛大に誕生日を祝ってもらった。

 各ギルド長からもお祝いとメッセージが届いて、ポルトルルからなどは「冒険者登録をお待ちしております」と書いてあった。


(やっと七歳かぁ)


 城館じっかでライノに会ってから、ずいぶん色々あったと思い返す。そういえば、ライノやメーリガは元気だろうか。


 伯父上からは、国境の通行許可証をプレゼントしてもらった。しかも、外交官や貴族が持つような、最高ランクのパスだ。これがあれば、何人使用人や護衛を連れていても、どんな大荷物を持っていても、足止めされて調べられることはない。


「いいんですか!?」

「なに、こんなものは、身元のしっかりした後見人がいて、金を積めば、誰でも手に入れられるぞ」


 なんでもないことのように言うけれど、それは誰でも手に入れられるものではないと思います、伯父上。


(いま王都で確認が取れる身元のしっかりした後見人って、マリュー家当主とか、ブルネルティ夫人とか、あとギルド長三人分とか、そういうんでしょ? あと、絶対、すっごい高価なはず。普通にハードル高いと思う)


 僕はちょっとガクブルしながら、この世界のパスポートを受け取った。


「伯父上、ありがとうございます」

「ああ。スハイルをよろしく頼むな」

「はい!」


 癖の強い伯父上だけど、僕を撫でてくれる手は優しかったし、なぜかファラに異様に好かれていた。


「だー!」

「ほう? 珍しい色合いの赤子がいるな」

「ご、ごめんなさい! あぁ、ファラ……!」


 ナスリンはおろおろしまくっているが、人見知りしないファラは伯父上の膝の上に座ってご満悦だ。


「そうか、ショーディーが買ったのか。健やかに育てよ。ほら、こっちの菓子を食べるかな?」

「あう!」

「ははっ、元気でいいな」


 ファラは、きっと大物に育つと、僕は思う。



 賑やかな昼餐会が終わると、伯父上はスハイルを置いて帰っていった。母上の差配で、しばらくは、代わりにブルネルティ家の使用人と護衛を派遣するそうだ。


「お世話になります、ショーディーさま」

「うんうん。よろしくね、スハイル」


 スハイルにもお仕着せを着せたいけれど、愚者の刃の印が、どの程度のものかも見なければならない。

 そこで僕は、僕の使用人たち全員を、一度箱庭に案内することにした。


「これから旅をする時は、よく入ることになると思うからね」


 箱庭の家も、みんなで寝泊まりできるように増築したんだよ!

 輝く迷宮の扉に、最初にハニシェが入り、ソル、ナスリンとファラ、スハイル、そして最後に、僕がくぐる。


「……は?」


 箱庭の風景に呆然としている新たな使用人たちを、ハニシェが案内していく。

 僕はそれを眺めながら、突然頭に響いたアナウンスに、思わず額を押さえた。


―― 迷宮深部への現地人五名の招待を確認しました

―― ラビリンス・クリエイト・ナビゲーションの、一部機能が解放されました



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